港町バンドラン
最悪のタイミングでラルクを追放した勇者パーティのひとり。
白魔導士のティナを見つけたと聞いてラルクが尋ねる。
「で、あの女はどこに?」
ギルバートが答える。
「ニュースでは港町のバンドランで舞台に出演するとか」
「ということは、しばらくは滞在するんだろうな」
「だと思います」
「分かった。早速、向かおう!」
裸のまま立ち上がるラルクをチキが引き止める。
「待って! あなたはアッチョンブリ家の婿さまですのよ?」
ラルクは首を振る。
「無理だ。俺には、やらなくてはならないことがある。行かなきゃ」
「それでしたら、どこまでも付いていきますことよ?」
「これは俺の復讐なんだ」
「あら、ダーリンの敵は私の敵でもありますわ!」
「本気でついてくる気か? この家の当主なんだろ?」
「ええ。でも、留守番ぐらいは任せられるでしょう。あのお兄様でも」
チキの決意は固い。彼女はラルクについていくといって聞かない。
そこでファンクが助け舟を出す。
「ファ〇ク。まあ、いいじゃねえか。こいつの能力は使えるぜ?」
「あら。話が分かりますのね。顔はアレですけど」
ニッコリ笑ってチキがそう言ったので、ファンクが、ずっこける。
「ファッキン……お前なあ」
チキはアピールする。
「それに資金面でもお得ですことよ? ちなみにバンドランへは、どのように移動するおつもり?」
ラルクが首を竦める。
「え、まあ、お金ないから徒歩で……」
「あら。それですと1月以上はかかってしまいますわね」
「え? そんなに? それは困るな……」
「飛竜をチャーターしますわ。それなら2日で着きますわよ?」
「それは助かる。けど……」
「他にも何かと援助できますわ。旅を続けるにはお金が必要じゃなくって?」
「そりゃ、ありがたいけど、いいのかなぁ……」
まだ迷っているラルクにファンクが言う。
「ファ〇ク! いいじゃねえか! 仲間にしようぜ!」
ギルバートも同意する。
「そうですよ。我々のパーティに合流してくれるなんて、ありがたいことです」
ラルクは今一つ納得していないようだったが、押し切られる形でチキをパーティ・メンバーに加えることにした。
* * *
チキが手配した飛竜のおかげでバンドランへは2日で着いた。
蒸気機関車や馬洲(乗り合いの大型馬車)を使ったとしても一週間はかかる道のりを、たった2日で済んだので、ラルク達にとっては幸いだった。
ファンクがラルクに耳打ちする。
「おい。正解だったな? あいつを仲間にして」
「そうだけど、なんだか利用してるみたいで悪いなって……」
「フ〇ック! お前が報いてやればいいじゃねえか」
「は? 報いる? どうやって?」
「ファッキン! 復讐が終わったら嫁にしてやればいい」
「な、な、なにを……え!?」
道中、食事や宿泊の際も、何かとチキは妻のように振舞った。
夜も積極的に寝床に潜り込んできて大変だった。
チキの熱意とラルクの気持ちが、まるで噛み合っていないのが今の状況だ。
ファンクは簡単に言ってくれるが……。
港町のバンドランは、交易が盛んなだけでなく、海洋モンスターを素材にした製品を生産する工場が集まる大きな都市だった。
町の中心を構成する商業施設は、どれも大きくて華やかで、人が溢れている。
「ファッキン! 思ったよかデカい町だな。これじゃ、あの女を捜すのも難儀だぜ」
「あら。でも、舞台に出演するんでしょ? それでしたら簡単に見つかりますわ」
ギルバートが浮かない顔で言う。
「そうかもしれませんが、そう簡単にいきますかねえ。一応、相手は芸能人ですから、会わせて貰えないかも?」
ラルクが頷く。
「そうだな。作戦を考えないと。どうやって接触するか……」
一行は、とりあえず繁華街のレストランで作戦会議を兼ねて昼食をとることにした。
田舎育ちで冒険中も辺鄙な場所巡りに明け暮れていたラルクにとって、この町は都会過ぎた。
見たこともない単語が並ぶメニューにラルクは戸惑う。
「なんだこれ? 呪文なのか?」
「ファッキン! 料理の名前だよ。バカ」
「知らないよ。名前を見ても、どんな料理か想像できない」
そんな様子を微笑みながら見守っていたチキがテキパキと注文をすませる。
そしてラルクの手を握る。
「うふふ。ダーリンは無垢なのですわね♪」
チキが注文した料理は、とても食べきれるような量ではなかった。
ラルクとギルバートが悪戦苦闘していると、誰かの怒鳴り声がした。
店内の視線がそこに集まる。
「てめえ! 食い逃げで通報すんぞ!」
怒っているのは髭面の料理人だ。
その隣で年配の給仕係が怖い顔をしている。
「他のお客様の皿から料理をくすねるとは! 泥棒め!」
怒られているのはエルフの少年のようだ。
赤白のストライプのシャツに青いズボン。どちらもブカブカで、身体のサイズに合っていない。
店の隅っこにある彼のテーブルには、コップとカップが1つずつしかない。
料理人が少年に顔を近づけて詰問する。
「な~んで、飲み物しか注文していないお前の口元にソースが着いているかなぁ? ん?」
年配の給仕係はカンカンだ。
「盗み食いした挙句、他のお客様の皿にドングリなんか乗せやがって!」
料理人が若い給仕係達に「つまみ出せ!」と命じる。
それを受けて2人の若い給仕係が少年を引きずっていく。
それを見送りながら料理人が指示する。
「ボコボコにしてやれ。二度と顔を見せんようにな!」
一連の騒動を眺めていたラルクが呟く。
「穏やかじゃないな……」
「ファッキン! またそうやって首を突っ込みたがる。ドングリ小僧なんか放っておけ」
「いや。放っておけないよ」
そう言ってラルクは、少年と給仕係を追って店の外に出た。