悪魔が来たりてガスを撒く
後ろ手に扉を閉じながらラルクが最後に聞いたのはギルバートの絶叫と破裂音だった。
「あああ! ブリュブリュ、ブリュルルル」
『バタン!』
一刻も早くこの建物から離れなくてはならない!
ラルクは後ろを振り返らずに夢中で走った。敵に見つかろうが関係ない。
ファンクは必死で羽ばたきながら並走する。
「フ〇ック! 建物から離れて走れ! 匂いにやられるぞ!」
雪が舞うような気温に関わらず、建物の窓が幾つか全開になっている。
慌ただしく窓や扉が開いて、次々と兵士が顔を出す。
「うげええ!」「くっせ!」「ごふっつ!」
新鮮な空気を求めて窓を開けたのだろうが、彼等は漏れなく気を失っていく。
「フ〇ック! 最初の茶色が行き渡ってるみたいだぜ!」
「てことは、このあと、もっと強烈なアレが来るってことか!?」
「ファ〇ク! 急げ! 早く基地の外へ!」
「無理だ! 屁の回りが早すぎる!」
建物の窓から漏れ出てくる茶色い空気を避けながら走るラルクとファンク。
爆発で崩壊するのならともかく、匂いから逃げ回るのは間抜けだが仕方が無い。
茶色いガスの拡散で基地内のパニックが拡大していく。
怒号と悲鳴。だが、ガスを吸った者は、例外なく気を失ってしまう。
「フ〇ック! ファ〇ク! ファッ〇! 茶色のガスだけでこれだぜ!?」
「ああ。これで『ミ』が回ってきたらとんでもないぞ」
開いた窓からは、茶色い空気が次々と漏れ出し、猛烈な勢いで広がっていく。
それがラルク達の後方から迫ってくる。
「うわっ! もう迫ってきた!」
茶色は前後左右の建物から溢れだしてきた。
「フ〇ック! 間に合わねえ! くそっ!」
そう言ってファンクが近くの窓から漏れ出る茶色にワザと接触した。
一瞬だけ。ほんの僅かだけ、匂いを嗅いだ。
それなのに『エンッ』と、ファンクの上体が硬直、激しく痙攣した。
『バフン!』
大魔王に変身したファンクが翼を広げながら叫ぶ。
「フ〇ック! 掴まれ! ラルク!」
飛び上がるファンクの足の指にラルクが「うおっ!」と、ジャンプでしがみつく。
「ファ〇ク! くっせ! 目が回る!」
大きくよろめくファンク。
振り落とされそうになったラルクが片手でファンクの足の指にぶら下がる。
低空飛行で基地の惨状を眺めながらファンクが呆れる。
「フ〇ック……酷いありさまだ。奴は悪魔か……」
「悪魔が来たりて屁をバラ撒く……だな」
おそらく、陸軍の本部は、ンコの汚染でしばらく使いものにならないだろう。
想定以上の破壊力に、さすがのラルクも顔を顰めるしかなかった……。
* * *
翌日、レジスタンスの村に戻ったラルク達は、同じくドラゴン巡りから戻ってきたチキ達と合流した。
ファンクが愚痴る。
「フ〇ック! 酷い目にあったぜ! あんなの予測できねえ」
「まあ、そんなに臭かったんですの?」
「お漏らし君、大暴走でしゅ」
「ファ〇ク! 茶色だぜ? おまけに大量の『ミ』を熱風装置で拡散させたんだ! とんでもないことになってるな。ありゃ」
「見たかったでしゅ」
ラルクが強張った顔で言う。
「ピピカはそう言うけど地獄絵図だっだぞ」
「悪魔の仕業ですわね」
「臭いのは罪でしゅ。死刑でしゅ」
「みんな酷いですよ! ラルクさんが『やれ』っていうから、言われたとおりにしただけなのに」
「ダーリンのせいじゃありませんことよ! 程度があるでしょうに」
「臭すぎるのが悪いでしゅ」
「ファッ〇! 大魔王の俺ですら死を意識したぜ」
ラルクが意地悪そうに言う。
「あれなら神も殺せるんじゃないか? 『神殺しの屁』なんてどうだ? 強そうだ」
「ああ、もう! 寒いのが、いけないんですよ。だから、おなかを壊してしまうんですっ!」
結局、この3日間でラルク達は、陸軍本部をガスで壊滅させた他、海軍基地を湾に封じ込め、収容所兼武器工場の解放、その他に中規模な軍の拠点を4つほど潰した。
一方、チキ達は、ファラギエナなどの珍しいドラゴンを3種で8体、その他に軍専用の戦闘用ドラゴンを養成する養竜所で数十体と、かなりの数をネムが手懐けた。
互いの成果を報告し合っているのを話半分で聞いていたクセーナが耳をほじる。
「ホントにそんな大打撃を軍に与えたのかしら?」
クセーナは女組に混じってドラゴン巡りをしていたので、ラルク達の話が信じられないのだろう。
そこにクセーナの父である村のリーダーが現われた。
「本当だ」
「お父さん!? でも、たった3人よ? それで軍の基地を潰したなんて大げさな……」
「クセーナ。お前も見ただろ? この妖精さんがアパチャイの虐殺部隊を一掃してくれたのを。それにレジスタンスの連絡網で報告は受けている。彼等の話は事実だ」
「え!? 噓でしょ? 本当にそんなことが……」
「ああ。同志たちも今がチャンスと盛り上げっている。これから忙しくなるぞ!」
「フ〇ック! 軍は今、ボロボロだからな。反政府勢力の連中を先に解放したのが良かったな」
「ああ。政治には興味ないけど、暇つぶしにしたことが役に立って何より」
リーダーはラルクの手を握って感謝の意を述べる。
「ありがとう! これで今の腐った政府を追い込める! 君達のおかげだ!」
「は、はあ……」と、ラルクは頭を掻く。
さほど信念をもってやったことではないが、居候の家賃代わりとしては十分なようだ。
リーダーが思い出したように言う。
「ああ、そうだ。ドクじいさんが君を呼んでくれと言っていたぞ。なにやら解読ができたとか……」
「本当か!? それを待ってた!」
ラルクの目が輝く。
* * *
ドク爺さんは、何冊かの古文書を開いてラルク達を待っていた。
「爺さん! 解読できたんだって?」
「おおよ。お前さんの呪印、解除の方法も調べてあるぞ」
「そいつはありがたい! さっそく、聞かせてくれ!」
「まあまあ、慌てなさんな。順を追って説明するわい。で、やはりお前さんの呪印じゃが、それはスキルの成長を妨げるものじゃ」
「やはりそうか。で、肝心の解除方法は?」
「ふむ。何しろナルゲンの古い術式じゃ。解除の方法も、ちと変わっておる」
「フ〇ック! 昔からある呪印なら解除した事例があるんだろうな?」
「あるとも。ただ、変わった方法なんでな。本当にこれで解除できるかの保証は無い」
ラルクが身を乗り出す。
「構わない! やるだけやってみる」
「そうかい。で、解除というか、その呪印を消す方法で最も有力なのがこれじゃ」
そう言ってドク爺さんが開いた本のページを指さす。
「直訳すると、『満月の夜に魔力のある獣が一晩中、舐めること』と、なっておる」
ラルクが拍子抜けしたように呟く。
「な、舐める? 一晩中?」
「そうじゃ。ペロペロ舐めさせるんじゃな」
「フ〇ック!? なんだそりゃ? そんなアホみたいな方法で呪いが解けるのか?」
そこでチキが手を挙げる。
「私、一晩でも一日中でも舐め続けますことよ!」
ドク爺さんは首を振る。
「いいや。獣でなくてはならん。注釈があってな。舐めるのは、半人半獣であることが望ましいとなっておる」
ラルクが「半人半獣……」と、考え込む。
そして振り返る。
「トカゲの兄弟!」
ラルクに指名されたトカゲの兄弟が、きょとんとする。
思いがけず皆の注目を集めてしまった兄弟は顔を見合わせた。
「え? どういうことだ?」
「兄ちゃん……」




