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ナルゲン族の女

 ラルク達に捕らえられた女が目を覚ましたのは、丸二日経った日の夜だった。


 宿のベッドで目を開けた女が「こ、ここは……」と、目を瞬かせる。


「トンバルの町ですわ」


「トンバル……どうしてそんなウエップ! くっさ!」


「まだ匂いますのね。人体に深刻な影響を及ぼすガスですわね」

 そう言ってチキはギルバートを睨む。


「か、加減はしたつもりなんですよ」

「臭すぎて毒でしゅ」


 それを聞いて女がガバッと身を起こす。

「ど、毒!?」


「いえいえ、僕の『おなら』は毒ではありません! ご安心を!」


「お、おなら? アタシが嗅がされたのは、おなら?」


「すみません。眠らせるつもりだったんですが、少しだけ茶色が混じっちゃったみたいで」

「ユルユルでしゅ」


「ちゃ、茶色? え? それって……」


「いえいえ! 『ミ』は出てないですよ? ですから、ご安心を!」

「ほとんどンコでしゅ」

「ちょっと! ピピカさんは黙って!」


 そこでチキが説明する。

「あなた、丸二日間、気絶していたのですわよ」


「え!? アタシ、そんなに長く気を失っていたの?」


「ええ。止む無くこの宿で介抱していましたの」


「思い出したわ! あの時、臭い匂いを嗅がされて……」

「ごめんなさいね。酷い匂いで。でも、危害を加えるつもりは無かったことよ」


「なんでチキさんが僕の代わりに謝るんですか……『酷い匂い』って地味に傷つくんですけど?」

「臭いのは事実でしゅ」


 女は頭を抱える。

「そっか。皆、心配してるな……アンタ達は軍の関係者ではなさそうだけど」


 そこにラルクとネムが部屋に入ってきた。

「お? 目を覚ましたようだな」


「おかえりなさいまし、ダーリン。ネムちゃん」

「ただいま、お義姉さん♪」


 ラルクは毛皮のコートを脱ぎながら尋ねる。

「で、何か聞き出せたのか?」

 

「いいえ。今、目をお覚ましになったところですわ」

「おならの話しかしてないでしゅ」


「そっか。まあ、いい。聞きたいことは直接、聞く」

 ラルクの視線が自分に向けられているのに気付いた女が身を固くする。


「心配するな。俺達は敵じゃない。あんたを、とやかくするつもりは無い」

「でも、アンタ達、軍の荷物を運んでいたじゃない」


「ああ。あれは移動手段が無かったから止む無く拝借しただけだ」

「そうなの!? だったら悪いことしちゃったわね。ごめんなさい。襲ったりして……」


「いや、それはいいんだ。誰もケガしてないし、もともと俺達の持ち物じゃないから」


 ギルバートが半笑いで付け足す。

「トカゲの弟は持っていかれちゃいましたけどね」


「持っていかれた? トカゲ?」と、女が首を傾げる。


「僕達に同行してたトカゲ兄弟の弟が荷台に乗ったまま連れていかれちゃったんですよ。変な着ぐるみを着てたから荷物と間違われたんだと思います」


「そうなの? それは申し訳ないことをしたわね」


 ラルクは腕組みしながら尋ねる。

「なあ、君達は何のために軍の物資を狙ってたんだ?」


 ラルクの質問に女が、しばし黙る。

 話して良いのか判断しかねている様子だ。


「俺達はラーソンから来たばかりなんだ。だからこの辺りの事情がまったく分からない」


「ラ、ラーソン? あの南の国の? そんな遠い所から……」


「話せば長くなるが、目的は2つ。ひとつは、ナルゲンの古代文字が解読できる人間を探して、呪術を解きたい」


 女が眉を寄せる。

「ナルゲンの古代文字……読める人は少ないわね。アタシ達の中でも完全に解読できる人は居るかどうか……」


「ナルゲンという国が無くなったのは知ってる。君はナルゲンの末裔まつえいなのか?」


「ええ。ナルゲン族よ。ナルゲン国が無くなったのは400年前。モルゾン共和国に吸収されてからも連邦制に移行してからも、アタシ達ナルゲン族は迫害され続けてきたの……」


「それで軍を憎んでいると?」


「そんな単純なものじゃないわ。軍は復権派を排除しようとしてるの。戦争の邪魔になるからって」


「戦争だと? サブン連邦は戦争する気なのか?」


「そうよ。水面下で準備が進められているわ。連邦政府は開戦の決議をする予定よ。こんな時期によく入国できたわね」


「そ、それは、まあ、色々あってだな」と、ラルクが頭を掻く。


 女は国内事情について説明を続ける。

「ハミマからの挑発が政府の想定を超えていたみたいね。だから慌てて準備をしてるのよ。強引に、何の法整備も無く、アタシ達も徴兵ちょうへいされることが決定したわ」


「酷いですわ! 連邦政府はそんなことを……」

「恐ろしいことですよ。民間人を無理やり軍隊に入隊させるなんて。でも、サブン連邦なら、やりかねないですね」


「ええ。政府はアタシ達の反政府活動が障害になると考えて、大規模な制圧を計画しているの。こうしてる間にも村が危ないわ」


 ラルクが納得する。

「それで軍の物資を奪ったのか。それが武器ならなおさらだ」


「そうよ。アタシ達には武器が必要だわ。それを奪えば軍の作戦を遅らせることもできるし」


 ラルクが少し考え込む。そして口を開いた。

「よその国の紛争に首を突っ込むのは本望じゃないが、ナルゲン族に全滅されると困る。手を貸すことにしよう」


「あ、ありがとう。一緒に戦ってくれるのは嬉しいけど、相手は軍隊だから……」


「あら。私たち、こう見えましても戦力になりますことよ?」

「そうですよ。水臭いな」

「臭い奴が何か言ってるでしゅ」

「だからもう、ピピカさんはイチイチ……」


 ラルクが自信ありげな顔を見せる。

「まあ、俺達は勝手に手伝わせてもらうから心配するな」


 女は複雑な表情でラルク達を見る。

 とても強そうに見えないので半信半疑なのだろう。


 そこでネムが思い出したように言う。

「あ、そうそう。あのサーベルタイガー! あの子、何を食べるの?」


「え? あの子は? いまどこに?」

「宿の敷地内におりがあるの。そこで保護されてるよ?」


「そう。良かった……」と、女は安堵する。


「宿のおばさんが困ってたよ? あの子、全然、懐かないから餌をやるにも何をあげれば良いのか分からないって」


「ああ、あの子はアタシのテイムでしか言うことを聞かないから」


「やはりテイムの能力か……君達の部族は皆、テイムを使うのか?」


「ええ。モンスターを操ることができるわ。でも、あの時、あの子に振り落とされちゃったみたいに、完全に支配することはできないの」


 彼女は、ラルク達を襲撃した際にサーベルタイガーが制御できずに振り落とされてしまった時のことを言っているようだ。


 それを聞いてチキが苦笑い。

「それは仕方がありませんわ。ダーリンのテイムですもの」


「テイム!? アンタもテイムを?」


「まあな。俺の動きをトレースさせることができる。3秒間だけだがな」


「そ、そんなことが可能だなんて……信じられない!」


「ネムネムはもっと凄いぞ。いっぺんに何十体ものモンスターを手懐ける」


「同時に!? あ、あり得ない! 普通は一体でしょ? まれに複数体のモンスターを同時に操るテイマーが居るらしいけど、そんなの言い伝えだと思ってたわ」


「雄だけなんだけどね♪ あのサーベルタイガーちゃんはめすだから全然、懐いてくれないし」


「あ、アンタ達、何者なの?」


「なあに。ただのテイマーだ」



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