立ちはだかるは偉大なる父
城の内部は、さすが観光名所とあって綺麗だった。
高い天井、豪華な内装、高級そうな調度品の数々。
ただし、明かりは半分もついていない。
ギルバートがファンクを非難する。
「歴史的建造物なのにボロボロにしちゃって。怒られますよ……」
妖精の姿に戻ったファンクが言い返す。
「フ〇ック! 外側だけだろ! ちょっと崩れちまったのは!」
大魔王モードの魔法は威力がエグすぎて古城の外観は一瞬でボロボロになってしまった。
建物として完全には破壊されていないものの、内部では彫像が倒れていたり、シャンデリアが落ちていたり、大きな揺れの影響が及んでいた。
長い廊下を進み、突き当りの大きな扉を押し開く。
「わあ! 広い♪」と、ネムネムが大きな目をくりくりさせる。
「さすがですわね。圧巻ですわ」
まるで、今にも舞踏会が開催されそうな大部屋だ。
ギルバートはオドオドする。
「人の気配がまるでありませんね……」
「物悲しい雰囲気ですわ。明かりが少ないのかもしれませんわね」
派手な見た目とは対照的に室内は静寂に包まれている。
まるで、訳ありなダンジョンのような緊張感が漂う。
ラルク一行が部屋の真ん中で周囲を見回していると『コツーン』と、足音がした。
そして「やはり来てしまいましたか……」というエコーがかかったような声がした。
「むっ!?」と、ラルクが振り向く。
声の主は右方向から、すっと現れた。
「悪いことは言わない。今すぐ引き返しなさい」
ギルバートが最初に気付く。
「父上! 父上ではありませんか!」
「フ〇ック!? あの変態親父か?」
「変態紳士ですっ!」と、すかさず訂正するギルバート。
ネムは無邪気に「あ! オジサァン♪」と、嬉しそうな顔をする。
北の魔王の城で会ったギルバートの父親。
そして、8年前にネムを保護してくれた変態紳士。
ラルクが苦々しそうな顔をする。
「ネムに変なこと教えやがって……アレがなきゃ、普通に感謝するんだがな」
チキとピピカは変態紳士とギルバートの顔を交互に見る。
「そういえば似ていますこと……」
「変態同士でしゅ」
ギルバートが苦しげな表情を浮かべる。
「父上……なぜですか? なぜ、真魔王の手先などに?」
変態紳士は、ゆっくり首を振る。
「借りがあるからだ。止むを得ない」
「そんな! カロン・アシュフォードは父上の穴を傷つけた人間なんですよ!」
「分かっている。それで私は恥をかいた。何もかも嫌になって家を捨て、放浪した。しばらくは気ままに世界中を旅していた」
「フ〇ック! 世界中で露出してやがったのか!」
「筋金入りの変態でしゅ!」
変態紳士は少し照れくさそうに続ける。
「まあ、少しはしゃぎすぎたのは認める。で、旅の途中でネムちゃんに会ったんだ」
「あの頃は楽しかったねぇ♪ でも、オジサン、逮捕されちゃったから……」
「そうなんだ。ハミマではアレが猥褻物陳列罪という犯罪になるそうなんだ。知らなかったよ」
チキがゲンナリする。
「常識なさすぎでしょう……」
変態紳士は腕組みしながら納得がいかないような表情で言う。
「それで、なぜか牢屋に入れられてしまってね。なんでだろう? おまけにガスを使って外出したら余計に怒られちゃってね。困ったよ」
ラルクが呆れ果てる。
「ギルバート……おまえの親父、バカだろ?」
「ば、バカじゃないですっ! ちょっと『おぼっちゃん』すぎるだけです」
変態紳士は、キリッと表情を引き締める。
「とにかく、ここを通すわけにはいかないんだ。それは君たちのためにもならない」
そのセリフを聞いてラルクが戸惑う。
「え? なんで早口?」
「悪いね。すでにこの部屋にはガスが充満しているんだ。君たちはみんな、ガスを吸っている」
そのセリフもなぜか早回しのように聞こえる。
「ファ〇ク!? いつの間に?」
チキが額に手を当てながらふらつく。
「そういえば、微かに臭いような……」
変態親父は、うんうん頷く。
「無色のガスだよ。しかも微香性なんだ」
ギルバートが驚く。
「む、無色のガス!? さすが父上!」
ラルクが「いや、普通はそうだぞ?」と、突っ込む。
「フ〇ック! なんの効果だ? これは?」
変態紳士は早口で答える。
「身体と思考をスローにするガスだよ。君たちの感覚では、周りの時間が早く流れるように感じるかもしれない。けど、実際は君たちが遅くなっているんだ」
「な、なんだと!? それでお前の言葉が早口に聞こえてしまうのか!」
「ほうれ! みてごらん!」
その動作もスピーディだ。
黄緑色とオレンジ色のガスが、コートで『ばっさ、ばっさ』と拡散される。
「このガスは!?」と、ラルクが警戒する。
北の魔王の城で食らった『幻想によって笑い上戸』になってしまうガスだ!
「同じガスは二度も喰らいませんよ!」
同じ遺伝子とスキルを持つギルバートは、すでに耐性を手に入れているらしい。
だが、ラルク達には早くもその効果が表れた。
「ぐ……やばい。ククッ、なんか笑いが……」
「きゃはは♪ お兄ちゃんの顔、おっかしい! なんでホクロだらけなの?」
「ウフフフッ、そういうネムちゃんだって頭が爆発してますわ」
「うへへ、おいしそうでしゅぅ」
「フ〇ック! ピピカ、俺を齧るな! でも、くすぐってえ! ゲヘヘヘ!」
ガルバードと山賊一味は手をつないで輪になって踊る。
『きゃっきゃ、うふふ』と、楽しそうに。
幻術効果によって、目にする人物が歪んで見えると同時に、些細なことが可笑しくてたまらなくなる。
ギルバートが、動きと思考が鈍った状態ながら抗おうとする。
「こうなったら、僕が何とかするしかありません!」
ギルバートは真っ赤になりながら「うぉおおおお!」と、気合を入れる。
彼はダッシュしながら尻に手をあてて『プッ』と、ひり出した屁を握る。
「父上! お覚悟ぉ!」
ギルバートは変態紳士の顔の前に『握り屁』をお見舞いする。
「む!?」と、身を引く変態紳士。
そして、クンカ、クンカと匂いを嗅いで唸る。
「これは水色の屁! ギルバート! やるな、お主!」
水色の屁は睡眠効果。
だが、変態紳士は踏み止まる。
「うむ……なかなかの威力だ!」
「ぐ!? やはり簡単にはいきませんね。さすが父上です!」
「今度はこっちの番だ!」
変態紳士は自らの尻に手をあてると『プピッ』と、小さく屁をこいて、それを握る。
そして、パンチの要領でギルバートの顔面に放つ。
「はうぁ!?」
ギルバートが『握り屁』を喰らって、よろめく。
「どうだ! 黄色の屁は?」
「ううっ……強烈です! 体がピリピリします!」
黄色の屁は麻痺の効果。
「おおっ! さすがは我が息子! 麻痺の被害をその程度に抑えるとはな! やはり血は争えんか」
「負けませんよ! これならどうです!」
ギルバートは、再び尻に手をあてがうと『ブリッ』と、屁を掌で包み、変態紳士の顔に突き出す。
「おふぅ! これは強烈!」
紫と紺色の混じった屁は、防御力低下と畏怖の効果。
「どうです? それは僕のオリジナル技です!」
変態紳士は膝をガクガクさせながら耐える。
「これは少し効いたぞ! いい! いいぞ! 我が息子よ!」
変態紳士は『プピピッ』と、屁をこいて素早くそれをギルバートの鼻先に運ぶ。
「あうっ!? これはピリリと辛い匂い! 身体が重く感じます!」
「ぐぐ……それで立ってられるとは! 想像以上に成長しているな!」
「負けませんよ! ふん!」 『プブッ』
「息子よ! 父を超えてみよ! ほっ!」 『ブベッ』
同時に相手の顔に『握り屁』のパンチを繰り出す。
腕と腕が交差する構図。
だが、お互いにガスの効果は少ない。
やはり、親子だけあって、ガス本来の状態異常を引き起こすまでには至らない。
笑い転げるラルク達をよそに、親子の因縁の対決はヒートアップしていた。
息もつかせぬ、『にぎりっ屁』の応酬。
出すも全力、堪えるも全力の真剣勝負だ。
やがて戦いは消耗戦の体を成してきた。
互いに息を切らせながら、必死で次の『屁』を考える。
ギルバートは一瞬、迷うような表情を見せて首を振る。
「出しちゃ駄目だ、出しちゃ駄目だ、『ミ』は出しちゃ駄目だ……」
「どうした、ギルバート? まだ、とっておきを隠しているのだろう?」
フルフルと首を振るギルバート。その表情は迷っている。
変態紳士は煽る。
「遠慮するな! 父を超えて行け!」
苦しそうな表情のギルバートは尻に手をあてがうが、どうしても次のガスが出せない。
「うう……これ以上は……」
「どうしたギルバート? 出さぬというなら容赦はせんぞ?」
「ち、父上……僕は……」
「この技は『禁じ屁』だ! いくら耐性のあるお前でも抗うことはできない! 体中の穴という穴から汁が漏れ出す効果を与える!」
変態紳士は「はあぁあああ!」と、気合を入れる。
そして尻に手をあてがうと『プゥシュルシュル』と、屁をひねり出した。
「やめてください! 父上!」
「もう遅い! さらばだ! ギルバート!」