-3-ユナの考え
読んでくれていた方はお久しぶりです。
興味を持ってくれた方は初めましてです。
3話の前書き書くの2回目なので、色々書いてたんですけど端折らせてもらいます。
はい、投稿したはずのデータが消えてました。回線悪くて上がらなかったんですかね?通勤中の地下鉄だったので大いに有り得ます。
*名無しの少女
「……わからないの」
本日何度目かの驚き。
彼女の表情は悲しみに満ちている。いや、あるいは寂しさとしても捉えられるかもしれない。
俺にはハッキリと聞こえていた。聞こえていたけど、聞き間違いであってほしいと思ってしまうような衝撃的な言葉が飛び出し、思考に大きな空白が生まれる。
自分の名前が分からないと、そう呟いた顔は大事な物をどこかに忘れてきてしまったかのような、どこか遠い所を見ている。俺の目にはそんな表情に写っていた。
小さな背中から差し込む朝日が、彼女の顔に深い影を作り出す。
立て続けに起きていた非日常のせいで、機能していなかった俺の危機感は、たった今、ようやく事態の深刻さに対して警笛を鳴らし始めた。
なんて声をかけたら良いのだろうか。気が付いたら知らない人の家にいて、自分の名前も憶えていない。
それこそこの子にとっては完全な未知の世界のはずだ。
気が付いた時に自分が何者か分からない恐怖は計り知れない。
言葉を失う。
意識の外から、着ている白いワイシャツの袖を引っ張る手。振り返るとユナがじっとこちらを見ている。それは決意や思いのこもった力強さを感じる眼差しだった。
「私たちが助けてあげようよ。昔、ユズトが私にしてくれたようにね?」
にっこりと笑顔を作る。そのユナの表情は単純なプラスの感情以外も含まれていることを俺は知っている。
「ユナ……」
思わず彼女の名前を口にしてしまう。
ユナは本当に強い。
あんな事、時間が経っても癒えない傷になっているはずなのに。きっと心の中ではまだ……
そこまでで考えるのをやめる。今ここで感傷に浸っていても何かが変えられる訳でもない。大事なのはこの女の子を助けてあげること、そしてユナの思いを汲み取ることだ。
袖を掴む手にそっと触れ、ユナと同じように笑顔を返す。
その意味はユナにもしっかり伝わっているのだろう、頷いて満足げな顔を浮かべる。
「じゃあ決まりね」
俺は大きく深呼吸する。
一度決意したら最後までやり通さなければならない。そういった意識付けをする為の自己流の儀式みたいなもので、当然その行為はユナも今までたくさん見てきている。
「この子の記憶が戻るまで面倒を見る!」
俺の事もユナの事もまだ出会って間もないため、何も分からないであろう女の子は反応に困りつつも「ありがとう……?」と礼を述べた。
「あっ!」
突然、ユナがなにか思いついたように目を見開く。
「どうした?」
普通に聞いただけだったのに、何故か結那には睨まれる。
「この子にずっとこんな格好させる訳にはいかないでしょ? というかもっとマシなもの着させなさいよ!」
あぁ、ワイシャツ1枚……確かに、焦っていたとはいえ、俺はなんて格好させてるんだ……。
いや服をあんまり持ってないから咄嗟に出てこなかったんだ。そういう事にしてほしい。
言い訳紛いの言葉を探す俺を見て、ユナはため息をつく。
「まあとりあえず、私に良い案があるからちょっと待ってて」
俺からの返答を待たずにユナは家から出ていってしまう。
そして外からバタバタと聞こえてくると思ったら呼び鈴を鳴らさずにユナが入ってくる。
その手には紙袋を提げており、おそらくユナのおさがりの服でも入っているのだと思う。よく見ると額には少し汗が浮かび、外から聞こえた音もそうだが急いで用意して来たのがよく分かる様子だ。
「おまたせ、ユズトの寝室借りるわよ」
そう言うと、若干乱れた息を整える間もなく女の子の手を引いて部屋へと消えていく。
なにを急いでいるのかと思って時間を見ると、家を出る時間まで後5分もないところまで迫っていた。ユナはしっかり時間を気にしていたようだ。俺もパンを焼くところまでは学校の準備をしていたのにすっかり忘れていた。
……そこまでは覚えていたからな?
と、誰が聞くわけでもなく心の中で自分に言い訳をしていると、部屋から二人が出てくる。
ユナは満足やりきった表情で髪をかき上げる。
そんなユナの後ろに少し隠れるような感じで出てきたのは女の子だ。
ユナみたいに綺麗で艶やかな長い黒髪は、水色のヘアゴムを使って左右で結びツインテールになっている。前髪も整えられ、ユナの本気度が想像出来る。そして服装と言えば、赤いリボンが可愛いセーラー服を着ている。これは俺とユナの通う仙王学園の中等部で採用されている制服なので、ユナのお下がりだろう。
「うん、ユナのお下がりなら確かに大丈夫だな。でもなんでわざわざ制服を着せたんだ?」
俺の疑問に対してにこっと笑みを浮かべると、
「それはもちろん似合うと思ったからよ。この子すっっっごい可愛いじゃない!!」
そう言いながらユナは女の子にギュッと抱き着く。
ユナ、妹が欲しかったのかな。
そう思わせるほど着替えさせた女の子に彼女はご執心のようだった。
あまり顔に出していないつもりだったが、自分へ向けられる視線の意味に気付いたユナは抱きつきながら女の子を撫でるのをやめ、俺に対してムッとした表情を作る。
「もちろんそれ以外にも理由はあるに決まってるでしょ」
ユナの趣味以外にもっともらしい理由? なんのことだろう。
俺が頭を悩ませている様子を見て、呆れたように呟く。
「私たちが学校行ってる間、学生寮にいたら一人になっちゃうの分からない?」
「あ、あぁ……確かにそうじゃん」
それは今、自分の名前も分からず自分が何者かも分からない女の子にとってはあまり優しくないことだろうと納得する。
とりあえず学園で周りから浮かないように中等部の制服を着てもらい、仲の良い教員にでも相談しようって魂胆だろう。
そこまで理解して、俺は表情を曇らせながら頬をかく。
俺たちが仲の良い教員と言ったら、出てくるのはアイツしかいない。まぁ確かに信用出来るのは間違いないが、果たして真剣に話を聞いてくれるかどうか……。
俺の反応を見たユナがため息をつく。
ユナももちろんアイツの事は知っているので、俺の言いたい事が十分に伝わっているということのはずだ。
「もちろんユズトが気にしていることも分かるけど、それ気にしたら相談出来る相手いると思う?」
「うーん」
とても悩ましい。他にも仲の良い先生がいないこともないが……確かにアイツより信用出来る先生ってなるとやっぱりいないだろう。
「しょうがない、オカに頼るかぁ」
ユナは頷くと学生鞄を肩にかけ、女の子の手を引いて玄関へ向かう。
玄関で革靴を履き、これもお下がりなんだろう、女の子にもいくつか傷がある革靴を履かせてドアを開ける。
食器が片付け終わった俺は足早に玄関へ向かうと、2人が扉を開けて待っていた。どうやらちゃんと待ってくれていたらしいので、一応礼を言っておく。
「おう、ありがと」
別にいいわよ。
そう呟くユナの姿は、後ろから差し込む光のお陰か、俺には慈愛が満ち溢れているように見えた。
*通学路
桜並木。
魔法と魔術の学び舎というのも数十年でそれなりに増えてきたが、この美しい桜色に彩られた通学路がある魔法と魔術の学び舎は、他にない仙王学園の売りの一つだ。
徐々に散る桜の花びらが宙に舞う、この風情と言ったらこの上ない。
そんな事はこれっぽっちも気にすることもなく、しばらく無言で歩いていた俺と結那と女の子の3人。
2人だと思っていた日常に大きな……とても大きな変化が起き始めていた。
少なくとも俺はそう感じてるけど、ユナの方はそうでもないかもしれない。
今だって俺の前で女の子に「名前付けてあげようか?」とか「どこから来たの?」とにこにこと笑みを浮かべながら質問の嵐をお見舞い中で、身構える感じとか、全く感じない。おかげで俺は後ろから2人の背中を眺めているだけになってしまった。
女の子の方だって「名前欲しい!」とノリノリの様子。女子同士打ち解けるのが早いのかもしれない。
「名前ねぇ……」
俺は歩きながら腕を組み考え事をし始める。俺とユナは自己紹介してなかったなーってだけだが。
ただ俺のそんな素振りお気にして「どうしたの?」とユナが振り返って聞いてくる。
考えていた自己紹介のことを話すと、ユナの横で聞いていた女の子も振り返り、話に参加してくる。
「私覚えたよ、ユズトとユナ姉でしょ!」
「お、やるじゃん。ところでなんで俺はユズ兄じゃ……」
最後まで言い切る前に、ユナが褒めながらギュッと女の子を抱きしめることで講 抗議が中断させられる。
ユナとの間で、呼び名によって早くも格差が生まれているような気がしてお兄ちゃん悲しいです。
無駄な抵抗はやめて、おとなしく通学路に咲き誇る学園名物の桜並木を眺めることにした俺の心は、ちょっとだけ泣いていたかもしれない。
相変わらず試行錯誤の最中なのでちょっと気になるところはありますが……まあ良いでしょう!
添削する時間が取れないのが最近の悩みですが、この話から2週間に1回投稿にペースアップしたいところですね……
@Kannagi1414