夜の秘め事?
ロック・ワームの大きさは大人の身長ぐらいだが、胸の辺りから出る触手が厄介だ。
幾つもの触手に絡みつかれると窒息死してしまうことがある。
「チキ! 早く草を!」
本格的に触手を伸ばしてくる前に何とかしないといけない。
ラルクは3秒テイムで時間を稼ぐ。
だが、身体の構造が違う相手にはラルクの動きを完全にトレースさせることはできない。
それに、人間にない器官を操ることはできないので、足止めはできても触手の動きは止めることは出来ない。
「チキ! まだか!?」
「さ、探してますわ! お待ちになって!」
ギルバート達が起きる気配はない。
ジリジリと迫るワームは、触手を一斉に伸ばすタイミングを計っているように見える。
『シュッ!』
小手調べといわんばかりに、2本の触手が伸びてきた。
「くそっ!」
触手を回避しながらラルクは石を拾う。
そして、ダッシュでワームに接近する。
3本目の触手が、低い軌道でラルクの足元を襲ってきた。
ダッシュしながらそれを見極め、踏みつける。
そのままジャンプしてワームの頭を石でぶん殴る。
『モンマッ!』
妙な音と微妙な手応え。
目が退化したワームは、顔らしい部分が分かりにくい。
しかも中途半端に柔らかいので、石で殴ったぐらいでは致命傷を負わせられない。
打撃よりは斬撃。物理攻撃よりは魔法。
それがワームと戦う時の基本だ。
「チキ! あったか!?」
返事が無い。
振り返ると、チキがモグモグ何かを口に含んでいる。
ワームは上体を起こして、大量の触手を前面に向けた。
あれで獲物を捕まえて絞め殺すのだ。
「まずい!」
接近しすぎている!
ラルクは、テイムを発動して、バックステップで退却する。
その動きでワームの本体は、ズッズッと後退するが、触手の動きは止められない。
下がりながらもワームは『ズォッ!』と、触手を一斉に伸ばしてきた!
「おぼえぇえええ!」
間一髪、チキのゲロが間に合った。
『ジュジュジュッ!』
ゲロを浴びた触手が激しく暴れだす。
煙をあげ、溶けていく触手。
肉が焼ける匂いと酸っぱい香りが混在する。
ワームは『グキィィイ!』と、悲鳴のような音を出しながら後退した。
ラルクが一息つく。
「ふう。何とか追い返したな」
「危なかったですわ」
半裸のチキが首を竦める。
「あれで引っ込んでくれればいいんだがな。仲間を引き連れてきたら厄介だ」
そう言ってラルクは眠りこけるギルバート達に目を遣った。
彼等は先ほどの騒ぎに関係なく、ぐうぐう眠っている。
「おい、チキ。こういうことがあるんだからな? 仲間を眠らせるとか止めろよな」
「はい。申し訳なかったですわ。でも、せっかくですから……」
チキは胸を開けたままラルクに抱き着いてきた。
「ちょっ! おま、分かってんのか!」
「ダーリン! プリーズ!」
チキがラルクの唇を奪う。
裸の胸で圧迫され、首に腕を回されてラルクは尻もちをついてしまう。
その時、ラルクの口の中が『ピリッ』とした。
続けて猛烈な熱と痛みが生じる。
「熱っ!」
ラルクが慌ててチキを押し返す。
「口の中が熱いっ! それに酸っぱいぞ!?」
チキが「あ!」と、口元を押さえる。
「お前、口の中に酸が残ってるだろ!」
「え、ああ……そ、それは……」
「さっさと服を着て寝ろ。俺はワームが来ないか見張ってるから」
「あ……そんな」
チキは不満そうに口を尖らせるが、ラルクの言うことには素直に従う。
とはいえ、もともとはチキがギルバート達を眠らせてしまったのだから、怒られて当然なのだが……。
* * *
翌朝、皆が起きたところで出発前に今日の予定を確認する。
頼りない地図をなぞりながらラルクが言う。
「今日はこの山を下って、できれば、この森まで進みたい」
「ちょっと距離がありますわね」
「ファ〇ク! ピピカの能力を使えば行けんだろ」
「ああ。小まめにショートカットして最短で進めば可能だと思う」
ピピカの強制物々交換は、目視できるものは交換可能だが、あまり距離がありすぎると発動することができない。
それに、この能力を使うと酷く腹が減るらしく、お腹が空きすぎると発動できないので、ずっと使い続けるわけにはいかない。
ギルバートが地図を覗き込みながら言う。
「この川は通りますよね? できればそこで身体を洗いたいです」
「ファ〇ク? なんだよ、なに女の子みたいなこと言ってんだ?」
「僕は綺麗好きなんです。身だしなみは貴族の基本ですよ」
「あら。よだれを垂らしてお腹を丸出しにして眠りこけるのも貴族のたしなみですの?」
「な、なんですか! それを言うなら、あなただってオッサンみたい……」
『ドボッ!』 「はぐっ!?」
チキの蹴りがギルバートの台詞を強制終了する。
「よし。じゃあ、そろそろ出発するか」
ラルクを先頭に洞窟を出る。
「いっ!?」
突然、ラルクが立ち止まったので、チキが追突してしまった。
「なんですの? 急に止まったりして……へ!?」
チキも足が止まってしまう。
「なんですか? 早く行きましょう……よっ!?」
ギルバートも同じようにフリーズしてしまう。
「ファッキン! なんだよ、お前ら。なんかあんのか……なんじゃこら!?」
ファンクも絶句した。
皆が立ち止まったのは、無理もない。
洞窟を出ようとした一行の前に、怪鳥が群れをなしていたからだ。