金縛りからの脱出
ラルクの父、カロン・アシュフォードのテイムは強力だった。
さすが大魔王のファンクを封じ込めただけのことはある。
「フ〇ック! いつまで効果が続くんだ? まったく動けねえ!」
ギルバートがアワアワする。
「まずいですよ、まずいですよ! 敵兵が近づいてきます!」
ガスの被害を免れたハミマ軍の残党が続々と集まってくる気配。
敵兵の怒号が聞こえてくる。
「なんだ? あいつらは!」
「奴等の仕業か!? 毒ガスを撒いたのは!」
「捕まえろ! いや、殺せ!」
「そうだ! 殺っちまえ! 毒ガスを使うような奴はどのみち死刑だ!」
それを聞いてブルったギルバートがぼやく。
「酷い……毒ガスなんかじゃないのに……」
ラルクが必死に身体を動かそうとする。
「う……うぐぅうう!」
カロンの命令によって、跪かされたままの姿勢が解けない。
目や口は動くが、手足は石のように固まっている。
こめかみに血管を浮かせてラルクが叫ぶ。
「ぬっがああああああ!」
その拍子に仰け反って尻もちをつくラルク。
「お!? 動くぞ!?」
無意識に受け身を取ることが出来た。
それを見てファンクが閃く。
「ファ〇ク! ラルク! 俺達にテイムをかけろ!」
「え? 何でだ?」
「ファッ〇! いいから、やれ! テイムで上書きするんだ!」
「あ、ああ。分かった」
半信半疑のラルクがファンクに対してテイムを発動する。
するとファンクの身体が動いて、ラルクの動きをトレースした。
「フ〇ック! やっぱりな! 同じ系統の能力は上書きができるみたいだ!」
ラルクがテイムをかけることで、カロンのテイムによる効果は無効化されるようだ。
ファンクの機転で金縛りは脱した。
テイムの上書きで動けるようになった面々は、ぎこちなく立ち上がる。
「みんな! 北に向かうぞ!」
ラルクを先頭に一行は北に向かう。
それに気付いた敵兵が集まってくる。
「あ! 逃げやがった!」
「逃がすな! 殺せ!」
「この野郎! ぶっ殺してやる!」
迫って来る敵兵は、いつもの要領で排除する。
テイムして『ガツン』、テイムして『ガコン』と、小気味よく木槌を振るうラルク。
チキは『ぼええっ』『おげええっ』と、雷のゲロを撒き散らす。
行く手を阻む敵兵は、ピピカが強制交換でとんでもない場所に飛ばす。
後方からの追っ手は、ギルバートの水色ガスで即座に『おねんね』だ。
敵陣を強行突破してラルク達は島の北部を目指した。
走りながらチキが尋ねる。
「ねえ、ダーリン。どうして北ですの?」
「島の北側はハミマからの船が出入りしているはずだ。そこで船を奪ってハミマに向かう」
「ファ〇ク! そういうことか!」
「ええっ、また僕が船を運転するんですか?」
ギルバートはハミマからラーソンに密航するときに奪った船を下手な運転で事故りそうになったことを根に持っているらしい。
そこでラルクが答える。
「大丈夫だ。今度は、操舵しやすい船を選ぼう」
* * *
港でもひと悶着あったが、敵兵は皆、ガスで黙らせた。
スピードが出そうな小型の船を調達してハミマ共和国へ向かう。
雨を降らせそうな灰色の雲を見上げながら、船は荒れ気味の海を淡々と進んだ。
浮かない顔のラルクを心配してファンクが声を掛ける。
「ファック! どうした、ラルク?」
「ん? ああ、ファンクか……何でもないよ」
「フ〇ック! 嘘こけ! カロンのこと考えてたんじゃねえか?」
「うっ……相変わらず鋭いな。けど、考えてたのは奴の能力のことだ」
「ファッキン・テイムだな? 確かに奴のテイムは厄介だ」
「命令するだけで相手を操ることが出来る。しかも複数同時に……」
「ファ〇ク! おまけに効果時間が長い。てか、無制限かもよ?」
「俺のテイムより、ずっと強力だよな……そんな奴に勝てるのかな」
ラルクは少し弱気になっているようだ。
「ファッ〇! そりゃ、お前の3秒テイムの上位互換なのは事実だ。けど、そう落ち込むなって! お前の呪印が解ければ、同じことができるようになるかもしれねえだろ!」
「だといいけどな。奴に対抗するには、このままじゃ足りない」
「フ〇ック! その為にもサブンに行かないとな!」
「ああ。それに皆が居てくれるから心強いよ」
「ファ〇ク! 珍しく素直じゃねえか! ガハハ!」
甲板でそんな話をしているラルク達の傍では、チキが船酔いしているピピカを解放しながら何やら熱心に通信を行っている。
そして「やりましたわ!」と、急に立ち上がった。
「どうした、チキ?」
「父に連絡が取れましたの。父から海軍の総司令に進言してくださることになりましたわ!」
「海軍総司令? どういうことだ?」
「総司令は父の後輩ですの」
「で、何を進言するって?」
「ワルデンガ島への上陸作戦ですわ。今なら奪還できるはずですもの」
「ああ、そうか。確かにな」
「そうですわ。砲台や施設は私達が無力化しましたから」
今のワルデンガ島の状況は、ラーソン軍にとってはチャンスに違いない。
島を奪還することによってハミマ共和国の侵攻計画は大幅に狂うことになるだろう。
「あ。それとネムさんとも連絡が取れましたわ。やはり、港で足止めされているみたいですわね」
チキはラルクの妹と時々、連絡を取り合っているらしい。
「そうか。やはり、一般人の渡航は制限されているようだな」
「ええ。でも、ドラゴンに乗って強行突破するかもって……」
「な、何⁉ ネムネムのやつ、無茶なことを! チキ、待つように連絡しろ。今、そっちに向かっているからって知らせるんだ」
「は、はい。承知しましたわ」
チキは慌てて通信を試みる。
その間、ラルクは操縦席のギルバートに声を掛ける。
「ギルバート、あとどれぐらいだ?」
「そうですねえ。ハミマからラーソンに戻った時の船よりはスピードが出てますから、日が暮れる前には到着できるんじゃないでしょうか」
「波が高いな。嵐にならなきゃいいけど」
「そうですね。随分と雲が黒っぽいですもんね」
その時、チキが「まあ!」と、口元を押さえた。
「どうした、チキ? ネムネムは何て?」
「追われてる、と」
「追われているだと? なんでだ?」
「窃盗事件の容疑者として追われているそうですわ」
「ファ〇ク! まあ、山賊の連中とつるんでるから仕方ねえだろ」
列車強盗未遂をしたときにネムは、山賊の親分と間抜けなトカゲ兄弟と行動を共にしていた。
しかし、妹想いのラルクは、それを認めたくない様子。
「馬鹿な! チキに生活費をもらってたじゃないか! なのに、窃盗だなんて……何かの間違いだ!」
「でも、ダーリン。追われているということは、待機するのは危険ですわ」
「そうだな。よし! 急ごう! ギルバート、全速で飛ばせ!」