渾身の「ざまあ」
ラルクのテイム能力を目の当たりにして、女ドワーフのリッツは驚愕した。
ラルクが挑発する。
「どうした? 力こそ正義、なんだろ?」
リッツは斧を拾い上げてファアイティング・ポーズをとる。
「まだだ! まだ負けてない! お前なんかに負けてたまるか!」
リッツは「うぉおおお!」と、雄たけびをあげながらラルクに突進した。
斧を振り下ろしながら「操られてたまるか!」と、目をつぶるリッツ。
「無駄だよ」と、ラルクは冷静にテイムを発動する。
ラルクはバンザイのポーズ。そしてお辞儀を忘れない。
ワンテンポ遅れて、リッツが全く同じ動きをトレースする。
その手からは、ポロリと、ひと粒のドングリが落ちる。
『ガコン!』
今度は強めの一撃! ラルクの木槌が、お辞儀をしたリッツの頭に命中!
「がっはっ!」と、リッツが唾を吐いて動きを止めた。
必死に踏ん張ろうとするが足の震えが酷い。
「く、く、くそ……」
膝から崩れ落ちるのを堪えるリッツ。
そこにゆっくりとラルクが歩み寄る。
「残念だったな。俺の姿を見なければ操られないと思ったか?」
ラルクのテイムは、その対象者がラルクの姿を見なかったとしても発動する。
なので、リッツの狙いは全く無意味だった。
リッツは、倒れまいとフゥフゥと強い鼻息で歯を食いしばる。
脚の震えは止まらず、今にも崩壊しそうな体勢だ。
見物人の中から「弱っ!」という言葉が漏れた。
ハーレムの女達が口々に非難の言葉を口にする。
「弱すぎ。勝負あり、ね」
「なんだ。全然、強くないじゃない」
「なんて無様な!」
傍から見ても実力差は一目瞭然だった。
「魔王を倒したってのは嘘なの?」
「え? それで里長になれたのに?」
「幻滅したわ! 最低よ!」
ギルバートの悪臭でヨレヨレの兵士達もリッツを冷ややかに眺める。
「威張ってたクセに嘘かよ……」
「あの弱さじゃ、魔王討伐なんて無理だよな」
立っているのが精一杯のリッツは、ドワーフ達の言葉を甘んじて受けるしかない。
屈辱で顔を真っ赤にするリッツにラルクは顔を近づける。
そして、一言……。
「ざまあ」
その言葉でリッツは陥落した。
両膝を落として四つん這いになる。
「畜生……畜生……」
大粒の涙がボタボタと地面を濡らす。
嗚咽を漏らすリッツを見下ろしながらラルクが言う。
「失った信頼を取り戻すのは楽じゃない。まあ、出直すことだな」
それを聞いてリッツは、キッと顔を上げる。
格下と思っていたラルクに歯が立たないことは、彼女のプライドをズタズタにしたことだろう。
そこでラルクは用件を思い出した。
「そうだ。リッツ、バルガードの居所を知らないか?」
泣き顔のリッツが、きょとんとする。
「黒魔導士のバルガードだ。あと、できれば勇者グランの近況も」
リッツは俯きながら答える。
「バルガード……ポルトの大学で教えてるって聞いた。グランは知らない」
「ポルト? ハミマの首都か……」
チキが地図を取り出して言う。
「ここからだと、ちょっと遠いですわね」
「ああ。長旅になるな」
「フ〇ック! まあ、のんびり行こうや」
ラルクは見物人にも聞こえるような大声で言う。
「とにかく、エルフ達と共存しろ! 暴力で支配するのは許さない」
それにファンクが付け加える。
「ファ〇ク! また、臭い目にあいたくなければな!」
その言葉にドワーフ達は震えあがった。
石像の噴水から流れ落ちるギルバートのアレは、随分と汚れが落ちていたが、周囲はまだ何となく匂う。
里長を一方的に凹られたうえに、悪臭で蹂躙されたことで、ドワーフ達の横暴も収まるだろうと思われた。
女エルフが代表してお礼を言う。
「本当にありがとう。あなた達のおかげで、うまくやっていけそうよ」
「フ〇ック! 聖なる泉も取り戻したしな!」
ラルクがそれを聞いて疑問を口にする。
「そういや、聖なる泉の水って、どうしてそんなに貴重なんだ?」
女エルフは「ああ」と、微笑む。
「年に一回の儀式に必須なの。女性のエルフにとっては大事な儀式よ」
「ファッキン・儀式? なんの儀式だ?」
「聖なる水を口に含んで吐き出したもので身体を清めるの」
「フ〇ック! なんか汚ぇな。どっかで聞いたことあるような話だけど」
そう言ってチラリとチキを見るファンク。
チキがファンクを睨みながら尋ねる。
「それで、何の効果がありますの?」
女エルフは真顔で答える。
「それを怠ると、毛深くなってしまうの」
「は?」「フ〇ック?」「へ?」
ラルクを含む男達は拍子抜けした。
「ファッキン! そんな、しょうもないことかよ!」
「大事なことですわよ! 分かりますわ!」
女性目線でチキは強く同意する。
「そうなの。私達、特に毛深くて、儀式を行わないと毛がボウボウになってしまうの。鼻毛なんて、こーんなに」
そう言って女エルフが、指先で摘まむ形を作って鼻から顎の下あたりまで伸ばすように動かす。
ラルクが納得する。
「全身の毛がボウボウ……そんなエルフ、嫌だな。そりゃ、水が大事なわけだ」
女エルフはニッコリする。
「さっそく、泉の水をシェアするわ。今年の儀式は延期してたのよ。みんな、どうしようか悩んでたから助かるわ!」
それを聞いてギルバートが気まずそうに、そっぽ向いて目が泳ぐ。
その反応に気付いたラルクが小声で尋ねる。
「ギルバート、お前、まさか……」
「え? いえ、ちょっとだけですよ……」
ピピカのおかげで漏らしたズボンを泉に浸すことは回避された。
が、本体は再び落ちた時、水中で少し粗相をしてしまったようだ。
「お前なあ……まあ、知らない方が幸せってこともあるからな」
ラルクは首を竦めて口をつぐんだ。
ドワーフの里を離れる際にはエルフ達が盛大に見送ってくれた。
その様子を眺めながらギルバートは「心が痛いですぅ」と、居心地の悪そうな表情で手を振った。
次なる目的地はハミマ共和国の首都、ポルトだ。