ギルバートの父
ラルク達の姿を認めるなり、大佐はハグを求めてきた。
「君達かね! ハミマ軍を追い払ってくれたのは!」
大佐は、この地区に配置される王立軍を任されているウルドだと名乗った。
ウルド大佐は感心する。
「いやはや、驚いた。あの怠け者どもを率いて敵を撃退するとは! 一報を受けた時は全滅を覚悟しておったというのに! 見事! じつに見事な采配である!」
やはり勘違いされている。
やる気のない国境警備隊が活躍したのは、ギルバートの赤い屁の効果だ。
彼等はバーサクの状態異常で暴れまわっただけなのに、ウルド大佐の中ではラルク達の指揮で勇敢に戦ったことに脳内変換されているらしい。
ウルド大佐は髭を撫でながら尋ねる。
「ウヌ。お主、みたところ冒険者のようであるが、名はなんという?」
名を問われてラルクが答える。
「ラルク。ラルク・ア……」
「アッチョンブリですわ! ラルク・アッチョンブリ。私の夫ですわ!」
「え? ち、ちが……」
「なーるほど! なるほど! あの有名なアッチョンブリ家!」
大佐はウンウンと頷きながらラルクとチキの顔を交互に見る。
家柄にこだわるギルバートが口元を引きつらせながら言う。
「ま、まあウチに比べれば大したことないですけど」
そこで、ウルド大佐がギルバートを見る。
腐っても元貴族。衣装だけは一丁前なので、大佐も少し言葉遣いに配慮した。
「そちらの御仁は? どちらの家で?」
ギルバートが胸を張る。
「名門中の名門。ヒョターンツギィ家ですっ!」
一瞬、大佐がきょとんとする。だが、突然、笑い出した。
「ブッ! ヒョターンツギィ? あのヒョターンツギィ家? ワッハッハッ!」
大佐につられて周りの兵士達も大笑いする。
なぜ笑われているのか分からずラルクとチキが顔を見合わせる。
笑われたギルバートは涙目で大佐を睨んでいる。
珍しくファンクが真剣な顔で問う。
「ファ〇ク? なぜ笑うんだい?」
だが、ファンクごときの言葉では、笑いを制止することはできない。
「ハハハ、ヘタレ! ヘタレのヒョターンツギィ!」
「ヒョターンツギィ家が名門? ウケるぜ!」
「あり得ねえ! 屁で潰れたあの家が名門とか! ギャハハ!」
見かねたラルクがウルド大佐に尋ねる。
「どういうことだ? なぜ、ヒョータンツギ家はそんな低評価なんだ?」
「ウホッ! 知らんのかね? ヒョターンツギィ家が没落した経緯を? 有名な話であるぞ?」
ラルクはギルバートの顔を見る。
だが、目が合うとギルバートは目を逸らした。
ラルクが首を振る。
「いや。聞いたことが無いな。本人からも……」
すると、ウルド大佐は笑いながら説明した。
「国王が主催する晩さん会で屁をこいたのだよ! しかも、それを他人のせいにしようとして決闘になった挙句、敗北しおった! それがまた惨めな負け方でなぁ。未だに語り草になっておる」
ギルバートが「そんなバカな!」と、憤る。
「聞いていたのと違います! 父上は、父上に濡れ衣を着せようとした卑怯者に決闘を申し込んで、はめられたのでは?」
大佐は首を振る。
「はめられた? いいや? 自分の粗相を、ごまかそうとして失敗したと聞いておるが?」
ギルバートは、きっぱり否定する。
「そんなはずがありません! 我が家の人間は、屁をコントロールできる家系なんですよ? そんな粗相をするはずありません!」
「ファッキン。そういやそうだな。お前のスキルが遺伝だとしたら、その話は妙だな?」
だが、大佐はまるで信じようとしない。
「屁をコントロールするだと? そんなこと出来るはずがなかろう。お前の親父は決闘で尻の穴を刺されて、プッププップ屁を漏らしながら失神したと聞いておるぞ? 城内では語り草になっておるが?」
ギルバートが呻く。
「そんな……幾ら父上でも、穴を傷つけられては……」
大佐は続ける。
「まあ、決闘の相手が悪かったのもあろうな。かの有名なアシュフォード公だったのが運のつきだ。いや、『屁のつき』か? ブワッハッハッ!」
ギルバートが呟く。
「父上の仇……アシュフォード」
「ファ〇ク? 聞いたことがあるような……」
ファンクも何か引っかかる様子。
大佐が少し真面目な顔で言う。
「フン。今では行方知らずであるがな。将軍にまで登り詰めたお方だが、8年前のワルデンガの戦いで行方不明になられてしまった」
ギルバートが落胆する。
「行方不明……それでは復讐ができない……」
「私も聞いたことがありますわ。ワルデンガの戦い。激しい戦闘だったと父が申しておりました。アシュフォード公のお噂は父から聞かされておりました」
そう言ってチキは目を伏せた。何か思い出したくないことでもありそうな様子だ。
そこまで黙って聞いていたラルクが、ぽつりと口を開く。
「親父だ……」
「え!?」と、皆の視線がラルクに集まる。
「俺たち家族を捨てた親父に違いない。幼いながら奴がクズだったのは覚えている。俺がアシュフォードの名前を出さないのは、あいつのせいだ……」
「フ〇ック! なんちゅう巡り合わせだ!」
ギルバートが物凄い目つきでラルクの顔を見る。
「アシュフォード……でも……」
彼はそう呟いてからブンブンと首を振った。
「ごめんなさい! ラルクは無関係だってことは分かってます! でも、でも……」
ラルクが憎き仇の息子だと知ってギルバートは葛藤した。
チキがフォローする。
「ダーリンも被害者ですわ。幼い時に家を出て行ったのでしたら、ダーリンは……」
ギルバートの「分かってますって!」という強い言葉にチキが口をつぐむ。
「分かってるからこそ……苦しいんです……」
そう言ってギルバートは静かに涙を流した。
ラルクは、そっとギルバートの肩に手を乗せる。
「俺も奴が許せない。もし、お前にその気があるなら協力する」
ギルバートがハッとしてラルクの顔を見つめる。
ラルクは続ける。
「パーティを抜けるなら構わない。判断は任せる」
サバサバしているようで、そのくせ慈悲を含んだようなラルクの表情に、ギルバートは息をのんだ。




