エルフの女
ギルバートのガス散布で、森からの攻撃はパタリと止んだ。
怪鳥ポポちゃんと戻ってきたギルバートは得意げに報告する。
「終わりました! 作戦は大成功です!」
「ご、ご苦労さん」と、ラルクが引き気味に出迎える。
「ファ〇ク……相変わらずエグいぜ」
「これも僕らの力を合わせたおかげです。ねえ、ポポちゃん」と、ギルバートが怪鳥を撫でようとした時だった。
ポポちゃんが『バシーン!』と羽の先端でギルバートをビンタした。
「え? ポポちゃん?」
『グエッルポー!』
ポポちゃんはゴキゲン斜めの様子。
ギルバートは頬に手を当てながら戸惑っている。
「え? なんで? なんて言ってるんです?」
ファンクがポポちゃんと鳥語で会話して通訳する。
「フ〇ック! 『お前、臭いんだよ!』だってよ」
「ええええ!? それは仕方が無い……」
『クルッベバッベ・ボケェ!』
「ファ〇ク! 『もう離婚する』だってさ」
ポポちゃんはプイと顔を背けると、さっさと飛び去ってしまった。
他の怪鳥もそれに続く。
茫然とするギルバートに、ファンクが気の毒そうに声を掛ける。
「まぁ……短いファッキン・ラブだったな」
ギルバートにとっては災難だ。勝手に懐かれて一方的に振られた形になる。
しかも相手が怪鳥という……。
ファンクが慰める。
「ま、まあ、フ〇ック! ガスひとつで惚れさせて、ガスで後腐れなく別れられるなんて、最強のプレイ・ボーイじゃねぇか!」
「全然、嬉しくないですよぅ」
ギルバートは、うんざりしたように首を振る。
ラルクが気を利かせて提案する。
「と、とにかく、里に向かおう。そろそろ大丈夫だろ」
そして、ドワーフの隠れ里を目指すことにした。
* * *
森を進むと、あちこちでリスや小鳥、ウサギやヘビなどが卒倒してピクピクしている。
所々に弓や矢が落ちていて、その近くでは失神したエルフが泡を吹いていた。
異様な光景の中でもピピカのテンションが高い。
「うわぁい! ドングリがいっぱいでしゅ!」
「フ〇ック! 今のうちに拾っとけ。好きなだけな」
しばらく進んだところで、右方向から呻き声が聞こえた。
おそらくはエルフの弓兵だ。
「どうせなら話を聞いてみるか」
ラルクは声のする方へ進み、茂みを掻き分けた。
呻き声の主は予想通り、倒れているエルフだった。
ただ……驚くほど美しい女だった。
ラルクが息をのむ。
「これは……」
スラリとしたスタイルに薄紫色の長い髪。
透き通るような白い肌が緑に映える。
ラルクが見とれていると背中を『ドンッ』と押された。
「え?」と、我に返ったラルクに、チキが引きつった笑顔で問い詰める。
「なにを食い入ってらっしゃるのかしら?」
「え? いや、綺麗なエルフだと思って」
「へええええ! そういうことをおっしゃいます? 妻の前で!」
「ファッキン! 確かに、こいつぁ上玉だぜ!」
「本当に綺麗ですねぇ。宝石みたいです」
感心しながらエルフの姿を覗き込むギルバートに向かってチキがジト目で言う。
「あら? あなた、女に興味がありますの?」
「な、なな、ありますって! ただし、家柄がそれなりでないと……」
チキは腕組みしながら疑う。
「へえ、あっち系の趣味かと思ってましたわ。男とか鳥とか」
「ちちち違いますって! あれは仕方が無く結婚……」
ギルバートの言葉でエルフが目を覚ました。
「う……うう……」
薄っすらと開いた目はエメラルド・グリーンの瞳。
切れ長の目に長い睫毛。まさに絵画に出てくるような美女だ。
ラルクがしゃがんで声を掛ける。
「大丈夫か?」
ラルクの姿を見てエルフが「あっ!」と、身を固くした。
ラルクが落ち着いた口調で言う。
「心配するな。戦うつもりはない」
女エルフはラルク達が武器を持っていないことを確認してホッとした。
ラルクが問う。
「聞きたいことがある。なぜ、エルフがドワーフの為に侵入者を追い払っているんだ?」
女エルフは返事をしない。まだ警戒しているようだ。
そこでピピカが、ポケットからビスケットを出して「どうじょ」と、差し出す。
「あ、お水もありましゅよ?」
ピピカはエルフの血を引いている女の子だ。
同族が居ることで安心したのか、女エルフがようやく口を開いた。
「仕方がないの。聖なる泉を占領されているから……」
「聖なる泉? この辺りはエルフの聖地なのか?」
「そう。もともとは私達エルフの聖地。そこにドワーフ達がやってきて、占領されてしまったの」
「ファ〇ク! なんだよ。ドワーフの奴ら、後から来たのか!」
「力では敵わなかったわ。数年前までは棲み分けできてたのだけど、聖なる泉を押さえられて、私達は抵抗できなくなってしまった。あの水が無いと儀式ができないから」
「なるほど。それでドワーフの手先となって、ここを守ってるってわけか」
ラルクに悪気はなかったのだが、女エルフがキッと睨みつけてきた。
「手先なんかではないわ! 私達は誇りをもってこの地で生きてるの。でも、この聖なる森が毒で穢されてしまった今、もう……」
「毒?」と、ラルクが首を傾げる。
女エルフは眉間に皺を寄せて語気を強める。
「酷い匂いの毒! この世のものとは思えない悪臭よ! みんな死んでしまったに違いないわ! いったい誰があんな残虐なことを! 許せない!」
皆の視線が自然とギルバートに集まる。
女エルフがそれに気付く。
「あなたなの!? 毒を撒いたのは!」
そこでギルバートが悪びれるでもなく素直に答える。
「いいえ、屁です」