広がる可能性
ラルクはピピカの目を見ながら尋ねる。
「ここに来る時、『瞬間移動』みたいなことしてただろ? あれって新しい能力なのか?」
「あい?」
ピピカは、きょとんとしている。
ラルクが言っているのは、坂道を走ってくる際に、置いて行かれそうになったピピカが、一瞬で距離を詰めてきた時のことだ。
ラルクには瞬間移動しているように見えた。
ラルクの説明を聞いてピピカが「ああ」と、納得する。
「あれでしゅか。いつもの交換でしゅよ?」
ラルクが首を傾げる。
「交換だと? どういうことだ?」
「足元の地面と遠くの地面を交換しただけでしゅよ?」
それを聞いてもピンと来ない様子のラルクのために、ピピカが「やってみせるでしゅ」と言う。
ピピカは、自らの足元に視線を落とすと、次に数十メートル先の方向に目を向けた。
「えいっ」
その掛け声と同時に、ピピカの姿が消えた!
「な!? ピピカ?」
驚くラルクの耳に「こっちでしゅよ~」というピピカの声が届いた。
声のする方向。それは、ピピカがチラ見した場所だ。
ラルクの目の前に居たはずのピピカは、数十メートル先の場所に移動していた。
ラルクとピピカのやりとりを見守っていたファンクとチキも驚愕する。
「ファッキン! こいつ、やりおる!」
「驚きましたわ! まるで奇術ですわね」
状況を理解したラルクが目を輝かせる。
「なるほど! 地面を交換すれば、その上にある物体も一緒に移されるのか!」
そこに「そうでしゅ」と、突然、ピピカが目の前に現れた。
「ファ〇ク! 急に出てくんな! ビックリすんだろ」
ラルクは興奮を隠せない。
「凄いぞ、ピピカ! その能力、使い方によっては強力な武器になるぞ!」
「そうでしゅかねぇ。戦いは苦手でしゅよ」
ピピカは困ったような顔でそう言うが、『強制物々交換』は応用が利きそうな能力だ。
ラルクは期待する。
「ピピカの能力。うまく使えば、国境を越えてハミマに侵入できるかもしれない」
チキが嬉しそうに言う。
「さすがダーリンですわ! さっそく妙案を思いつきましたのね?」
「い、いや。具体的には、まだ……」
「フ〇ック! とりあえず、近くまで行ってみようぜ?」
「ああ。そうだな。現場を見ないと策も浮かばないからな」
「ファ〇ク。そういやギルバートの野郎は、なにしてんだ?」
「あそこですわ。疲れ切って立ち尽くしてるみたいですわね」
チキの示す方向に目を向けると、ポツンと立っているギルバートの姿があった。
もともと長身で色白な彼が、死んだような顔でユラユラ揺れているさまは、幽霊のように見えてしまう。
おまけに、水色のガスが薄っすらと彼の全身に纏わりついている。
「フ〇ック! あいつ、ホントにゴーストみてぇだな。大丈夫か?」
するとチキが「お任せください」と、ギルバートの所に向かってスタスタ歩いていく。
そして、彼の前に立つと『スパァン!』と、豪快なビンタをぶちかました。
「いつまでボヤボヤしてんの! 行きますわよ!」
頬を張られたギルバートが、ハッとしてチキの存在に気付く。
「え? あっ、はい!」
ところが、凛とした姿勢で胸を張っていたチキが、いきなり崩れ落ちた。
ギルバートが「あ、あ、ごめんなさい!」謝りながらチキを起こそうとするが、ファンクが怒鳴る。
「フ〇ック! お前、まだガスが漏れてんじゃねえか!」
そう言われてギルバートが数歩後ずさり、チキから離れる。
薄っすらと水色の屁が残るところに近付いたせいで、チキは眠らされてしまったのだ。
ラルクが、やれやれと首を振ってチキを起こしに行く。
「おい! チキ、起きろ」
ラルクに揺すられてチキが目を覚ます。
「あら……嫌ですわ。私ったら、こんなところで……」
「お前、ギルバートのガスを吸っただろ?」
「ええ。なんとなく甘いような香りが……」
「気を付けろよ。薄まってたから良いものの、こいつの屁の威力は知ってるだろ?」
「そ、そうでしたわね。うかつでしたわ」
「よし。峠の施設に行くぞ。歩けるか?」
ラルクに言われてチキが、弱っているフリをする。
「無理ですわ……おんぶか抱っこして頂かないと。できましたらお姫様抱っこで」
頬を染めて甘えるチキを見て、ラルクが素の反応で答える。
「ギルバート。抱っこだってさ。お前の責任だから任せる」
「ええ……嫌ですよ。重そうだし、臭そ」『スパァーン!』
チキのビンタによる衝撃がギルバートの頬を貫いた。
「誰が重いって!? それになんで臭そうなのよ!」
「痛たた……だって、ゲロ吐きまくってて汚いからですよ」
ギルバートのその指摘にチキは『ボスッ!』という前蹴りで返事をした。
「あががが……お腹は蹴らないで。何かが出ちゃう」
「ファッキン! もう屁は要らないんだよ!」
そんなやりとりをしていると、ラーソン兵団の兵士に呼ばれた。
「君達! 大佐がお会いしたいそうだから来てくれないか?」
ラルクが怪訝そうに尋ねる。
「大佐が? 俺達に何の用だ?」
声を掛けてきた兵士に警戒感はなさそうだ。彼は屈託のない笑顔で答える
「だって、大手柄じゃないか! なんせ、ハミマの襲撃を撃退したんだから!」
ラルクとファンクが顔を見合わせる。
チキとピピカは素直に喜んでいるが、ギルバートは腑に落ちない様子。
「撃退ですか? ボク達が?」
「そう聞いてるよ! あの役立たずで有名な国境警備隊を鼓舞して戦ってくれたんだろ?」
兵士の言葉にギルバートが強張った笑顔で答える。
「あ、はは、まあ……鼓舞、ですね」
ファンクはラルクに「あいつ、屁ぇ、こいただけなのにな」と耳打ちする。
ラルクが苦笑しながら兵士に尋ねる。
「それで、国境警備隊の連中は?」
「うん。みんな疲れ切って搬送されている。連中があれほど精力を尽くして戦ったなんて信じられないよ!」
確かに、生身の人間が無理やり『バーサーカー』にされれば、疲労困憊してしまうのは無理もない。
なにか良いように誤解されているようだが、大佐の面会を断って目を付けられるのも何なので、ラルクはそれを受けることにした。
「分かった。大佐の所へ案内してくれ」