港の噂
速度を保ったまま、貨物船は波止場に突っ込む。
思わず目を瞑ってしまった面々だが、意外と衝撃は無い。
代わりに、つんのめるような慣性に一瞬だけ囚われる。
『グワッシャーン!』と、耳をつんざく音!
恐る恐る目を開けると、自分たちは衝突の外にいて、船が波止場に衝突したところを俯瞰しているのに気づく。
状況を把握したラルクが安堵する。
「助かった……ピピカ、冷静だな」
どうやら、衝突の寸前にピピカが強制交換で皆を陸地に揚げてくれたようだ。
ラルクに褒められてピピカが「あい」と、はにかむ。
チキがヘナヘナと座り込む。
「もう駄目かと思いましたわ……」
「ファ〇ク! それよか、船が沈んじまうぞ?」
「そうだ! ピピカ、船を!」
それを受けてピピカは「あい」と、ドングリを放り投げる。
「えい」『ポフン』
貨物船がラルク達の立つ陸地の近くに突如、出現した。
ザザッと海水が垂れて船の下に水たまりを作る。
船は左に傾いて斜めの状態で止まった。
ロープで固定された積み荷は幾つか失われていたが、大半は甲板に留まっている。
「フ〇ック! こりゃ、朝になったら大騒ぎだな!」
「ああ。どうやって陸に引き揚げたのかも分からないだろう」
その時、チキが周囲を見て首を傾げる。
「あら? 何か足りないような?」
ラルク、ファンク、ピピカがチキの様子を見て、きょとんとする。
そして同時にギルバートが居ないことに気付く。
「あ! ギルバート!」
「フ〇ック! あいつのこと忘れてたぜ!」
「あいぃぃ」
急いで操舵室のギルバートを助けに行く。
操舵室で引っくり返っていたギルバートは無事だった。
頭を少し打ったようで、彼は「ひぃひぃ」いいながら自力で立ち上がる。
ギルバートはピピカを見るなり文句を言う。
「酷いですよぉ! 僕だけ置いていくなんて」
「あばば、見えなかったんでしゅよ」
「逆パターンじゃないですかぁ! いつもは僕だけを危ないところに送り込むくせに!」
「ファ〇ク! 仕方がねえだろ! ピピカのスキルは目視しないと交換できねえんだからよう」
「だから嫌だと言ったんですよ……操縦なんか出来っこないのに」
ラルクがギルバートを慰める。
「まあ、いいじゃないか。無事だったことだし。それに、問題の貨物船は目立つ格好で放置できる」
チキは陸に揚がった貨物船を眺めながら感心する。
「そうですわね。こうしてみると異様ですものね」
「フ〇ック! さっさとズラかろうぜ! 騒ぎになる前に!」
「そうだな。行こう」
無事にラーソンに戻ってくることが出来た一行は、夜が明けるまでに港を離れることにした。
* * *
港町の市場は早朝から賑やかだった。
周囲の飲食店はどこも盛況で、そのうちの一軒にラルク達は紛れ込んでいた。
「フ〇ック! ピピカ、良く食うな! おい」
能力を使ったせいかピピカは酷くお腹を空かせていた。
とても朝から食べるような量ではない。
ピピカは大皿をバンバン注文して、それを物凄い勢いで食べ続ける。
周りのテーブルでは仕入れの仕事を終えた人々が噂話で盛り上がっている。
どうやらラルク達が乗り捨てた貨物船の話が既に広まっているようだ。
「ハミマの船籍らしいぜ? しかも大砲を大量に積んでたってよ!」
「もしかしてワルデンガ島に運び込む途中だったとか?」
「なんでそれが流れ着いたんだ?」
「しかも陸に揚がってたっていうじゃない? どうやって引き揚げたのかしら?」
「見たのか? 俺も行ってみっかな」
「無理だよ。もう、軍が規制線を張ってる」
ギルバートが小声で言う。
「ラルクさんの狙い通りですね。早速、軍が出てるみたいですね」
「ああ。これで警戒してくれればいいんだがな」
「フ〇ック! あとは軍に任せて、俺等は次の目的地に行こうぜ」
「そうだな。グランを探さないと」
「ところで、行くあてはありますの?」
「とりあえず、養成所のあった町に行ってみようと思う」
「ラルクさんが通っていた養成所ですか? 確か、マルカン?」
「そうだ。俺とグランが出会った町だ。おそらく、戻るとしたらあの町だと思う」
マルカンはラーソン第3の都市だ。
ラルクはネムを連れて家出した後、マルカンに出稼ぎに出ていた。
そして、昼は仕事、夜は冒険者の養成所という生活を続けていた。
グランと知り合ったのはその時だ。
「グランも俺と同じ境遇で、家出して仕事をしながら養成所に通っていた。あの町には思い入れがあるはずだ」
「ファ〇ク! それじゃ、次の目的地はマルカンだな」
「分かりましたわ。早速、飛竜を手配いたしますわ」
「ああ。頼む」
* * *
マルカンは、良い意味で雑多な町だった。
古くから存在する町は城下町であったり貴族の影響を受けていたりするのに対して、ここは、人が集まって自然発生した町だ。
そのため、建物や人種に統一性は無くカオスな空気が充満しているが、他にはない活気がある。
エネルギッシュな町の空気に圧倒されながらチキが感心する。
「凄く元気な町ですわね。なんだかソワソワしてしまいますわ」
そこでギルバートが余計な一言。
「貧乏ゆすりはみっともないですよ」
『ガスッ!』と、チキの蹴りがギルバートの尻に炸裂する。
「はうわっ!」
「ファ〇ク! 町中で漏らすなよ!」
「も、漏らしてませんてば!」
いつものやり取りを横目にラルクが懐かしそうに目を細める。
「相変わらずだな。ここは」
色んな思いが過るのか、ラルクは嬉しそうではあるが、複雑そうな顔をみせる。
「ダーリン、手分けして探しましょ。その方が効率的ですわ」
「そうだな。元勇者のグラン・マクレガーという男を捜してくれ。多分、飲み屋を回れば、どこかに出入りしているはずだ」
「フ〇ック! 奴は飲んべえなのか?」
「ああ。必ず馴染みの店があるはずだ」
ギルバートは捜索する前からゲンナリしている。
「飲み屋といっても、この町に何軒の店があることやら……」
「おなかが空くでしゅよ」
チキは張り切っている。
「二手に分かれましょう! 私はダーリンとペアを組みますわ。お漏らし君はピピカちゃんとファンクで」
「ファック! チキ! お前、デート気分になってんじゃねえぞ!」
しかし、チキはお構いなくラルクの腕に自らの腕を絡めてくる。
「興味がありますの! ダーリンが育った町がどんな所なのか」
「そんな面白い所じゃないよ。その日暮らしの人間にとって居心地がいいってだけさ」
こうしてラルク達は手分けしてグランの捜索を行った。
だが、初日は空振り。二日目も手掛かりなし。
そして、三日目に有力な目撃情報を得た。
町の北側の寂れた飲み屋街でグランらしき人物を見たという人がいたのだ。
夕刻まではまだ時間があったが、ラルクは早速、北方面に向かった。
ここでも二手に分かれて順に飲み屋を回る。
営業前の店が殆どだったが、ラルクとチキが訪れた4つめの店で、ついにその時はきた。
カウンター内で料理の仕込みをしていた男がラルクの質問に答える。
「ああ……奴なら、ほれ。奥で飲んだくれてるよ」
男が忌々しそうな顔つきを向けた方向……。
グランはそこに居た。




