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わだかまり

 式典から一夜明けて、ラルク達は王都で出発準備を整えていた。


 皆で手分けして作業をしていると、ネムがラルクに声をかけた。

「お兄ちゃん……ちょっと」


 ラルクを連れ出して、わざわざ二人きりで話したいというからには大事な話なのだろう。


 買い出しはチキたちに任せて、ラルク兄妹は、外に出て話をすることにした。


 高台の公園からは王都を一望できる。

 とても戦時中とは思えない長閑のどかな風景。

 まるで、時の流れがゆるやかになったように感じられる。

 

 なかなか話を切り出せないネムの様子を見てラルクが口を開く。

「ネムネム、話ってなんだ? 母親のことか?」


「ん……そう」


「やっぱりな。そんなことだろうと思った」


「ねえ。お兄ちゃんは、本当に、このままでいいの?」

「このままも何も……今まで通りさ」


「それって、もうお母さんには会わないってこと?」

「そうだ。もう、帰る場所なんて無いんだよ……」


「じゃあ、お義姉さんの家に入るの? お婿むこさんなんでしょ?」

「なっ!? 勝手に決めんな!」


「でも、お義姉さんは、そのつもりよ? それに、昨日……」

「昨日? どうした?」


 ネムが一寸、躊躇ためうような仕草をみせる。

 そして小さく深呼吸して答える。


「お母さん、お義姉さんにお願いしてた。息子のことを、よろしくお願いしますって」


「なっ……」


 ネムは涙を流しながら続ける。

「何度も何度も頭を下げるんだよ! ずっと息子のそばに居てやって欲しい。自分の代わりにって……」


「だが、あいつはお前のことを……」


「仕方がないじゃない!」


「ネム……お前……」


「お父さんが死んだって聞かされて、途方に暮れているときに毎日毎日、怖い軍人さんが借金を取り立てに来るんだよ? 誰だってノイローゼになっちゃうよ!」


「だからといって、あいつは娘のお前を……」


「洗脳されてたんだよ。それもお父さんのテイムのせいで」


「テイム、だと?」


「そうよ。お母さん、本当は、ああいう性格なんだよ? 見たでしょ? それがテイムで自己主張が一切できない奴隷みたいにされちゃってたの。全部、お父さんのテイムのせいだよ!」


「馬鹿な……あのクソ親父がテイムで?」


「そのせいで簡単に洗脳されちゃったのよ。このまま貧乏で最底辺の暮らしをするよりは、養女に出したほうが、この子の幸せになるって」


「違う……違う! ブタイノシシはお前を嫁にしようとしてた!」


 言葉に出してはみたものの、ラルクは激しく混乱していた。

 はっきりと、そう聞いたわけではない。


 7年前に盗み聞きした内容。

 それは、脳内補完されたものかもしれない。

 詳細は今となっては定かではない。


「お兄ちゃん……お母さんを許してあげて。今は、あんなに太ってるけど、私たちが家出した後は大変だったみたいよ? 3年間、倒れるまで私たちを探し続けて、死にそうになってたんだから」


「嘘だ。本人が大げさに言っているだけだろう?」


「違うよ。お店の常連さんに聞いた話。お母さんは一言もそんなことは言ってない」

「だとしても……くそっ」


「それにね。あの場所で食堂を続けてるのはね、私たちが、いつも戻ってきても分かるようにするためなの」


 ラルクは「もういい!」と、苦しそうに吐き捨てた。


「お兄ちゃん……」


「ネムネム。お前は好きにしていいんだぞ。一緒に暮らしたいというなら止めない。だが、俺には構うな……」


 気まずい空気。

 ネムは、まだ何か言いたそうだったが、それ以上は何も言わなかった。


     *   *     *


 昼過ぎにホテルに戻ったが、チキたちがまだ帰ってきていないという。

 部屋にはピピカとトカゲの兄弟だけだ。


 ラルクは不機嫌そうに椅子に腰を下ろす。

「遅いな。あいつら……」

 まるで、行き場のない怒りを持て余しているようだ。


 そこにチキが帰ってきた。

 ギルバートと山賊親分は両手いっぱいに荷物を抱えている。


「遅くなってしまいましたわ」


「遅いぞ! チキ」


 ラルクとネムの顔を見比べてチキが察する。

「ごめんなさい。ダーリン。それでは、お昼にしましょう!」


 わざと明るく振る舞うチキを見て、空気を読んだギルバートが笑う。

「ハハ、大変だったんですよ! 街中でもみくちゃにされて」


「なんだそれ?」と、ラルクが興味を示す。


「僕、ラルクさんに間違えられちゃったんですよ。ワルデンガ奪還の立役者として」

「ワルデンガ? ああ、ファルデンガ島の件か」


「そうです。新聞記事もほら。貰ってきましたよ」

 そう言ってギルバートが新聞の切り抜きを懐から取り出した。


 見出しの『ワルデンガ島奪還』が、かなり大きな文字で強調されている。


 記事を読み進めてラルクが驚く。

「なんだこりゃ⁉ ラルク・アッチョンブリ公の活躍だって⁉」


「そうですよ。チキさんの父上が海軍に掛け合ってくれたおかげです。もっとも、海軍が上陸した時にはすでに島の要塞は壊滅してましたけど。それをやってのけたのがラルクさんということになっているんです」


 記事には、ピピカが強制交換で積み上げたハミマ軍の建物の写真が掲載されている。


「だからラルクさんは英雄扱いなんですよ。写真が無くて顔が分からないから、余計に人々の想像力をかきたてるんでしょうね」


 ギルバートの説明にラルクは頭を抱えた。

「なんだよこれ……面倒くさいな」


「別な記事ではテフラ峠のことも書かれていましたね。国境警備隊を指揮してハミマ軍を追い返したとかで」


 それは最初にハミマに密入国した時のことだろう。


「まあ、あの後、お前がラーソン軍のテントにガスをバラまいたんだがな」


 ラルクとしては、国のために行動してきたつもりは、まるで無かった。

 それが結果的にラーソン王国にとってプラスになったというだけだ。


 ギルバートがクスリと笑う。

「フフ。これで真魔王を倒したりなんかしたら、ますます英雄ですね」


「そんなつもりじゃない。あのクソ親父に『ざまあ』するのは自分のためだ」


 ラルクとギルバートがそんな話をしているとファンクが帰ってきた。


 浮かない顔でパタパタ飛行するファンクにラルクが声をかける。

「あれ? ファンクは別行動だったのか?」


「フ〇ック! 一応、情報収集な。ゴキブリに化けて軍の作戦会議に紛れ込んできたんだがよう、結構、大変なことになってるぜ」


「大変なこと? どういうことだ」


「ファ〇ク! ハミマ軍の攻勢でラーソン軍はだいぶ押し込まれてるみたいだ。ここ数日でハミマが戦力を強化しているらしい」


 ギルバートが険しい顔をみせる。

「まさか、僕たちがサブン連邦の軍隊を弱体化させたことが関係しているのでしょうか?」


「フ〇ック! 無関係じゃねえだろうな。ハミマにとっては、サブンとラーソンの両面に軍隊を割かなきゃならないところだったんだ」


「そうか……じゃあ、急がないとな。親父はどこに居るんだろう? ファンク、奴の居場所について目星はついているのか?」


「ファ〇ク! はっきりしたことは分からなかった。けど、探す必要は無くなったぜ」


 ラルクの父、真魔王カロン・アシュフォードに挑むには、まずはその居場所を掴む必要がある。

 予想では簡単には見つからないはずだったのだが……。


「フ〇ック! ついさっき入った情報だ。てか、もうすぐ報道されるだろ」

「報道? 親父の居所がか?」


「ファ〇ク! 居所も何も、奴はハミマの首都にいる!」

「本当か! けど、なぜ分かる?」


「フ〇ック! 分かるも何も、ハミマ共和国でクーデターが成功した。そんで、新しい国名が発表されたばかりだ」


 その言葉にネムやチキも驚く。

「うそぉ! ハミマの名前、変わっちゃうの?」

「驚きましたわね。それで、なんて名前になりましたの?」


「ファッキン・ふざけた名前だ。新しい国名は『カロン王国』だとさ」


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