甘味
第15章
この部屋に入ってからのベアドックは、静かにウインターノの説明を聞いていて、
「ベアドック、どう?一緒に飴を作らない?」と問いかけると、
「ええ、素敵なお仕事だと思います。綺麗で、美味しくて、塩味しか知らないこの国の為には、夢のあるお仕事だと思います」
「そうでしょう? 砂糖を作るのは、この機械たちに任せて、私達は、キッチンで飴を作りませんか?」
「まずは、水をどの位入れるのがいいか、実験しながらですが……」
その後、二人は鍋でじっくり砂糖を煮詰めて、飴が出来上がるのを待っていた。
「夕方は、少し涼しくなってきて、案外、この作業は楽しいですね。煮詰まってから、小さく、紙の上に垂らしますか?」
「うん、少し、出来上がったら果物も入れて見ましょう? オレンジがいいかな~~~」
二人は試作品を完成させて、固まるまで、何度も空間の作業室に入り、砂糖を取り出したりしていて、夕方は、いつも通りに支払作業をして、ギルドを閉めた。
ウインターノが、飴の出来具合を心配して、部屋に入って行くと、後ろからエザルールが、声をかけて来たので、ウインターノは、手招きをして、家の中にエザルールを招き入れた。
「エザルール、今日も仕事して来たの?」
「はい、今日もたくさん薬草の目を摘みました」
「仕事はどう?辛くない?」
「全然、辛くありません。昔の暮らしに比べると、夢のようだと、みんなが言っています」
エザルールは、もうすぐ10歳になるくらいで、この国には学校がないために、すでに少しだけ働いている。幸い、賢い母親に育てられて、ケンティがいた時には、文字も教えてもらい、色々な世界の話なども聞かせていたようで、子供の間では、賢いエザルールと知れ渡っている。
「お給金は、ちゃんともらった?」
「はい、頂きました」
「では、今日は私からもご褒美を差し上げましょう。これをあげます」
ウインターノの作る飴は、マチマチな形だが、小さい棒に刺した物もあり、果物が透けて輝いている物もあり、エザルールが初めて見る飴にしては、どうなのかとも思うけど、飴は飴だ。
「これは、飴と言って、舐めると甘いのよ。エザルールは、初めて食べるから美味しいと思ってくれるといいけど……」
エザルールは、ご褒美と言えばハンバーガーだと思っていたので、この小さい石のような茶色の透き通った食べ物を口に入れるのは、少し躊躇ったが、好奇心の方が勝って、口に入れて見た。
「固い……」
「そう、飴は、舐めるのよ。噛むのではなく、舌で転がして、甘さを味わうの……どう?」
エザルールは、泣き出し、ウインターノをビックリさせたが、『すっごく、美味しい!』と発したので、一安心した。
でも、ウインターノは、エザルールの反応を見て、やはり、この世界に甘味を広める勇気が少しなくなってきて、考え込んでいた。
「ウインターノさん、本当に美味しいです。これは貴族様の食べ物ですか?」
ウインターノは、この国の貴族が何を食べているかは知らないが、
「うん、そんな感じ、この前のドーナッツも甘かったでしょう?」
「美味しくて……、急いで食べたからおぼえていないの……。でも、また、絶対に食べたいって、いつも思っている」
リップスがエザルールを迎えに来て、泣いていたので驚いて、
「ウインターノさん、エザルールが、何か失礼なことでも……?」
「違うの、リップスさんは、飴って、知っている?ジャムは、昔、この国にも会ったよね?甘味なんだけど……?」
「ジャムが、この国に入って来た時には、色々な料理にも使ってました。それこそお菓子なども有りました」
「本当?」
「ウインターノさんは、貴族生活では、何を召し上がっていたのですか?」
「……、ご存じの通り、ハンバーガーです」
「……」
「でも、きっと、綺麗なお菓子とかあったのかもね……。多分」
リップスが、
「私は、お茶にジャムを入れて飲んでいました。あの頃の一番いい思い出です」
「ママはネ、お茶の苗がこの世界で一番大切なのよ。ケンティさんから頂いた薬草の苗も大切にしているけど、お茶の葉っぱが、一番好きなの……」
リップスは、悲しい顔で話し始める。
「実家は、ここから随分と北にある茶畑が有名な町の農家でした。規模も大きく、主人もその農園で、一生懸命に働いていました。二人の結婚は、周りからも祝福されて、こんな生活になるとは本当に思ってもいませんでした」
「当時、どこからともなく紛争が始まり、農園の男たちは、武器を持ち、隣町、また隣町の人達と争いを始め、美しかった農園は、半年後には、焼け野原になりました」
「エザルールが、生まれても、必ず、あの農園を取り戻すと言って、聞かない主人を止める言葉も見つかりません。そして、町も村も畑も燃え、人口も減り、砂嵐がひどくなり、残された人々は地下に潜ったのです」
「ウインターノさんが、地下の水には、塩分があると話された時、私はハッとしました。どうしてそんな事も気づかなかったのかと、私たちは、全員、味覚がおかしくなっているのではないでしょうか?本当に、わかりませんでした」
「う~~ん、じゃあ、この飴を食べて見て……」
リップスは、小さな飴を口の中にいれて、やはり、泣いた。
「こ、これは……、なんて言うか……。……これは、ジャムのように、甘いです?」
「そう、甘い砂糖で出来ているの、町で子供たちにあげるお菓子がなくて、飴があったらいいな~と、思って作ってみたけど、この国の人たちは、こんな風にストレートに甘い飴をあげても大丈夫だと思う?」
「どのような意味でしょうか?」
「気軽に子供にあげて……、その……争いとかはどうかな?」
「……」リップス親子は、しばらく考えていて、返事に困った様子をしていた。
「今のこの国では、大変貴重な物だと思います。例え、温和な人達ばかりでも、無料で子供たちにあげる事には、はやり、反対します」
「そうだよね。でも、私、塩味だけではなく、砂糖などの甘い食べ物にも慣れて欲しいのだけど……」
「ポテトが甘かったら物凄く嬉しい。ポテトは人気でいつも売り切れるでしょ?甘いポテトも食べてみたい」とエザルールが、発言する。
「そっか……。ポテトでもいいかなぁ?」
「ポテトか……」
ベアドックが、ギルドの仕事を終えて戻ってきたので、フライヤーを出し、ポテトをあげて、砂糖をふりかけ、リップス親子に出した。
「美味しい。大好き!」と飛び上がって喜んでいたが、ウインターノは、あまり食べたくない。
(これ、ヤッパリ、間違っていると思う……。ポテトに砂糖をかけて売るって、駄目な気がする。)
その後、ベットに入って眠ったが、あげたポテトに砂糖をかけて人に売る?事に納得できずに、魔王を訪ねる。
魔王は、相変わらず機嫌が悪そうな顔で、ウインターノを見て、
「携帯のZOOM機能で、話ができるから、今後はそうしてくれ!」と、冷たく言った。
「ZOOMでは、駄目なんだよね。これ、どう思う?」と言って、砂糖のかかったポテトを出した。
魔王は、本当に不機嫌そうに、『不味い!』と言い、目の前のポテトをどこかのゴミ箱へ廃棄した。
「だよね……。エザルールは、美味しいって言うけど、わたし的にも無しなんだよね」
「なんで、砂糖をかけた?」
「だって……、知ってる?この世界は、塩味しかないんだよ。砂糖みたいなのは、戦争地獄が始まる前は存在していたみたいだけど、交易が途絶えて、色々な物が入って来れなくなってエザルールなんて、飴をあげたら泣いたんだよ」
「塩味って、地下の水の事か?」
「そう、だって、あの水、しょっぱいよね?」
「ウインターノ、この国の人々が、あの水道の蛇口を土に刺すと水が飲める仕組みを知っているのか?君は不思議だとは思わなかったのか?」
「え?そういう仕様でしょ?」
「そうだ。そういう魔法だ!」