蠢きの森
魔王の城は、蠢きの森と呼ばれる樹海の真ん中にあった。
そこに辿り着くためには、凶悪なモンスターがうろつく森の中を進まなければならない。
森の入り口でラルク達はグランのパーティと別行動をとることにした。
グランは憎まれ口を叩く。
「大丈夫か? そんなトロそうな面子で。先に魔王城に着くのは俺等だから、あんまり待たせんなよ?」
バルガードは眼鏡の位置を直しながらグランを諫める。
「やめておけ。速さを競っても意味がない。道中で連携を確認することの方が先決だ。半年のブランクがあるからな」
リッツが腕組みしながら感心する。
「へっ! 相変わらず冷静だねぇ、先生殿は」
ティナも同意する。
「そうね。私達、あの頃よりレベルアップしてるはずだから、それを知っておくのも重要ね」
グランは「お、おう。そうだな」と、頷いてから掛け声をだす。
「よし! そんじゃ、行くか! 新生パーティの腕試しだ」
盛り上げるグラン組の様子をラルクは生暖かい目で見守る。
ギルバートが心配そうに尋ねる。
「大丈夫ですか? 強そうなパーティに見えますけど……」
ラルクは涼しい顔で答える。
「いいじゃねえか。そうでなくちゃ困る」
「なんかモチベーションが高そうですよ。僕らも気合を入れないと……」
「フ〇ック! お前は尻の穴に気合を入れないとな!」
「そうですわよ。あなた、一番後ろを歩きなさいな」
「臭いのは勘弁でしゅ」
「なんなんですか、もう……」
ギルバートは、『とほほ』といった顔で項垂れる。
「あら、あの人たち、もう入っていきましたわよ? 私達も急がないと」
ラルクは、のんびり構えている。
「大丈夫さ。俺達にはファンクがついてる。最短ルートで行けるさ」
「ファ〇ク! 任しておけ! 余計な戦闘はしなくて済むぞ」
ファンクの土地勘と感知能力があれば、後れを取ることは無い。
チキが尋ねる。
「そういえば、ファンクもお漏らし君もこの森に来たことがあるのですわね?」
「フ〇ック! そうだが?」
ファンクは、あっけらかんとそう答えるが、ギルバートは目を逸らす。
「あら、お漏らし君は? あなた、ビビリなのに、良くこんな所に独りで入りましたわね」
チキの指摘にラルクとファンクが顔を見合わせる。
そしてラルクが事情を説明しようとしたところをギルバートが制する。
「騙されたんですよ! 子供たちに……」
チキが「は?」と、変な顔をする。
ギルバートは重い口を開く。
「お金に困ってたところに、子供たちが『♪こがね虫は金持ちだ』って歌ってたんで、聞いてみたんですよ。そしたら、『金を持ってるから』て答えたんです。これはチャンスだと思って……」
チキが「馬鹿なの?」と、呆れる。
ギルバートは悔しそうに言う。
「嘘だったんですよ! 金持ちなんてことは無かった! ただの虫ですよ」
「当たり前でしゅ」と、流石のピピカもバカにしたような表情。
ギルバートは続ける。
「ピンクのガスで虫を大量に集めることは簡単でした。でも、集まってくるのはどうでもいい虫とかモンスターばかりで……あんなに森の中を歩き回ったのに!」
チキは呆れ果てて「馬鹿ナノ? 死ヌノ?」としかコメントできない。
ギルバートは目を閉じて首を振る。
「そんなことを繰り返しているうちに、とうとう迷ってしまったんです。騙された悔しさと心細さで僕は……」
「シクシク泣いてたんだよな?」
ラルクの突っ込みにギルバートが憤慨する。
「酷いですよ、ラルクさん! 泣いてなんかいません!」
「ファ〇ク! けど、迷子になってたところに俺達が来てラッキーだったな」
「ええ。緑のガスを吸って空腹を紛らわしていたんですけど、あのままだと飢え死にしていたかも?」
ラルクが苦笑いを浮かべる。
「助かったのはお互い様だ。森を脱出するとき、お前のガスが随分、役に立った」
「ファッ〇! 少々、匂ったがな!」
ギルバートがラルクの仲間になった経緯を聞いて、チキとピピカは微妙な顔をする。
彼等の出会いにドラマ性は無いが、結果的には良かったのかもしれない。
そしてラルク達は、まったりと森の中に入った。
* * *
魔王の城に先に到着したのは、やはりラルク達だった。
ファンクの先導と、ギルバートのモンスター避けのガス効果で、何の苦労も無く道中を進むことができた。
勿論、ピピカの能力でショートカットも何度か行った。
しかし、あまりに早く着いてしまったので、用意してきた食事と酒で宴会をして時間を潰した。
そのせいでラルク達に緊張感はみじんもなかった。
魔王城の入り口で寛ぐラルク達を見て、グラン一行は驚愕した。
グランが「嘘だろ?」と、呟いて周囲を確認する。
「なんで、お前等の方が先に着く? しかも無傷だと?」
かくいうグランは腕に傷を負っている。
リッツは息が上がっているし、ティナのローブは泥だらけだ。
バルガートも困惑している。
ラルクが軽く手を挙げる。
「おう。遅かったな」
その余裕がありそうな態度にグラン組は歯軋りする。
「クソッ! どうなってやがる……」
イラつくグランにバルガードが耳うちする。
「奴等、ああ見えて奇妙な能力を使うんだ。きっと、何かうまい方法があったんだろう」
グランは気を取り直して言う。
「フン! それじゃ、早速、突入するか! ここからが勝負だぞ!」
ラルクは肉を頬張りながら言う。
「いいのか? 休まなくて。既にヘロヘロじゃないか?」
リッツが「うっせえ!」と、喚く。
「これぐらい、いいハンデなんだよ! うちらを舐めんな!」
ティナも泥だらけの顔で言う。
「苦戦したけど確信したわ。私達、確実にレベルアップしてる!」
ラルクがフンフンと頷く。
「いいことじゃないか。だったら行くか」
そして2組が同時に城内に侵入した。
モンスターがウロついている城の中は、流石に戦闘を回避することが難しい。
リザートや毒コウモリ、ゴースト鎧や泥人形など、統一感の無いモンスターがワラワラと湧いてくる。
加えて、お約束のトラップが所々で発動する。
ラルクとファンクが先頭で回避と捌きを行い、グランとリッツが先制の物理攻撃、ガルバードとチキが魔法攻撃、ティナが回復役という並びで一行は城の奥へと向かう。
ピピカとギルバートは、ちんたら後をついてくるだけだ。
それにしても、この自然とできた役割分担は完ぺきだった。
行く手を阻む障害は、まるでその役目を果たすことがない。
結果、ラルク達は予想よりずっと早く、城の最深部に到達した。
ラルクが息をのむ。
目の前には、魔王の玉座に転送されるための魔法陣。
フラッシュ・バックがラルクの表情を硬くする。
否が応でも生じる嫌な汗と冷たい感情を肌で感じながら、ラルクは一行を振り返った。
「着いたぞ」