強制物々交換
レストランを出て左手に回ると、店の裏口があった。
ラルクが到着した時、既にエルフの少年はボロボロにされていた。
「ごめんなしゃい、ごめんなしゃい」
土下座して謝る少年の頭を金髪の給仕係が踏みつける。
「てめぇ! 頭の骨、砕いてやろっか?」
「嫌でしゅ嫌でしゅ。かんべんしてくだしゃい」
もう一人の給仕係はガタイの良い目つきの鋭い短髪だ。
「痛めつけろって命令だかんな? 半殺しにすっか?」
見かねてラルクが止めに入る。
「それぐらいで許してやったらどうだ?」
金髪が振り返ってラルクの姿を認める。そして唾を吐く。
「ケッ! なんだ、お前? ケガすんぞ?」
ラルクが煽る。
「子供相手にイキがるな。みっともない」
短髪の方も敵意を向けてくる。
「は? 俺等、ただのウェイターじぇねえぞ? 夜はブイブイいわしてんだぜ?」
しかし、そんな脅し文句は、ラルクには通用しない。
修羅場を潜ってきた人間にとって、ケンカ自慢のチンピラなど恐るるに足らずだ。
「おとなしく給仕していた方が身のためだぞ?」
ラルクの言葉に給仕係が激高する。
そしてバカみたいに「ぶっ殺してやる!」と、一直線に殴り掛かってくる。
「やれやれ」
ラルクは軽く3秒テイムのスキルを発動する。
短髪男のパンチを避けながら両手を挙げてバンザイ。
1秒遅れで、その動きを短髪男がトレースする。
そこで生じた隙を狙って、ラルクの蹴りが短髪男の脇腹に食い込む。
「かはっ!」
両手を挙げていたせいで脇腹がガラ空きだった短髪男がしゃがみ込む。
さらに金髪男のパンチを躱したラルクが、もう一度スキルを発動する。
わざと相手に背中を向けてラルクが屈伸運動をすると、1秒遅れて金髪男がその動きを真似る。
当然、ラルクが優位にたつ。
「ほい!」と、ラルクは、屈伸運動中の金髪の後頭部に膝蹴りを命中させた。
「がふっ!」と、金髪男は顔面から地面に突っ伏す。
3秒テイムの効果的な使い方。
それは、相手の攻撃を強制キャンセルして、隙を作ることだ。
相手は1秒後からラルクの動きを3秒間、真似させられる。
3秒経てば効果は切れるが、すぐに立ち直れる奴はそうは居ない。
幸い、やんちゃな給仕係は早々に退散して職場に戻った。
それと入れ替わるようにギルバート達がやってきた。
「ああ。片づけちゃったんですね」と、ギルバートが首を竦める。
「素敵! さすが私のダーリンですわ!」
チキは、どさくさに紛れてラルクに抱き着いてくる。
ラルクがそれを制しながら少年に尋ねる。
「おい。大丈夫か? 名前は?」
エルフの少年は顔を上げて感謝する。
「ピピカ、でしゅ」
ラルクは疑問に思っていたことを口にする。
「そういえば、なんでドングリなんか置いたんだ? 盗み食いの時に」
「あ、あれでしゅか? あれは置いたんじゃなくて交換したんでしゅ」
「交換?」
「そうでしゅ。アタシの能力なんでしゅ」
「能力?」
首を傾げるラルク。
それを見上げていたピピカが説明する。
「強制的に物々交換する能力なんでしゅ」
ファンクが反応する。
「ファ〇ク! そんなことホントに出来んのか?」
「あ、じゃあ、あそこ。あそこでインチキ露天商がアクセサリーを売ってましゅよね?」
そう言ってピピカが指さした方向は噴水広場の一画だった。
そこでは胡散臭い露天商が、お金持のマダムにブローチを売りつけている。
ピピカが立ち上がりながら言う。
「あのブローチ。原価は50ギルぐらいなのを2000で売ってるんでしゅよ。8000のところを今だけ2000だって」
ラルクが顔を顰める。
「それは酷い。ぼったくりだな」
「でしゅよね? だから……」
そう言ってピピカは、次に道端に落ちている犬の糞をチラ見する。
そして両手を前に出して「エイ!」と、両拳を握った。
続いて『ポフン』という音と共に犬の糞が煙に包まれた。
それに注目していると、煙が消え失せた箇所にブローチが落ちていた。
犬の糞が落ちていた場所だ。糞はどこにもない。
ラルクが目を丸くする。
「え!? てことは……」
例の露天商に目を向けると、まさに露天商がマダムの胸に犬の糞を押し付ける場面だった!
異変に気付く露天商。
ドレスの胸部分に犬の糞を擦り付けられたマダム。
「ぎゃぁあああああああ!」
マダムの絶叫で道行く人々の注目が集まる。
チキが驚く。
「すごいですわ! 本当に入れ替えちゃったんですね!」
興味深々のラルクが興奮気味に質問する。
「なんでも交換できるのか?」
「目に入った物は何でもできましゅ。逆に見えないものはダメでしゅね」
「個体でなくてもいいのか? 液体や気体は?」
「目に見えればできましゅ」
ギルバートは感心しながらも苦笑いを浮かべる。
「でも、戦闘向きの能力ではありませんね」
「ファ〇クだな。面白ぇ能力だが、使い物になんねぇな!」
ファンクの評価も低い。
ところがラルクは目を輝かせている。
「いや。そんなことはない。素晴らしい能力だ」
「フ〇ック? 何言ってんだ?」
「使い方次第では、戦術の幅がグンと広がる。俺達のパーティに是非、欲しい能力だ」
きょとんとするピピカに向かってラルクが提案する。
「なあ、俺達のパーティに入らないか?」
ピピカは一瞬、嬉しそうな顔をした。だが、直ぐに表情を曇らせる。
「嬉しいでしゅ。でも……問題がありましゅ」
「なんだ? 言ってみろ?」
「サーカス団の団長が許してくれないでしゅよ……」