アシガー皇子
第19章
ウインターノは、ベアドックに手伝ってもらって、ドレスアップを着用して、頭を結い、扇子を持ち、王宮のアシガー皇子の執務室に、突然、現われる。
ウインターノの、この突然の出現は、アシガー皇子には予測できていなかったのか、その時の、アシガー皇子の驚き方は、ひどく滑稽にも見えた。それでも、後ろに魔王が控えていると思い、何とか落ち着きを装い、ウインターノは、
『初めまして、ウインターノ・バンダです。』と、ベアドックに教えてもらった貴族の挨拶をした。
アシガー皇子は、書類を持ったままウインターノの顔を見て、当然のように『誰だ?』と言う。
「本当のウインターノさんは、お亡くなりになりました。私は、この世界で、ウインターノさんの代わりを務めさせて頂いています。今日は、ご挨拶と、ウインターノさんについて伺いたいと思い参りました」
「どうやって、この部屋に入って来た?」
「魔法で……」
アシガー皇子は、きっと、ウインターノの魔力を測ったのだろう。
「ど、どうして、この世界に……、前は、どの、せ、せ、世界にいたんだ?」
「前は、魔法が使えない世界に居ました。そして、こちらの世界のウインターノさんに転生しました」
「しかし、顔や雰囲気が、少し、違う転生とはそう言う物なのか?」
「あなたは、橋と言う入り口を利用していましたね?そして、その入り口は、なくなった?」
アシガー皇子は、震えながら、
「お前が、ウインターノを殺して、橋をなくしたのか?」
「ウインターノさんを殺したのは、ご自分でしょう?何言っているの?あんな砂漠に幽閉して、たまに食事を届けるだけで、人間は、生きていけると思っているの? それも2年も? え!」
「さぁ、アシガー皇子、あなたはこれからどうしますか? あなたには、もう逃げ込む世界はありませんよ」
アシガー皇子は、少し宙に浮き、バリバリに結界を張っているウインターノを見て、何もできないとわかっていたが、それでも、剣を持ち、ウインターノを襲おうとした時、魔王が止めに入った。
それを見たアシガー皇子は、腰を抜かしながら、
「皇子? 皇子? 皇子、皇子もこちらにいらしたのですか?」
「お前が皇子と読んでいる人物は、多分、私の父か祖父、あるいは祖先だ。そして、私とこのウインターノは、彼ら以上の魔力があると思ってくれていい」
アガシー皇子は、魔王が現れた事によって、すべてを堪忍したようで、一気に魔王のしもべへと変化して行った。
「まず、聞きたいのは、カオ国の地下変動についてだ」
「皇子、いや、魔王とお呼びすればいいでしょうか?」
「ウインターノは、魔王と呼ぶ」
「ま、魔王様……、アレは、あの国は、絶対にこの国と一対だと思いまして……、本来なら、この国の領土かと、どう思われますか?」
「ああ、どちらの国も異変が起きたのは、10年以上前の事だ。すべてお前がやった事だな?」
「そうです。地下に我が国の魔力が残っていて、この二つの国は、本当は、我が国の物です。そうですよね?」
「二つの国を助けたのは、きっと、私の祖先だろう。それも何百年、いや、何千年も前にだ。それを、勝手に自分の国にしてしまおうなどと、よく考えたな!」
「あなたは知らないのです。時空を旅する辛さを……。例え、そこに降り立っても、物凄くひどい国はたくさんあります。私だって、何年もかかってこの国に巡り会えたのです」
「だから?」
「だから、ここが私の祖国です。国には強い軍隊が必要で、平和ボケしている人々では、国は守れません。実際、マイゴー国に、何度も侵略されています。国を守る為に、私は強い国が欲しかった。カオ国には同盟国が存在していて、カオ国さえ手に入れば、どうにかなると思い……。少しずつ、少しずつ、私のわずかな魔力で、何十年もかけて、ここまで来たのに、どうしてなのか、後一歩と言う所で、物凄い砂嵐が……、襲って来て……」
「お前、この2年、どこに行っていた?」
「2年?私には、2、3日のようでしたが、落ち着いた国にいました。いい国でしたが、その国で、偶然、この国への橋を見つけ、急いで、戻って来ました。だから……、ウインターノ嬢は、まだ、あの家にいると思っていました。私がいなくても、彼女がいれば……」
アシガー皇子は、本当にウインターノさんの事が好きだったのか、急に大粒の涙を流し、嗚咽まで始めた。
「この国に戻ってから、どうやってもあの結界が破れなくて、彼女の所に行く事が出来なかった。もたもたしていると、彼女が死んでしまうと思いました。実は、彼女に、食料を届けていたのは自分です。少ない食料をかき集め、彼女に届ける。でも、決して実らない恋だったのです。私は欲深く彼女より、国王の地位が欲しかったのですから……。彼女の父を罠にはめて、投獄しました。」
「でも、帰って来たら、すべてが変わってました」
ウインターノは、アシガー皇子の凄く重い話に、少し気分が悪くなっていた。その様子を見て魔王は、
「お茶を飲め、落ち着く」魔王のメイドの白い魔物は、アシガー皇子にお茶をだした。
アシガー皇子は、きっと、喉がカラカラだったのだろう、一気に飲み干し、
「甘い、塩辛くない……。甘い、何年ぶりにこのようなお茶……」
「お前が内戦を仕掛けなけらば、ずっと甘い物、辛い物、酸っぱい食べ物は存在していたはずだ。どうして、同じ国民同士を戦わせた?」
「あの時、マイゴー国以外の国も、この国に攻めて来ました。侵略され略奪されても、この国には大した武器はありません。軍隊も港を守るだけしか出来ませんでした。だから、カビに魔法をかけて、人々の戦闘能力を高めました」
「自国民同士で戦わせてか、おかしくないか?」
「しくじったのか?お前、魔法学校には通ったか?」
「……、僕がこの世界に来たのは9歳くらいでしたが、その前には色々な世界を回っていました。国を離れたのは、多分、5、6歳で、通っていません」
「それでは、上手く行くはずがない」
「どうして、橋から落ちた?」
「言いたくありません」
「……実を言うと、私たちの国は、もう既に滅びて存在していない、しかし、わずかに生き残った人間たちは、異世界移住と言う道を選び、そこで暮らしている。お前が、2、3日、滞在していた国が、今では祖国になる。そこは、魔力を使う事は、原則禁止されているが、戻りたいならそっちに送る事も可能だ。どうだ?国に帰るか?」
「その後、この国は、どうなるのでしょうか?」
「一応、結界を張って他国からの侵攻は防いでいるが、我が王室は、政治を不得意としている。それは、わかるか?」
アシガー皇子は、遠慮もなく頷いた。
「だから、このままだ」
「しかし、この国は、ふたつに割れていて、今は、良くても、他国との交易も行わず。ずっと、結界の中でくらしていたら、いつか、滅びます」
「そうだ。良くわかっている。お前ほど、この国ついて理解している人間は、他にいない」
「魔王はご存じなんでしょう?私が親に橋から捨てられた事を……、今更、帰っても誰も待っていないと、知っているのでしょう?」
「アシガー皇子……」
「アシガー皇子、その事は、実は大したことではない。父上も祖父に橋から捨てられて、新しい国を見つけ、結婚までして、私のような立派な息子までいる。気にするな!」
ウインターノは、立派に説得している魔王を素敵だと思って見ていたが、その姿は、まさしく幻で、今の言葉は、無いな~~と、心から思った。
(バカなのか?)
「本当ですか?あの皇子も、あの国王陛下に?」
「そうだ、だから、気にする事はない」
「そうですか……。そして、違う国を見つけて……、そっか……。さすがです。やはりご立派な方でした」
(この二人……、絶対にバカだ。自分以上のバカを見たのは、初めて思った。絶対、バカだ! )