はじめての「ざまぁ」
ティナの脳天に、ラルクのゲンコツが『ゴツン』と、落とされた。
「いたっ!」と、ティナが頭を押さえてしゃがみ込む。
それを見下ろしながらラルクが言う。
「いい加減にしろ。どんだけ自己中なんだ?」
野次馬のティナを見る目が冷たい。
本性をさらけ出してしまったせいで、応援していた人達も幻滅したようだ。
手のひら返しで非難する人々。
「最低! ファンやめる!」
「そういう女だったんだ。消えていいよ!」
「許さん! けど、脱いだら許す」
報道陣も無言で撤収を始める。
そして、外野は誰もいなくなった。
祭りの後の寂しさが漂う中、ラルクが告げる。
「これで懲りただろ。じゃあな」
頭を押さえたまま、しゃがみ状態で項垂れていたティナが顔を上げる。
悔しそうな顔。何か言いたそうにしているが言葉は出てこない。
そこにチキが近寄ってきた。
チキは冷たい目でティナを見下ろしたかと思うと、いきなりラルクの首に抱き着いた。
「お、おい!?」
驚くラルクに構わず、チキは身体を密着させながらティナに言う。
「ざまぁ、ですわ!」
チキの一言でティナの顔が歪み、涙があふれてくる。
「うわぁあああああん!」
ティナは周りがビックリするぐらい大きな声をあげて泣き出した。
ラルクが困惑する。
『ざまあ』というのは自分の台詞だ。
それが出る前に、チキに先を越されてしまった。
しかし、ラルク本人が『ざまぁ』のセリフを浴びせるよりも、同性であるチキの『ざまぁ』の方が、ずっと堪えたと思われる。
ティナの号泣を見てラルクはそう思った。
そんなラルクの表情を見てファンクが突っ込む。
「ファッキン! なんか浮かねえ顔してやがんな?」
「え? ああ……なんでだろうな。これで終わりじゃないからかもな」
「そうですわよ! まだ『ざまぁ』する相手は3人も残ってますわよ」
確かに、晴れやかな気分とか、達成感とかが足りないのは、ラルクを追放した首謀者が他に居るからだ。
ギルバートが泣き続けるティナをチラ見して先を促す。
「行きましょうよ。あれは見るに堪えません……」
ギルバートは同情するような視線をティナに送っていたが、それは彼自身、落ちぶれた人間の痛みを知っているからかもしれない。
ラルクが自らを鼓舞するように言う。
「そうだな。ドワーフの里に向かおう」
因果応報。
とりあえず、一人目の敵である白魔導士ティナには『ざまぁ』といえるダメージを与えた。
ラルクにとって、ティナは既に眼中になかった。
* * *
ラルク追放劇の首謀者は勇者と黒魔導士。
それはおそらく事実だろう。そんなことでティナが嘘をついたとは考えにくい。
だが、行方知れずの黒魔導士を捕まえるには、もう一人のメンバーである女ドワーフから情報を聞き出さなくてはならない。
チキが手配した飛竜でラルク達は、ハミマ共和国との国境を目指した。
ラーソンとハミマ共和国は極めて高い山脈が国境になっていて、ドワーフの里があるハミマ共和国に入るには、テフラ峠で入出国の手続きをとらなくてはならない。
バンドランから北東に飛んで半日、夜も更けた頃に、テフラ峠の手前に位置する国境の村に到着した。
飛竜での移動はここまで。
今夜は、この村で宿泊して、陸路で峠の施設を目指すことにした。
村の様子を観察しながらファンクが首を傾げる。
「ファッキン! なんか人が多くねえか?」
ラルクが頷く。
「変だな。今の時期、国境を出入りする人が多いなんて」
旅人や地元民もチラホラ見かけるが、明らかに都会から来たばかりといった人間が多いように感じられた。
そこでギルバートが思い出したように言う。
「あれ? テフラ峠って、最近、聞いたような気がしませんか?」
「あら。そうでしたっけ? 記憶にございませんわ」
「分かんないでしゅ。おなかすいたでしゅ。死にそうでしゅ……」
ピピカはハラペコで倒れそうだ。
仕方がないので適当な飯屋に飛び込んで適当に料理を頼む。
ラルク達が入った店は、おばちゃんが一人で切り盛りする小さな食堂だった。
夕飯にしては時間が遅いせいか、客は他に居なかった。
いかにもパワフルそうなおばちゃんは、テンコ盛りの料理をサービスしてくれる。
店内の投射鏡ではニュースが流れている。
はじめは誰も気にしていなかったが、ギルバートが「ああっ!」と、突然、立ち上がった。
肉を抱えていたファンクがむせる。
「フ〇ック! いきなりデカい声出すな!」
妖精にとってはステーキのひと切れが、巨大な肉の塊に相当する。
しかし、ギルバートは投射鏡を指さして訴える。
「ほらあ! やっぱり! テフラ峠!」
料理を頬張りながらラルクも投射鏡に目を向ける。
投射鏡では現地レポーターが夜の山道を背景に報告している。
『ごらんの通り、テフラ峠では、両国の国境警備隊の小競り合いが続いています』
チキがナプキンで口元を押さえながら反応する。
「あら。これから出国いたしますのに。困りますわね」
「ファ〇ク! マジかよ! めんどくせえな」
「ダーリン。どういたします? 遠回りします?」
「いや。時間の無駄だ。今更、そんなことはできない」
「で、で、でも、巻き込まれると面倒ですよぉ。ここは安全第一で……」
「大丈夫だろ。俺達には関係ない。普通に通れるさ」
ラルクは冷静だが、ビビリのギルバートは乗り気ではない。
そこに、食堂のおばちゃんが話に入ってきた。
「あんたら、急ぎじゃないなら、しばらく様子を見た方がいいよ」
ラルクが尋ねる。
「小競り合いとか言ってるが、すぐ収まるんだろ?」
おばちゃんは首を振る。
「どうだかねぇ。国境警備隊の連中ときたら役立たずで有名だからね」
「ファッキン! なんだそれ? 頼りになんねえのかよ」
「そうだよ。アタシらの生活を守るだけの力も気力も無い連中さ。この村は峠に近いから、心配で心配で。大事にならなきゃいいんだけど」
おばちゃんがそう言った次の瞬間、『ドガーン!』という爆発音が外で響いた。