女ドワーフ リッツ
カーテンを開けたラルクの目に飛び込んできたのは、退廃的な光景だった。
広い部屋の中央には立派な玉座。
そこを中心に裸の女ドワーフ達がブドウの房のように連なって身をくねらせている。
隣同士で乳繰り合う者、独りでよがる者、皆、恍惚とした表情で身体を火照らせている。
ただ、どの女もドワーフ特有のガッチリした寸胴体形で微妙に毛深い。
そのせいかラルクの食指はピクリとも反応しない。
「フ〇ック……全然、うらやましくねぇ」
ゴツい女ドワーフ達の絡みは、想像していたのとは違っていた。
玉座では大柄のドワーフが両手両足を投げ出して寛いでいる。
手足にはそれぞれ女が2人ずつ付いていて、胸を押し付けながら競い合うように舌を這わせている。
むわっとした蒸気が顔に触れて、強烈な匂いが鼻をつく。
この部屋に何人ぐらい裸の女が居るのだろう?
目のやり場に困るところだが、ラルクの顔つきは厳しい。
「リッツ!」と、ラルクが怒鳴る。
女ドワーフのリッツは、ゆっくりと上体を起こすと「誰だ?」と、怪訝そうにラルク達を眺めた。
それには答えず、ラルクはリッツを睨む。
リッツは相手がラルクと分かったのか、ニヤニヤしながら立ち上がる。
「ケッ! 誰かと思えばラルクじゃん。生きてたのか」
リッツの右腕にしがみついていた女が尋ねる。
「リッツさまぁん、何者ですの?」
リッツが「雑魚だよ」と吐き捨てる。
「魔王討伐前にパーティを追放された無能さ」
取り巻きの女たちが笑う。
「ああ、リッツ様の足を引っ張っていた、あの役立たずですね?」
「弱そ~ てか、なに? あのヒョロガリ?」
「追放されて当然だわ。あんなの居なくってもリッツ様だけで魔王を倒せたんだもの」
ラルクは怒りを抑えながら言う。
「フン。随分、都合が良いように触れて回ってるみたいだな」
「は? クソ雑魚がなんか偉そうだねぇ」と、リッツはうそぶく。
負けじとラルクが続ける。
「魔王を倒した? 良く言うよ。お前ら魔王を倒せなかったくせに。ティナに聞いたぞ」
それを聞いてリッツの顔から笑みが消えた。
「は? 何バカなことを……」
取り巻きの女ドワーフ達が心配そうにリッツの反応を見守っている。
それに気付いてリッツが吐き捨てる。
「はっ! とんだ言いがかりだね! 自分が立ち会えなかったから嫉妬してんのかい!」
その時、ファンクが何か思いだしたようだ。
「ファッキン! 南の魔王、そうそう名前、思いだしたぜ。名前は『ブタジャキン』。あいつ、ピンピンしてやがるぞ?」
「そうですわ! 本当に魔王が倒されたなら国を挙げてのお祭り騒ぎになるはずですわ!」
チキの言葉で女ドワーフ達に動揺が広がる。
ラルクが意地悪そうに尋ねる。
「まるで歯がたたなかったんだろ? もしかして、魔王の所にすら辿り着けなかったんじゃないか?」
ラルクの煽りにリッツの顔つきが、みるみるうちに険しくなった。
「ラルク! アンタ、いつからそんな偉そうな口をきくようになったんだいっ!」
「さあな。お前らが大したことないのが分かってしまったからな」
「ふざけんな! ぶちのめしてやるわ! 表に出な!」
「ああ。望むところだ。ここは臭くて敵わん」
冷静なラルクの態度にリッツは、ますます怒りを募らせる。
リッツは裸に上着だけを羽織って、飾ってあった斧を引っ手繰るとラルクに付いてくるよう求めた。
* * *
リッツは里の惨状を見て唖然とした。
「ま、まさかこれって……お前達がやったのか?」
「ああ。お前の部下って弱いんだな」
ラルクの返事にリッツは驚愕する。
「嘘だろ? ラルクごときが……」
リッツは、初代里長の石像前広場で足を止め、ここで戦うことを宣言した。
「力こそ正義! 勝者の言葉こそ真実! みんな、見てな! こいつの言うことが嘘っぱちだってことを証明してやるよ!」
リッツは自慢の斧を振り上げてラルクに向かって突進してきた。
その動きを眺めながらラルクは木槌でポンポンと手のひらを叩く。
やれやれ、といった風に。
「死ねぇ! ラルク!」
ラルクの頭上に斧の刃が垂直に振り下ろされる。
すっと右に動いてそれを躱すラルク。
リッツは踏み込んだ右足を軸足にして方向転換。
そして、追い討ちの薙ぎ払いを見せる。
軽いバックステップで難なく回避するラルク。
「相変わらず、すばしっこい!」と、リッツが追いかけてくる。
ラルクが足を止める。
「ホラ、どうした?」
「うぬぬぬ……もう手加減しない! 秘技で叩き潰す!」
リッツはいったん立ち止まり、腹式呼吸で集中する素振りを見せる。
そして両手で持った斧を頭上に構える。
「秘技! 大地割り!」
そこでラルクがテイムを発動する。
わざと前のめりになるような体勢で、振り下ろすアクションをみせる。
ワンテンポ遅れてリッツが斧を自らの足元に振り下ろし、前につんのめる。
『パッコーン!』
無防備になったリッツの頭頂部に木槌の一撃が入る。
「いっで!?」と、リッツが頭を押さえる。
「て、てめぇ! 何しやがった!」
リッツは斧を地面から引き抜くと、激高しながらラルクに向かって攻撃を繰り出す。
ラルクは距離を取ると見せかけて、逆にリッツの懐に飛び込んだ。
そしてリッツに対して、もう一度テイムを発動する!
ラルクは、ぱっと右の手のひらを開いてから、その場でしゃがんだ。
その動きを真似させられたリッツは斧を落としてしまう。
しかも、しゃがんでしまったせいで、またも頭がガラ空きになる。
『パッコーン!』
ラルクの左手に握られた木槌が、またもや良い音を発する。
「あぐわっ!? なんでだ!?」
リッツは状況が理解できずに目を白黒させた。
ラルクが木槌を示しながら言う。
「これが殺傷力のある武器だったら、お前、2回死んでるよ?」
リッツは頭を押さえながら斧を拾う。
「くっ、くそっ! 何がどうなってやがる!」
「まだ分からないのか。これが俺の能力なんだよ」
「は? お前の能力なんて、3秒しかテイムできないクズ能力……」
そこまで口にしてリッツが、はっとする。
「ま、まさか! 今のはその能力か!?」
「そういうことだ。というか、前はモンスター相手にしか使ってなかっただけだ」
「う、嘘だろ!? そんなことが出来るわけない!」
「これでもか?」
そう言ってラルクが片足で立って鼻をほじりながら変顔をみせる。
続いてリッツも同じポーズで鼻に指を突っ込む。
「くっ! なんでだ! なんでこんなこと!?」
ラルクは冷ややかな笑みを浮かべて尋ねる。
「お前も、勇者グランも、攻撃が大雑把なんだよ。当たりっこ無いような大振りしかしない。なのにモンスターを倒せてたのは何でか分かるか?」
リッツは「な、なにが言いたい?」と、ラルクを睨みつけるしかできない。
「あれは、たぶん、俺が無意識にモンスターの動きを止めてたからなんだろうな。あの頃はまるで気付いてなかったけど」
それを聞いてリッツは言葉を失った。