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スナフキンに憧れる

作者: 葉沢敬一

 結婚式が1ヶ月後に迫ったある日、僕は鬱々とした休日を過ごしていた。結婚式とかしたくないのが本音だ。彼女がやりたいと言い張るから、やることにしたけれど、今からでも違約金払ってなしにしたい。

 花嫁はどうか知らんが、花婿は馬鹿みたいな顔で式の間耐えないといけない。出席者もそれが分かっていて同じように耐えている。どうでもいい写真をパシャリパシャリと撮り、決まり切った賓客の挨拶。喜んでいるのはごく一部の人々。

 大体、僕は結婚に夢はもってない。独身で通したいと思っている。なのに彼女に無理矢理押し切られてしまった。正直、結婚の何がいいのかさっぱり分からない。性格的に独りで生きていくのが向いているんだわ、自分。だから、高校卒業して、すぐに一人暮らし始めて、帰省は義務的に数年に一度すれば十分だと思ってあんまり実家に帰らなかった。

 人間嫌い。

 仕事の配置転換で部署が変わり黙々と働いていたら、今の彼女がいつの間にか横に座って話しかけてくるようになった。適当に相づちを打っていたら、今度は、家にまで来て、料理や洗濯を始めて、一緒に住みだした。同棲だ。

 休日、ふらりと1人で買い物や散歩に出かける。彼女は付いて来たがったが断る。会社も帰っても一緒なんだから1人の時間が欲しい。

 思い立って、彼女には告げずに一人旅に出ることにした。自分の気持ちの整理を付けようと思ったのだ。彼女は結婚相手としては悪くないと自分でも思う。家事はテキパキとできるし(任せっぱなしと言うわけではない)、性格も悪くなく、専業主婦になりたいとかも言わない。でも、自分とは合わないような気がする。割れ鍋に綴じ蓋というではないか。

 会社とは反対方向の電車に乗って終点まで行く。別の路線に乗り継いで途中の温泉地で降りた。スマホで適当な旅館を検索し、泊まる。シーズンオフだったから空き部屋があった。

 ここで、異変を感知したらしい彼女から連絡が入る。返事をせずスマホを仕舞った。会社には1週間有給取ると伝えてある。

 さて、何をするか。取りあえず、旅館を出て、食事することにする。小料理屋に入り山菜丼を頼む。店員のおばさんが、

「お兄さん、仕事休み?」と、心配そうに聞いてくる。

「ええ、休みです。休みにしました。一週間。近所に面白いところありますか?」

「秋のオンシーズンには紅葉が綺麗です.春先は梅林があって、今は何もないですね。あ、観光牧場がありますよ」

「そうですか。そこ行って、温泉入ってゆっくりすることにします」

 まあ、身の振り方を考える時間はたっぷりある。会社、辞めちゃってもいい。出てきた丼食べながら、いかに日常にウンザリしていたか感じ始めた。

――ーやっぱり、結婚辞めよう。

 そう思い始めると、スッキリした気持ちになった。仕事に流されて人生送るのは何か違うような気がした。彼女は会社の同僚で、愛しているわけでもない。昔の人は見合いで、愛してもないのに結婚して子供作って一生を終えたが、僕にはピンと来ない。

 食事を終えて、出るとレンタサイクルを借りて牧場に向かった。何が居るんだろう。馬? 牛? 羊? もしかするとカンガルーとかいるかも知れない。スマホを取りだして調べていると、まず看板ネコが出てきた。犬も出てきた。後は予想通り。

 ん? 説明には「喋る」とあるが。オーナーが喋るんじゃなくて、動物が喋るのか?

 受付の人に「ここの動物喋るってホントですか?」と聞くと、

「ホントですよ」とにこやかに言った。

 試しに、「忠太郎」と名札を下げている犬に「こんにちは」と話しかけてみると、

「ごはん」と返ってきた。会話できると思った僕が悪かった。日本語らしき発声をするだけか。ついでに、ネコに声かけてみたら無視された。

 牧場の方へ回る。係員は受付の人だけのようで、適当に1人で回ってくださいというのがコンセプトらしい。

 こう言うのってどうやって楽しめばいいの?

 馬に乗せてくれるわけでもないし、ペンギンの散歩を鑑賞するというわけでもない(ペンギンは居ないが)。

 ただ、ブラブラするだけ。

 栗毛の馬が居たので、「やあ、君何か喋れるかい?」と聞く。

「喋れるよ。良い天気だね。シーズンオフだけど良い季候だ」と喋り出した。

「おお、ホントに喋れるんだね」

「もちろん」

「言葉誰が教えてくれるの」

「虚無僧」

「え?」

「虚無僧だよ」

「虚無僧って、尺八吹いて、主人公を襲ってくる刺客が変装している姿」

「兄ちゃん、時代劇好きかい?」

「ええ、まあ」

「近所に普化宗の寺があるんだよ。時々来て話しかけてくるので覚えた」

「な、なるほど」

「で、どうして閑散期にウチに来たんだ?」

「いや、悩み事があって。結婚するんだけど気が進まない」

「虚無僧のおっさんは、結婚は勢いでするものだと言っていたな。離婚は惰性の中で燃え尽きるとも」

「勢いか。そんなものない」

「一緒に暮らしていけるかどうかで、金銭感覚や価値観が違うと上手くいかない」

「ああ、彼女、時々どうでもいいことを愚痴るんだ。それが嫌で」

「愚痴をこの先、聞き続けるだけの度量がないのなら止めた方が良いかもしれないね」

「なるほど」

 なんで、この馬は結婚生活のことなんて分かったような口でいうのだろう。

「それも、虚無僧さんから?」

「元人間だよ、俺。馬に転生したんだよ」

「ホントですか!」

「嘘」

 人を食った馬だ。

「前世なんて、過去に拘わるのは無駄だって虚無僧が言ってた。スピチュアル系なら気にするかも知れないけど、俺、馬だから。馬の耳に念仏」

 虚無僧って禅宗の一派だっけ。浄土宗系とは違うんだろう。

「ちょっと散歩してくるけど、乗ってく?」馬は言った。

「乗り方分からない。第一、鞍がない」

「そうだな。繁忙期だと、係員が付きっきりでお客さんを乗せたりするんだけど、今は何やっているんだか」

「まあいいや、ちょっと気晴らしになったよ」

「また来い。そのときは乗せてやる」

「ありがとう」

 馬はギャロップで遠くの丘に向かって行った。

 さて、受付に戻ると、犬の忠太郎が「ごはん、ごはん」と言っている。馬と大違いだ。

「馬、面白かったよ。喋るんだね」

「もちろんですとも」ニカッと白い歯をみせて受付の男は同意した。

 その後、一週間は寝て、温泉入って、牧場行って馬と話して、気を休める日々が続いた。毎日、彼女や親から電話やLINEがあったけど無視。

 結婚はなし。そう決めると、彼女の何もかもが嫌になってしまった。顔を合わせるのも嫌になり、しばらく放浪することにした。会社に退職する旨伝え、貯金を下ろし、彼女と実家に破談にするとのメールを送る。結婚式とかの予約は……勝手に処理してくれ。

 今日の宿泊料を払うついでに近所で仕事ないか聞いたら、牧場で募集しているという話。住む場所も斡旋してくれるというので飛びつく。

「朝、早いけど良いの?」と聞かれたが、元から朝型なのでちょうど良い。

 馬に挨拶に行った。

「やあ、ここで働くことにしたよ」

「ふーん、しっかりな。今度、虚無僧の泰慈さんっていう和尚紹介してやるよ」

「ありがとう」

 彼女のメールの返事は愚痴めいた非難の文面だったけど、返事しないでおく。親は怒っていて「勝手にしろ」とのこと。

 考えてみれば、自分は親にしても彼女にしても都合のいい人間を演じてきてたと思う。ちょっとした反抗期かもしれん。何かをぶち壊すというのは結構快感だ。取り戻すのは大変だけど、失っても惜しくないものばかりで、正直、スナフキンに憧れている僕には、これでいいとしか思えなかった。

「しがらみよ、サヨウナラ」


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気軽に読めるファンタジー短編集Ⅱ 疾風怒濤編 より

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