最終話 決着! そして大団円
チキが妊娠している!?
衝撃の告白にラルクが狼狽する。
「チ、チキ! お前、いつの間に!?」
チキが真っ赤になりながら叫ぶ。
「最初の夜だけです! 眠り草を使いましたの!」
だが、その頭上には巨大な火球が出現していた。
「しまった!」
テイムでカロンの手元を狂わせようにも、すでに火球がチキ達に迫ろうとしている。
その巨大な火球はチキどころか、ネムもギルバート達も全員がすっぽり収まってしまいそうなサイズだ。
「あばばばば!」
頼みの綱のピピカがパニックになってキョロキョロしている。
『ズッムン!』
火球が地面に落下。そして、広範囲にわたって爆発する。
『ズオォオオオオオオオ!』
爆風で吹っ飛ばされるラルク。
チキ達が立っていた場所は豪炎と爆発に支配され、小型のキノコ雲が立ち上がっている。
熱気が次々と押し寄せてきて目を開けていられない。
「チキぃ! ネムネム! ピピカ!」
爆心地に向けて呼びかけるラルクの絶叫もかき消されてしまう。
「フ〇ック!? なんだこりゃ?」
召喚獣オーディンと肉弾戦を繰り広げていたファンクがきょとんとする。
その顔は殴られてボコボコだ。
ファンクが気付かなかったということは、チキ達の生存は絶望的だった。
チキのゲロでもガルバードの魔法でも、アレは防げない。
ギルバートの屁に何かあったかを思いだす。
だが、浮かんでくるのは、どれも防御には向かないガスばかりだ。
カロンが高笑いする。
「ハッハッハッ! 見たか、ラルクよ! お前は仲間を救えなかった!」
「くっ……」
「お前のテイムは役に立ったか? お前の仲間は消し炭になった! ざまあみろ!」
カロンに『ざまあ』するつもりで戦いを挑んだというのに……。
「畜生ぉおおお!」
ラルクの慟哭が虚しく響く。
やがて、爆発が収まり、高台に吹き込んだ風が黒煙を洗い流した。
おそらくは、目を背けたくなる光景がそこにあるはずだ。
ラルクは拳を握りしめ、爆心地を睨んだ。
そして覚悟した。
「ダーリン!」
「え? チキ?」
「お兄ちゃ~ん! こっちは無事だよ? そっちは大丈夫?」
「ネムネム!? どうして?」
爆心地ではチキ達が元気に手を振っている。
カロンが驚愕する。
「有り得ん! いまの爆発で生き延びただと!?」
ギルバートが大声で言う。
「なぜだか知らないけどドーナツみたいに火球の真ん中が開いたんですよ!」
ガルバードがそれに続ける。
「我々の周りで生じた爆風が爆発を押しとどめてくれたようだ!」
ラルクが茫然としながら立ち上がる。
嬉しいやらホッとするやらでラルクの顔がくしゃくしゃになる。
羊のお面は既に剥がれている。
「なんだよ……マジで駄目かと思ったぜ……」
その時、チキ達の様子を眺めていたカロンの尻が『ボッ』と、発火した。
「うっ!? 熱っ!」
尻を押さえて慌てるカロン。
そこに『バリバリバリ!』と、電撃が生じる。
「なんだ! どこから!?」
カロンは周囲を見回した。
するとカロンの近くにピンクの手鏡が落ちていた。
「なんだ? この鏡は……」
カロンが手鏡を手にする。
そこに映るのはカロンの顔ではなく、ぷりっとした尻だ。
『ブリブリブリ』
鏡の中の尻がひりだした便が大量にカロンの顔にかかった!
「うえっ!? なんだこれは! く、臭い!」
ラルクが思い出す。
「ブタジャーネとブタジャキン! 生きていたのか!」
魔王のブタ姉弟は、手鏡を通して魔法を飛ばすことができる。
ということは今のは彼らの援護射撃なのだ。
豚小僧の汚物攻撃でカロンは顔を拭うのに必死だ。
ラルクが叫ぶ!
「みんな! 鼻の穴にドングリを詰めろ!」
そう言いながら自分もドングリを鼻の穴に詰める。
「チキ! 例の草を!」
そして、ラルクは残ったドングリをカロンの頭上に向かって投げる。
「ピピカ!」
『パフン!』
カロンの頭上に舞ったドングリがラルクと入れ替わる!
「うぉおおおおおお!」
落下速度を利用しての全力の金槌攻撃!
『スコチーン!』
金槌がカロンの頭頂に命中!
「はがっ!?」と、よろめくカロン。
それを『ポフン!』と、引き寄せるピピカ。
『ぼえええええ!』と、カロンにゲロをぶっかけるチキ。
そのゲロは、ガルバートがくすねてきた老化の草だ。
『シュゥウウウ!』と、カロンの顔が激しく煙をあげる。
「うがああ! 顔が! 顔がぁ!」と、仰向けに倒れるカロン。
そこにギルバートがまたがり、きばる。
「ギルバート、行きまぁす!」
『ブリブリブリブベッボ、ブゥウウウ!』
それは茶色の屁! 気のせいか固形物が混じっているようにも見える。
「くちゃいでしゅ!」
ピピカが強制交換を発動して、カロンを空間ごと、どこかに飛ばした。
茶色のガスと共にカロンは消え去ったが、匂いは少し残ってしまった。
「うっ! くっせ!」と、ラルクが顔を顰める。
「くさすぎですわ!」
「うぇええ、吐きそう!」
「屁の男……やはり匂うぞ」
「えええ!? これでも加減したんですよ?」
「フ〇ック! 召喚獣が消えてくぞ!?」
ファンクの叫びで皆がそちらを見上げる。
すると、確かに召喚獣オーディンは、その姿が薄らいでゆき、輪郭を失った。
ラルクが首を傾げる。
「臭すぎて召喚獣が退散したのか?」
ガルバードが確信する。
「違う! ゲロの女の草が効いたんだ! 真魔王カロンは魔力を失った!」
ラルクが鼻をつまみながら首を竦める。
「それ以前に死んでるかもな。あのくっさいガスを至近距離で食らってしまったら……」
チキがピピカに尋ねる。
「ところで、どこに飛ばしましたの?」
ピピカは、ずっと先に見える湖を指さす。
「あの辺でしゅ」
「フ〇ック! さすがのカロンも終わりだな!」
「ゲロの女と屁の男で世界は救われた!」
世界を危機から救ったのが『ゲロ』と『屁』というのは、何とも締まりがない。
「あああ!」と、ラルクが思い出す。
「どうしたのお兄ちゃん?」
「しまった! 奴に『ざまあ』って言ってない!」
悔しそうなラルクの様子にチキがほほ笑む。
中年妖精の姿に戻ったファンクが、ガハハと笑う。
「フ〇ック! まあ、よかったじゃねえか! まだ臭いけどよ」
「ほんとですわね」
「ドングリ詰めてても臭いね」と、ネムがクスクス笑いだす。
やがて笑いは、みんなに伝染した。
笑いあう仲間たち。
目的を達成した充実感に満たされる。
いつの間にか日光がオレンジ色を帯び、さわやかな風が流れ込んできて、一同を祝福した。
* * *
【エピローグ そして3年後】
中年妖精のファンクがリュックを背負ってパタパタと羽ばたく。
「フ〇ック……遅いぞ、ラルク!」
慌てた様子で玄関に出てくるラルクが言い訳する。
「すまない。チキがうるさくってな」
「ファ〇ク! いいじゃねえか。今度の旅はそんなにかからないだろ?」
「分かってる。空席になった魔王の座を埋めなきゃならないんだろ?」
「ファッキン・スカウトだ! 今度は期待できそうだぜ」
そこに背後からチキの声。
「ダーリン! なるべく早く帰ってきてくださいな! 冒険ばかりで家を空けてばかりですと、『タップ』も寂しがりますことよ!」
そういうチキの足にしがみつく幼子がラルクを見上げている。
「ああ、そうだな。じゃあ、行ってくるよ。タップ」
「義母様のお誕生日は来月ですことよ? ネムちゃんと打ち合わせはしてますの?」
「ああ……それは……まあ、ボチボチと」
「義母様の食堂には、みんな集まりますことよ? 昔の仲間も」
「え? グラン達も呼んでるのか?」
「もちろんですわ。グランさんはヒョターン・ツギィ家の財務担当ですもの」
元勇者のグランは、ギルバートの屁を缶詰にして売り出すというアイデアで、かなりの利益をあげている。
ギルバートの父、兄弟は缶詰工場で毎日、色んな屁をこいているのだが、一番人気は『嗅ぐとエッチな気分になるガス』だ。
グランは商売繁盛、ギルバートは家を再興する資金を特技の屁で稼げるという、実に有意義なビジネス関係を彼等は築いている。
「ティナさんも撮影を休んで来てくださるのよ? ガルバート教授も忙しい中、時間を割いてくださるのですから……ちゃんとしてくださいな!」
ティナは今や悪女役として引っ張りだこの人気女優。
ガルバードは『おむつ万能論』が好評で、教授にまで登りつめている。
チキのお小言は続く。
「それにピピカちゃんのサーカス団の公演も近いですわ! お日にちを打ち合わせしておかないと!」
サーカス団に戻ったピピカは、瞬間移動のマジックで人気を博している。
それに負けず劣らず注目を浴びているのが山賊一味だ。
山賊親分のピエロ、着ぐるみを着たトカゲ兄弟のコミカルな芸は、子供たちに大人気だという。
チキが幼子の頭を撫でながら考える。
「この子にサーカスを見せてあげたら喜ぶかしら?」
「どうだろ? 少なくともピピカの芸は、タネを知ってる俺達からすると苦笑するしかないがな」
「ファ〇ク! それにしても、みんな呼んだら賑やかだろうな!」
「そうですわ。修行中のリッツさんも参加する気満々のようですわよ」
女ドワーフのリッツは今も斧技を極めるための修行中だ。
「とにかく、留守を頼んだぞ、チキ。と言ってもこの家はお前ん家なんだけどな」
ラルクがチキと息子と住むこの屋敷はアッチョンブリ家のものだ。
出発しようとするラルクにチキがハグとキスを迫る。
「ダーリン! 忘れものですわよ!」
「おいおい。勘弁してくれよ……」
ところがラルクが急にチキを抱き寄せて情熱的なキスをする。
全力でそれに応えるチキ。
ファンクがタップを見る。
「ファ〇ク! やりやがったな、小僧!」
ラルクの息子タップは両親の仲睦まじい姿を見上げながら、にっこり笑う。
それに気付いたラルクが頭を掻く。
「やれやれ。タップ、お前のテイムには敵わないな」
ラルクの息子は、ラルク以上の高度なテイムを既に使いこなしている。
「お前、チキの腹の中に居る時からテイム使ってたもんな。それに物質でも簡単に操れるし」
「ダーリンの子供ですもの。当然ですわ。あの時、助かったのもこの子の能力ですわ」
チキ達を葬り去ろうとしたラルクの父カロンは、魔力を完全に失い、ヨボヨボの姿で発見された。
余生を病院で過ごすことになろうである彼によると、強力なテイムは三代続くという。
その通りならラルクの子、タップは飛んでもないテイマーになるかもしれない。
「フ〇ック! そろそろ行こうぜ!」
「ああ。そうだな」
アッチョンブリ家の豪邸の前で、いつまでも手を振り続けるチキと息子。
少し歩いて振り向いたラルクが微かに笑みをもらす。
冷やかすようにファンクが言う。
「ファ〇ク! あんまり放浪してると家を追い出されるぞ?」
ラルクは、もう一度、チキと息子の姿を見て首を竦める。
「だな。『追放』は、もうコリゴリだ」
その単語も今では笑い飛ばせるようになった。
それと同時に、『ざまあ』という言葉を連想した。
だが、ラルクはそれを余裕の笑みを浮かべながら記憶の片隅に押しやった。
【おわり】