ああ、妹よ……
ハミマ共和国への密航は、あっさり成功した。
港町サンタンに到着するまでの間に何度かハミマ海軍の巡回に出くわしたが、ピピカの強制交換で難なく切り抜けることが出来た。
船を瞬間移動させれば決して捕まることは無い。
サンタンに上陸するなり、ラルクは妹のネムを探すことにした。
チキが連絡を取り合っているので入れ違いになることは無いが、ラーソンに向かおうとしていたネムには窃盗の容疑がかけられているという。
ラルクが焦る。
「一刻も早くネムネムを探そう! 大丈夫かな……あいつ」
「シスコンでしゅねえ」と、ピピカは呆れるが、ラルクは妹想いなのだ。
「フ〇ック! しかし、窃盗罪ぐらいで追い回されてるなんて、とんでもねえな!」
ギルバートが首を傾げる。
「何を盗んだんですかねえ。何か凄いものを盗んでしまったのでは?」
「盗人でしゅ」
「い、いや……ネムネムは、そんな悪い子じゃない。きっと何かの間違いだ!」
「ファ〇ク! けど、仲間がアレじゃあな。間抜けな山賊だろ?」
「そういえばそうでしたね。そりゃ、山賊みたいなことをしてたら指名手配されちゃいますよ」
「悪党でしゅ。犯罪者でしゅよ」
ラルクは顔を強張らせながら妹を庇う。
「だ、だから、間違えられているんだ。きっとネムネム達に似た窃盗団がいるんだって!」
港町サンタンは開戦の影響でラーソンへの旅行客は皆無だった。
それなので、ラルク達は結構、目立ってしまう。
少し歩いただけで、早速、警察官に目を着けられてしまう。
「ああ、君達! ちょっといいかな?」
二人組の警察官は笑顔でラルク達を呼び止めた。が、目は笑っていない。
密入国がバレたかとも思ったが、用件は違っていた。
「ちょっと聞きたいんだが、怪しい4人組を見なかったか?」
すぐにピンときたが、ラルクはすっとぼける。
「怪しい? どんな連中だ?」
髭の中年警官がしゃべり、隣の色黒い警官がラルク達の反応を注意深く観察する。
「窃盗の容疑者だ。黄色いターバンを巻いた大男の一味なんだが、見覚えは無いか?」
ラルクの表情が綻ぶ。
「黄色? 黄色いターバン! そんなのは見なかったなあ」
ラルクは『ほらね』といった顔でファンク達をチラ見する。
ネムの山賊仲間の親分は、ンコみたいな茶色いターバンを巻いているので、人違いだと言いたいのだ。
チキがさりげなく尋ねる。
「窃盗とおっしゃりますけど、何が盗まれましたの?」
警官が『ゴホン』と、咳払いして教えてくれる。
「ドラゴンだ。ドラゴン・センターの希少なドラゴンが半分ぐらい盗まれた。他にも動物園、飼育所、レンタル屋と、あちこちでドラゴンがごっそり盗まれている」
ラルクが都合よく解釈する。
「ドラゴン? ああ、ドラゴンを盗んだのか。なるほど、それは密売組織の仕業だな。少なくとも山賊ではないな!」
嬉しそうなラルクを横目にチキが質問する。
「その4人組がドラゴンを盗んだというのは確かですの?」
髭の警官は大きく頷く。
「ああ。間違いない。目撃情報が多数。目立つ連中だからな。それと半トカゲの兄弟。そいつらも窃盗団の仲間だ」
ラルクの顔が強張る。
「ト、トカゲ……ま、まあ、半人半トカゲなんて、いっぱい居るからな。そ、それに半トカゲは子だくさんだし、『きょうだい』といっても姉と弟かもしれないし、兄と妹の可能性も……」
ラルクの苦しい解釈に警官が首を振る。
「いいや。オスの兄弟だそうだ。『兄ちゃん、兄ちゃん』と弟が随分、兄貴に懐いているらしい」
あくまでも誤解だと信じたいラルク。
ファンク達は『やっぱり』と言いたげな顔。
警官は追い討ちをかける。
「それと女も一人混じっている。長いコートに大きなサングラスをかけているそうだ」
これでほぼ確定……ラルクは目の前が暗くなるのを覚えた。
代わりにピピカが「痴女でしゅ」と、口走ってしまう。
ギルバートが慌ててピピカの口を押さえるが、若い方の警官が反応した。
「むっ!? さては、その女のことを知っているな?」
ラルクが慌てて否定する。
「想像だよ! 想像! たぶん、こんな陽気で長いコートなんか着ているのは、露出する気満々だろうって推測しただけだ!」
ギルバートもそれに合わせる。
「こ、この子は、おませさんなんですよ。変態とかンコとかが大好きで、興味津々《きょうみしんしん》なんです!」
しかし、警官二人組は完全に怪しんでいる。
「これは本部で詳しく話を聞かせて貰わないとならんな……」
と、その時、近くでバタバタと足音が乱れた。
「居たぞ! 窃盗団だ!」
「左の路地に逃げ込んだぞ! 追い込め!」
ラルク達を尋問していた警官二人組が即座に反応する。
「俺達も行くぞ!」
「はいっ!」
二人組はラルク達を残して騒がしい方に向かって走り出した。
当然、ラルクも血相を変えて走り出す。
「ファッ〇! ラルク! お前も捕まっちまうぞ!」
「放っておけない! 妹なんだぞ!」
止む無くチキとギルバートもラルクの後を追う。
人通りの少ない町中では警官の団体が窃盗団を路地裏で追い詰めているところだった。
ラルクは、角を曲がったところでその現場を目の当たりにする。
「ああ……ネムネム……」
肩を落とすラルク。
やはり警官が追っていたのはネムと山賊の一味だった。
行き止まりに追い詰められたネムと黄色いターバンの大男、トカゲの兄弟。
「兄ちゃん! やばいよ! やばいよ!」
「大丈夫だ! 先生が何とかしてくれる!」
トカゲの兄弟は大男の背中に隠れながらネムに期待する。
「もう、しょうがないわね」
そう言って赤いロングコートにサングラスのネムが数歩歩いて前に出る。
そして取り囲む警官達をぐるりと一瞥して背筋を伸ばす。
「行くわよ」
緊張する警官達。
息をのんで見守る山賊一味。
そこでネムが『バッ』と、コートの前を開けた!
「ほぅれ、見てごらん!」
コートの下から露になったのは裸同然のネムの下着姿。
警官達の目が点になる。
「今よ!」と、ネムがダッシュで警官隊の脇をすり抜ける。
慌ててそれに続く山賊一味。
我に返った警官が叫ぶ。
「に、逃げたぞ!」
ドタバタと騒がしくネム達を追いかける警官達。
そこに『ぷすっ』と、水色の気体が覆いかぶさる。
「うっ!」「むむっ!?」
ギルバートの水色ガスを吸った警官がバタバタと昏睡していく。
ラルクがガッツポーズ。
「ナイスだ! ギルバート!」
ギルバートの催眠ガスで警官隊は一人残らず眠ってしまった。
「ネムネム! もう大丈夫だ!」
ラルクの呼び掛けに気付いたネムと山賊一味が立ち止まる。
「あれ? お兄ちゃん。もう着いたの?」
「急いで来たんだよ! お前が追われてるからって聞いたから……」
「そうなのよ~ だからラーソンに逃げようって考えてたんだけど、出国できなくなっちゃって」
「お前なぁ……まだ、変態まがいのことやってんのか?」
「痴女でしゅ! 変態でしゅ!」
「ああ、あれは仕方なく……」
「俺がテイムを教えただろ?」
「うん。けど、人間だとうまくいかないのよねえ。なぜか知らないけど、ドラゴン相手には効きすぎるのに」
「ドラゴン? そういや、お前、ドラゴンを盗んだ容疑で追われてるんだろ?」
「そうだよ? でも、盗んだつもりじゃなくて、テイムの練習してたら勝手についてきちゃったの」
「テイムの練習……ドラゴンを手懐けるのか!?」
「そうよ。オスばっかりだけど」
そう言ってネムは「みんな~!」と、大きな声を出した。
すると、急に辺りが暗くなって、上の方が『バッサバッサ』と騒がしくなった。
なんだろうと見上げたラルクが立ちすくむ。
「こ、これは!?」
ラルクは絶句した。
なぜなら、ラルク達の上には、無数のドラゴンが黒い雲のように集まっていたからだ。