Welcome to the Happy Nightmare
第1章
Welcome to the Happy Nightmare
夢。
その昔、夢とは無意識の投影と言った人間がいたらしい。
人が意識できていないものを、夢を通じて伝えているんでしょう。
だからこそ、人からするとトラウマや辛い夢をみることになる。
私はそんな人を見ているのが楽しい。
見ているだけじゃない。
イイ器を得た今。
見るしかできなかったモノをイジくれる。
さあ誰からイキましょうか♪
0
4月22日 日曜日
また明日から学校が始まる。日曜日が終われば月曜日がくる。それは当たり前だ。学校に行く。それは私にとってはとても苦痛。一人が寂しい。友達が欲しい。でも。あんなことになるのなら。もう友達なんていらない。ああ。もう死にたい。
「はぁ。もう考えるのもめんどくさい。寝よう・・・ 夢なら、会えるよね。おやすみシロ」
彼女は犬のぬいぐるみに話しかけ、眠りについた。
「あれ。ここはどこだろう。何かのパーティ?」
気がつくと、見たこともない場所にいた。しかも何故か高校の制服を着ている。寝間着でベッドに入ったはずなのに。よくわからない。明かりをつけようとするもつかず、大きい部屋に椅子と机があるだけ。どこかの洋館のお茶会をするような部屋だった。
「わん!」
突然の犬の鳴き声が部屋に響き、私は両肩がビクッと上がった。
「びっくりした。何かわんちゃんいるのかなあ」
しかし、どこを見ても犬は見当たらなかった。扉を開けようとしても開かない。未だに窓も開かなければ、もちろん電気もつかない。私はまるで部屋に幽閉されているような気分だった。
「えー、もうなんなのこれー!」
椅子に座り叫んだその時だった。
「わんわん!」
犬だった。犬が扉に何度も体当たりをしていた。そして小さい扉から外に出て行ったのだ。
その犬は。
「シロ!」
私の犬だった。私の家族で友達で・・・
私はすぐに追いかけた。
しかし扉は開かない。
「なんでよ、シロがいるのになんで開かないの!」
扉を何度も強く叩いても開かない。
どうして? シロが本当は“死んじゃっている“から?
「右のポケットを見てごらん♪」
突然女の人の声が部屋に響いた。
「誰!?」
びっくりして思わず声が裏返った。
「あの犬を追いかけたいんでしょ? その鍵があれば追いかけられるわ♪」
「右ポケット?」
思わずポケットを確認した。するとさっきまではなかったはずの金色の鍵が入っていた。
「あれ、なんで鍵が。でもこれでシロを追いかけられるの!?」
私は謎の声に向かって叫んだ。
「ええ♪ 早く行かないと追いつけなくなるわよ? うふふふふ」
何か嫌な予感がした。それでも私はシロに会いたい。
だから私は扉の鍵を開けた。
“ガチャン”と大きい音が部屋にこだまし、扉が開いた。
扉の先は一面真っ白な世界だった。この部屋と違って、真っ白で明るく、もうシロの姿は見えなかった。
「早く追いかけないと、追いつけないわよ?」
その言葉を聞いて私はシロを追いかけるために部屋を飛び出した。その瞬間であった。
「きゃああああああああああああああああああああああ」
そこに地面はなく、私は落下して行った。
「あっははは! まずは一人目♪ 上手くいったわ♪ さあ始めましょう! 楽しい幸せな、人間の夢の時間を♪」
1
「うっ。痛いぃ」
あれ、ここはどこなんだろう。私なんでここにいるんだっけ。どうして制服を着ているんだろう。周りを見渡しても、そこはただただ広い草原だった。しかし、何か懐かしい匂い、懐かしい光景を私は感じていた。私はここで何をしてたんだっけ。違う。私はどうしてここに来たんだっけ。
「わん!」
私は鳴き声のした方を振り向いた。一匹の犬がこちらに向かって走ってきたのである。その姿は私がよく知っている。10年以上一緒にいた愛犬。
「シロ!」
私も思わず駆け出した。シロの方へ。そしてシロは私に飛びつき、私はただただ抱きしめた。
「わん!わん!」
「シロ。シロぉ。会いたかった。ずっと会いたかったよ」
私は涙を堪えることができなかった。久しぶりにシロに会えた嬉しさは、今まで生きてきた中で、1番の幸せな時間のように感じれ、私は時間を忘れ、ただただ泣き続けた。
「わぅん。わん!」
「ごめんね、ずっと泣いてて。シロに会えたのが嬉しくてさ」
それから私はひたすらシロを撫で続けた。どれくらいの時間だろう。ひたすらシロの温もりが感じたくて、この時間が続いて欲しいと願っていた。でもそうはいかなかった。
「わん!」
シロが突然走り出した。
「シロ! どこ行くの!」
シロはこの誰もいない何もない草原を走っている。私も後を追いかけた。
「待ってよ、シロ!」
シロはいきなり止まった。そこにはさっきまではなかったはずのテレビが置いてあった。
「テレビ? シロ、テレビ観たいの? でもここで映るかなぁ」
私は半信半疑でリモコンのスイッチを押した。するとテレビはつかず、あたり一面が真っ暗になり、私は“また”落ちていった。
2
4月23日 月曜日
「うわあ!」
アラームが鳴る中、私は大声を出しておきた。なんか落ちていったけど、それまではシロと遊んでいた。シロに会えた。それだけで朝から笑みがこぼれた。そして私はいつも通り、うるさいアラームを消し、犬のぬいぐるみに
「おはよう、シロ」
と、挨拶をした。
「おはよーパパ、ママ♪」
「美咲、おはよう。今日は朝から機嫌がいいね」
「えへへ。シロに会ったんだ〜」
「シロにか。それは良かったね。パパも会いたかったなぁ」
「そういう話は後で聞いてあげるからまずはご飯食べちゃいなさい」
「はーい」
それから私は朝の少ない時間の中でシロに会ったことを両親に話した。二人とも懐かしい表情だった。私は少しそれが許せなかったけど、登校の時間になったので用意をして両親の見送りを受けて出発した。
「いってきまーす」
「いってらっしゃい」
「・・・ねぇあなた」
「気づいたよ。まるでまだシロが生きているというような感じだった」
「あの子、まだ乗り越えられないのね」
「物心ついてからシロは美咲の隣にずっといた。乗り越えるのも簡単じゃないだろう。それに前の学校のこともある。新しい学校でも、美咲は不安定のままなんだね」
「どうするのよ? また転校? あの子どうしたらいいのよ」
美咲の母・優希は焦っていた。
「見守るしかないだろう。あと僕たちができることは多分それだけ。僕が原因の1つであるのにね。我ながら情けないよ」
美咲の父・隆之も何をどうしていいか、娘との接し方に悩んでいた。
登校中、私はいつも朝のラジオを聞いている。中学時代からの癖だ。今年から編入という形で山槻市にある山衛学園に通っている。偏差値とかいうのだと68〜70ラインで、俗に言う進学校っていうものである。前の学校も偏差値は高めだったから、学力というか授業はまだついていけてる。あとは友達がいないくらいで。欲しいわけじゃない。友達なんていらない。あんなことになるくらいなら尚更いらない。シロさえいればいい。そう、シロさえいれば。また夜になればシロに会えるんだ。それだけで私には十分。そんなことを考えてたらもう学校に着いてしまった。すごい億劫だけどパパやママに迷惑かけないためにも頑張って、シロに自慢するんだ。今夜話すことも集めないと。
3
「おはよー」
「おっはー」
「長瀬くんおはよ♪」
「オース、優一」
「お〜みんなおはよ〜」
俺はクラスメイトとの挨拶をしていた。
「なあ、優一、頼みがあるんだけど」
「コレだろ」
俺は英語のノートを差し出した。
「助かる優一! 予習終わらなくてさ〜」
「やる気ないだけだろ〜 早く写して返せよ」
「おう!」
佐藤はそういってすぐ席に着いた
俺の名前は長瀬優一。長瀬?そう、有名な官僚、長瀬美紀夫の息子。あんまり嬉しくない肩書きだけどね。あと、このクラス2年1組の学級委員をしている。この高校は2年生が委員会の委員長をやるため、俺がクラスだけでなく、学級委員会の委員長、そして各委員会の委員長で構成される校内委員会の委員長もしている。なぜなら2年前に俺の姉、長瀬優香がやっていたから。姉がやるなら弟もやるでしょって流れだ。学校行事の中心をしつつ、長瀬家の名に恥じないように勉強もしている。そうした結果、今の流れのようにいろんな人から挨拶されるし、ノート貸してだというような日々を過ごすようになった。
「あ、おはよ!」
俺は隣の席の女の子に挨拶をした。ペコっとされただけで声での返しはなかった。転校生・天海美咲。髪は少し長いくらいで、前髪で目を隠しているような感じの子。性格とかはよくわからない謎の存在に感じていたが、今日は元気そうだった。
「なんかいいことあった?」
「え?!」
「あ、いや、なんか今日機嫌良さそうに見えたからさ」
「ちょ、ちょっと」
「そか。いいことだね」
会話が続かない。転校生だし、クラスに早く馴染ませてあげたいんだけどな。
「優一、コレ、サンキュ」
「おう、もう写したのか」
「早写しの佐藤だからな! にしてもよ」
佐藤は小声で周りに聞こえないように優一に話した。
「その転校生、女子からも謎ってなってるぜ。話しかけても続かないし、遊び誘ってものってこないって。お前よく話しかけられるな?」
「どんな奴でもクラスメイトだろ? 馴染めないならできるようにとか考えるじゃん」
「あぁもうお前のコミュ力お化けには敵わんぜ」
「なんだよ、コミュ力お化けって。腕時計にやられる何かか?」
「アホ。コミュニケーション能力が高すぎるってことだわ」
「なら最初からそう言えよ」
キーンコーンカーンコーン
「ほら席もどれ。朝のホームルームだぞ」
朝のチャイムが鳴り、こうして俺の1日の学校生活が始まった。
「優一帰ろうぜ〜」
帰りのホームルーム終了後、早速佐藤が絡んできた。
「知ってると思うけど、委員会あるから無理よ〜」
「チー、たまには付き合えよな〜」
「体育祭準備期間なんだよ。あれ、天海と神谷ももう帰ったのか」
「あー? まああいつら不思議妖怪だから神出鬼没なんだろ」
「クラスメイトを妖怪にするな」
俺は笑いながら答えた。
「神谷はいつもすぐ帰ってるけど、天海もこんな早いんだな」
「優一、もしかして天海のこと狙ってるんか?」
「はぁ?なんでそうなるんだよ。俺はクラス」
「委員長だからクラスメイトに気遣ってるね、はいはい」
「わかってるならいいけど」
「まあ優一には鳳羽先輩がいるからなー!!」
佐藤はわざとらしく大声で言った。
「大声で言うなよ! それにただの先輩後輩だわ!」
「はいはい、そんじゃまた明日な。委員会ガンバー」
「おう、サンキュ」
朝同様、騒がしい会話をして佐藤と別れ、俺は校内委員会室に向かった。
今週は5月下旬にある体育祭関連の会議が多い。GW後に中間テストがあるから早めに動くのはしょうがないが。俺はどうにか体育祭までに天海と神谷をクラスに馴染ませたい。天海は先にも話した通り反応薄い転校生なのだが、神谷は違う。今年初めて一緒のクラスになった男子。名前は去年から知っていた。なにせ学年テスト1位の長瀬に2位の神谷だからだ。頭良いことは知っているが、あいつも話しかけても反応薄いし、どうもできない。クラスをしっかりまとめあげて、学校行事も成功させ、テストも1位を取り続ける。長瀬の家の人間として、俺はやりきらねばならないんだ。
4
夜。この時間が来るのを私は待ち侘びていた。シロに会える。今日はどんなことして遊ぼうか。授業中から考えていて、今日の1日は本当に楽しかった。夕食時も、パパやママにずっとシロの話をしちゃった。本当それくらい嬉しい。ワクワクしすぎて寝れないかもしれない。けど寝ないとシロに会えないし、よし、寝よう。
「シロ、おやすみ。夢で遊ぼうね」
私はそうぬいぐるみに話しかけて眠りについた。
「ねぇ、あなた」
「わかっている。またシロのことばっかり話していたな」
「あの子があんなにペラペラ話すことなんて今までなかったわよ」
「そうだな。でも2日連続同じ夢を見ることはないだろう? 明日には元に戻っているよ」
隆之も優希も明日にはいつもの美咲になっていると信じていた。
目を開けたら“また”懐かしい匂いのする草原にいた。私はすぐに立ち上がり周囲を見渡した。シロがどこかにいるはずだと。しかしこの草原には誰もいない。
「シロ〜! どこにいるのー? 私、美咲だよー!」
「わん!」
美咲が大きな声で叫ぶと大きい木の後ろからシロが走ってきた。もちろん私も駆け出した。
「シロ!」
「わん!」
私は昨日と同じようにシロを抱きしめた。
「会いたかったよ、シロ!」
そう何度も言いながら私はシロをたくさん撫でていた。
「シロ、今日は散歩しよっか!」
そう言って私は立ち上がり、数歩踏み出した。
「わん!」
するとシロは少し私より先を歩き、時折戻っては私の周りをグルグルした。
「シロは散歩する時、よくグルグルしたね。懐かしいなあ」
私は今日あったこと、先週、先々週のことをシロに話していた。シロは歩いて走っての繰り返ししかしてないけど、この時間がすごく嬉しかった。私が今まで一番大切にしていた時間だった。その時間が戻ってきた。私はとても嬉しい気持ちでいっぱいだった。
「それにしてもこの草原とっても広いね。さっきから1時間くらい話した気がするけどずーっと同じ景色だね、シロ」
私はシロに話しかけたが、シロは相変わらずグルグル回っている。私は歩くのをやめて座った。するとシロは膝の上に乗ってきて、まるで休んでいるようだった。
「たくさん歩きすぎて疲れちゃったかな? ごめんね、シロ。何だか嬉しくて」
そう言いながら私はシロを撫でていた。こんなに話したの何年ぶりだろう。1年ぶりかな。わからないけどたくさん話した。私もシロと同じく、疲れを感じていた。
「シロ、お昼寝しよっか!」
そう言って私は草原に横になった。シロは膝から胸の辺りまで登ってきた。シロとこんないい天気で、いい場所でお昼寝できるなんて幸せだ。私はそう思った。しかし、微睡み始めた時に“また”私は落下していった。
5
4月24日 火曜日
「うっ、ううう」
うるさいアラームがなっている。あれ。シロと昼寝してそのまま朝になっちゃったのか。
「シロ、おはよ」
私はシロに挨拶をしてから、アラームを止め、リビングに向かった。
「パパ、ママ行ってきまーす」
「気をつけて行くのよ〜」
「行ってらっしゃい」
隆之、優希は普通を装って、娘を見送った。
「あなた、昨日と全然変わってなかったわよ。逆にひどくなってない?まるでまだこの家にシロがいるみたいに話してた。朝食の間ずっとよ? それに散歩してる時、グルグルするなんて今まで一度もなかったのに」
「私にも何が何だかわからないよ。でも何も言えんだろう。もう少し様子を見よう。明日こそ元に戻っているかもしれない」
隆之、優希は自分の娘がおかしくなっていっているんじゃないかと焦燥感が増していた。
「おはよ! 今日も元気そうだね」
「お、おはよう」
挨拶だけ返して私は席に着いた。挨拶してきたのは長瀬優一。このクラスの委員長。お父さんは何かの偉い人って話は噂で聞いた。毎日毎日、挨拶してくれる良い人。たくさんの人から挨拶されてるし、会話もしてるし、友達がたくさんいて楽しそう。この人と友達になったら何か変わるかなって思ったことはある。けどやっぱり友達を作るのは怖い。それに作る必要はない。どうせまたいじめられるだけだから。それに私にはシロがいるから。シロがいるから友達はいらない。そう思うだけで私は幸せだった。
「さあ、帰りのホームルームも終わったし、帰ろうぜ、優一!」
「あのな、昨日も言ったが、体育祭の会議があるの」
「さすが天下の長瀬様はサボりませんな〜」
「そういう言い方はやめろって。やることやるだけだ。ってかお前いつも早く帰ってるのに、何で予習終わってないんだよ?」
「いや、俺もさ、帰宅部で忙しいのよ。部活で忙しいと勉強やる時間が減るだろ? そういうことだよ」
「帰宅部で忙しいって聞いたことないんだが。何が忙しんだよ?」
「お前みたいなエリート属性にはわからないだろがな。教えてやるよ。部活もせず、寄り道もせず家に帰る。そしてとりあえずゲームしたり、WE TUBEを見たりする。するとこんなこと思うんだ。俺はこのままでいいのか。何もしなくてもいいのか。時間を無駄にしていないか。俺の高校生青春生活はこんなんでいいのか。・・・いや、まだ俺は本気を出していないだけなんだ。俺はやれば出来る子って先生にも親にも言われているから大丈夫だろ! まあ深く考えると怖いからゲームでもして気持ちを紛らわせよう! こんな自分を見て見ぬ振り。な? 忙しいだろ?」
「わかるぜ、佐藤! 俺もだ!」
「私も似たようなもんだな〜」
同じクラスの鈴木と松本は賞賛し、それを認めて笑っている他のクラスメイトが何人もいた。
「なんかわかるような、わからんような。とりあえず時間だから委員会行くわ。予習少しはやってこいよ〜」
バイバイ、じゃーな等と言った言葉を背に受けながら委員会に向かった。佐藤の言っていた言葉。最近で一番心に刺さった。俺の高校生活。いや俺の生活。これでいいのか。・・・悩んでもしょうがない、与えられた役職を全うすることだけ考えよう。あれ、これ、俺も佐藤と同じか? いや予習とかちゃんとやっているから違うか。そんな考えをしていたら会室に着いた。
「よーし、今日も最後まで頑張るぞ」
6
夜。今日もこの時間。シロと遊んでいる時間が最近の私の癒しであり、中心になっている。帰りにボールを買ってきた。今日はこれで遊ぶつもりだ。あの草原なら広いし誰もいないから、自由でいれる。早く会いに行こう。
「おやすみ、シロ」
「ただいま」
「お帰りなさい、あなた」
「うん。美咲の様子はどうだい?」
「今日、ボール買ってきてた。よくシロに投げてたやつ」
「んーん。どうしたもんかね」
隆之は残業から帰宅して早々、椅子に座ってため息をついた。
「私もわからない。去年だってこんなことなかった。病院連れて行った方がいいのかしら」
「1週間だ。あと数日様子を見よう」
「そ、そうね」
隆之、優希夫婦の不安はどんどん膨れ上がってきていた。
目を開けたら“いつもの”草原にいた。
「ハッハッ、わん!」
シロがいきなり視界に入ってきて顔を舐めてきた。
「こら、シロ、くすぐったいよ」
私はシロを抱きかかえて起き上がった。どうやら私は草原に横になっていたらしい。
「今日も少し散歩しようか」
私はシロを抱きかかえたまま、昨日と同じように草原を歩き始めた。昨日はシロを疲れさせちゃったから、今日は抱いて歩いている。シロ軽くなったなと思いながら、私は今日会ったこと、長瀬くんのこと、学校の先生のことをシロに話した。シロは時々吠えたり、肩に乗ろうとしてきたりしたけど、私は抱きしめていた。
「あ、そうだ」
私はそう呟くとシロを草原に降ろして、右ポケットから、今日買ったボールを取り出した。
「わん!わん!」
シロはそのボールを見ると早く遊びたいというようにジャンプしたり、足にすり寄ったりしてきた。
「これで遊ぶの好きだったもんね♪」
シロが思った通りの反応で私は嬉しかった。そしてボールを投げた。
「わん!」
シロはボールに向かって走り出し、咥えてこっちに戻ってきた。
「よくこうやって遊んだね」
私はボールを受け取り、シロを撫でながら話しかけた。何度も何度もボールを投げては、戻ってきて撫でてを繰り返した。ただただ楽しかった。私が普通でいれる場所だと心から感じていた。するとシロはボールを投げていないのに走り出した。
「シロ!どこに行くの!」
私は大きな声を出して追いかけた。追いかけていくに連れて湖のような場所に出た。
「ハッハッ」
シロは湖畔で水を飲んでいた。
「何だ、喉乾いてたんだ。いきなり走るからびっくりしちゃったよ」
水はすごい透きとおっていて綺麗だった。まるで吸い込まれそうだった。
「ここって草原だけだと思ってたけど、こんな場所もあったんだね〜」
「わん!わん!」
「どうしたの? またボール?」
「わん!」
シロは前足を上げていた。
「あ、ご飯か! 何も用意してないんだよ〜。ごめんね、シロ」
「くぅ〜ん」
シロは悲しそうだった。
「草原に何かあるかも!ちょっと探してくるね!」
私はそう言って駆け出した。すると世界が反転して、私は“また”落下して行った。
7
4月25日 水曜日
「おうわぁ」
私は変な声を出して目が覚めた。
「あれ。私シロのご飯探しに行ってどうしたんだっけ。まぁ、いっか。おはよう、シロ」
私はうるさいアラームを切って、リビングに向かった。
「おはよー」
「美咲おはよう」
「おはよう、美咲。ご飯食べちゃいなさい」
「はーい」
朝のニュースを観ながら両親と世間話をしながら朝食を取った。そして私はいつも通り用意して学校に向かった。
「行ってきまーす」
「行ってらっしゃい」
「あ、ママ、シロお腹すかしてたから、ご飯買っておいて〜」
「えっ?!」
「じゃあ行ってきまーす。」
「い、行ってらっしゃい」
「・・・あなた」
「ご飯の時は何もなかったから元に戻ったと思ったんだが」
「もうどうしたらいいのよ」
優希はどうしようもなくなっていた。
「優一〜、英語のノート見せて〜」
「朝1番に会って早々それかよ。帰宅部が忙しくてできなかったのか?」
「いや、昨日ゲームしてたらさ、母ちゃんに怒られてな。勉強しろー!って。だから自分でやってみたわけよ。そしたら全然わからなかった。わからなすぎて、どうしようかと悩んだ時にな、思ったのよ。俺は日本人だ。英語話せなきゃいけない理由はあるか? ないだろ? だからやらないで、とりあえず乗り切ろうって戦略にシフトしたわけよ」
佐藤は堂々と言ってのけた。
「わかる〜」
「私も韓国語ならな〜」
クラスメイトの尾木と松本が賛同していた。昨日も思ったが何故佐藤の意見に賛同する奴が多いのだろうか?
「でも英語できないと大学受験落ちるぞ。文系だろうが理系だろうが英語は必須だからな。とりあえず見せるけど、ちゃんと勉強しろよ」
「何だかんだ言いつつ貸してくれる。さすが長瀬様だぜ。ありがとな!」
水曜日。週の真ん中で月曜日ほどでもないが、気持ちが沈んでる生徒もちらほら。だからこそ機嫌良い奴は目立つ。
「おはよ、天海さん」
「お、おはよう、長瀬くん」
「え、あ。うん。名前知っててくれたんだ」
「え、うん、委員長だから」
「そか、ありがとう」
謎の転校生が俺の名前を知っていてくれた。これは嬉しい。徐々にもっとクラスに馴染ませたいなって朝から思えた。あとは神谷だが。俺は窓側の一番前の席を見た。バックで隠してるが、アレはスマホをいじってるな。よくスマホをいじってるイメージがある。その辺をネタにして今度話しかけてみるか。体育祭も、結構近いしな。そして今日も学校生活が始まった。
放課後いつものように佐藤が絡んできた。
「優一、ちょっと勉強しようぜ〜」
「あ? どんな風の吹きまわしだよ」
「気づいちまったんだ。GW明けたら中間テストってことを」
「ああ、そうだな。だから?」
「お前が体育祭準備とか言ってるからな、体育祭に頭がシフトして中間テストの存在を忘れてたんだ! 責任とれ!」
「いや、自己責任だろ。別に勉強教えるのは良いが、今週いっぱい会議あるからな〜」
「うー、この裏切り者! 俺は帰宅部で忙しいのに」
「それ関係あるか? まぁとりあえず、わからない問題が、どこまでわかって、どこからわからないのかをまとめて持ってこい。休み時間とかで教えるから」
「助かるぜ、優一!」
「えー、長瀬くん私も教えて欲しい〜」
「俺も〜」
「じゃあお前らも佐藤と同じようにして持ってこい。じゃあ俺は委員会行くから」
「バイバーイ」
みんなに勉強を教える。上手くできるかわからないけど、長瀬の家の者。恥はかけないな。そう思いながら委員会に向かった。
8
私は今週、ホームルームが終わるとすぐ帰宅している。少しでも長くシロといるため。部屋にいればシロといれる。それが幸せで、それ以外の外の世界は苦しい。
「ただいま〜」
「ママ、おかえり!」
「遅くなっちゃったわね。これから夕飯作るから」
「それよりママ、シロのご飯買ってきてくれた?」
その言葉を聞いた優希は持っていた荷物を全部落とし、すごい音がした。
「美咲、何言ってるの? もう買ってもしょうがないじゃない」
優希は声を震わせながら言った。
「え。ママこそ何言ってるの? シロはお腹すかせて待ってるんだよ?」
「どこで待ってるの? もうシロはいないの。死んじゃったの。忘れちゃったの?」
お母さんの言っている意味がわからなかった。何でお母さんが泣いているのかもわからなかった。
「美咲、最近どうしたの? シロのことばっかり。夢であっただけでしょ? シロはここにはいないのよ」
「そんなことない!」
私は大声を出していた。
「シロはここにいる、私と一緒にいるの! 何でわかってくれないの? シロだって家族でしょ? そう言ってたじゃない! もうママなんて知らない!」
私はクッションをお母さんに投げつけて家を飛び出した。
「それからまだ帰ってないのか」
隆之は帰宅してまた頭を悩ませていた。
「病院行かせたほうがいいわよ、このままじゃあの子」
「だからって俺たちが無理やり行かせてもしょうがないだろ。本人が少し落ち着いてから促すほうが」
「それまでにおかしくなっちゃったらどうするのよぉ」
優希は泣いていた。
「ただいま」
「おかえり、美咲」
「それは何よ」
優希は美咲が持っているものを見た。
「シロのご飯。ママが買わないから私が。ご飯いらないから。おやすみ」
そう言って美咲は部屋に篭ってしまった。ただただ泣く優希を隆之は慰めることしかできなかった。
「はぁ」
私は部屋に篭ってため息が出た。お母さんと喧嘩して、勢いで外に出て、シロのご飯を買って、ぶらぶら歩いていた。おしゃれなカフェがあったから、明日はそこ寄って、時間を潰そうと思う。お母さんと話したくない。許せない。シロはここにいるのに。
彼女はそう言いながら犬のぬいぐるみを見つめていた。
物心ついた頃からシロは私の隣にいた。お父さんは転勤族で、小学校、中学校と、何度も何度も、転校を経験した。その度に友達がリセットされていた。でもシロはどんな時でも隣にいてくれて、私のペットで、友達で家族だった。その家族を。さっきお母さんはなんて言った。死んだとかここに居ないとか。シロを家族と思ってない。怒りの気持ちしか湧いてこなかった。
「そんなことよりシロにご飯あげないと。おやすみ、シロ」
波の音と磯の匂いがする。そして髪が濡れた感覚を感じて私は目を覚ました。
「あれ、草原じゃなくて湖?」
髪が濡れた気がしたが濡れていなかった。
「シロ〜、どーこー?」
草原に戻り、歩きながらシロを探した。いつもこの場所に来るとすぐシロに会えるのに。なんでだろう。と思っていた矢先だった。草原の中にお花畑があった。
「あれ、こんなところあったっけ?」
そう言いながら近づいていった。
「わん!」
「うわぁ! びっくりしたぁ、シロ〜」
シロがお花畑から出てきたのである。
「わん!わん!」
「わかったわかった、今日はここで遊ぼうね。でもちょっと待ってね」
私は右ポケットからボール、水、シロのご飯、そして自分のご飯を出した。
「ね、今日はお花畑でピクニックだよ、シロ!」
「わん!わん!」
シロは嬉しそうに周りを駆け回った。
シロとご飯を食べる。いつぶりだろう。心から幸せを感じていた。
「ほら、シロお腹空いてたでしょ。たーんとお食べ」
「わん!」
私はシロとご飯を食べながら今日あったこと、学校のこと、喧嘩したことなどを話した。
「最近話す長瀬くんいるでしょ。今日つい名前呼んじゃってさ。恥ずかしかったよ〜 友達いらないけど、あの人と友達になったら何か変わりそうでさ。本当恥ずかしかった〜」
笑いながらシロに話した。するとシロは足を舐めてきた。
「なーにシロ〜。あ、そうだ聞いてよシロ。ママと今日喧嘩したの。シロはもういない、死んじゃったんだーって。シロのご飯も買ってこなかったの。訳分からないよね」
「わんわん!」
「ほら、ここにいるもんね〜」
私はシロを抱き抱えて、お花畑を散歩し始めた。お花詳しくないから種類とか分からないけど綺麗だった。
「綺麗だね〜、シロ」
「わんわん!」
「これからもシロとこうやって思い出作りたいな〜。絶対楽しいよね!」
「わん!」
シロは腕から飛び出して着地してから、また先に走り出した。
「あー、待ってよ、シロ〜」
私も遅れず走り出した。すると“また”世界が反転し私は落ちていった。
9
4月26日 木曜日
うるさいアラームが響く中、私は普通に目覚めた。
「おはよう、シロ」
アラームを消し、リビングに向かった
「おはよう、美咲」
「おはよ、パパ」
「早く食べなさい」
朝からピリピリの母娘に対し、父・隆之は居づらさを感じつつ、朝食を済ませた。
「行ってきます」
ぶっきらぼうに言う娘に対し、
「行ってらっしゃい」
ぶっきらぼうに返す優希だった。
「長瀬くん、おはよー」
「片瀬さん、おはよー。金曜に委員会あるから宜しくね」
「うん、オッケー」
片瀬さんは女子の学級委員である。役職に就いてないので、仕事がない限りは普通の生徒と同じように生活している。
「お!は!よ!」
「おう、佐藤、鈴木、尾木。おはよ」
「優一、昨日言われた通り、どこまでわかって、どこから分からないかを、まとめてきたんだけどよ」
「おん。いいじゃん」
「むしろどこがわかって、どこが分からないか全然分からなかった」
「おん。ダメじゃん」
「なんだよ、その冷たい対応は〜」
「いや、こうなると思ったから、英語だけだけど、範囲の部分、まとめておいた。あと単語覚えたり、宿題やったりして量こなしてくれ」
「おおおおおおおお! 心の友よおおおおおおおおおお」
「優一、俺にも!」
「長瀬くん私にも〜」
「10部あるから早いもの順ね〜」
〜2秒後〜
「もうなくなるんかい」
余りの速さでなくなり思わず突っ込んだ。
「えー私もらってない〜」
「俺もー」
「もらったやつからコピーしてもらえ〜」
そう言っていると隣の天海が登校してきた。
「天海さん、おはよう」
「お、おはよう」
「あれ、あんまり元気じゃない?」
「ふ、ふつう」
「そ、そか」
今日はあまり話せなかったなあ。神谷とも話したいし。よし、体育祭までに頑張るぞ。そうして今日も学校生活が始まった。
「優一、この英語のやつ、他の教科も作ってくれよ〜」
「他教科は自信ないし、作るのめんどいから自分で頑張れ。じゃあな」
「おー、委員会頑張れよ〜」
今日明日の会議で山場は終わる。あとは本部確認と当日やるくらいだからな。校内委員会委員長になってはじめての学校行事。長瀬の名に恥じぬよう。頑張らないと。テスト勉強はまぁなんとかなるだろう。そう思いながら今日も委員会室に入っていった。
今日も帰りのホームルームが終わってすぐに学校を出た。昨日見つけたカフェに行きたかったからだ。
【カフェ宝山】
学校と家の登下校の道の1つ裏にある。昨日シロのご飯買うまで気づかなかった。
「いらっしゃいませ〜」
そう言って80代くらいのおばあちゃんが出てきた。
「1名様で?」
「あ、はい」
「紗理奈、1名様ご案内して〜」
「はい」
そう言ってエプロンをしながら急いで出てきた女の子。
「こちらにどうぞ。ご注文は?」
「あ、えっと」
そういってメニューを見たが、普通のカフェなのにお酒も定食も載っていた。
「カフェオレで」
「少々お待ちください」
数分後カフェオレがきた。こんな美味しいカフェオレ飲んだことないくらい美味しくて、びっくりした。店内もすごいオシャレだけど、自分の空間がしっかりあるような感じ。とても居やすくて2時間も居てしまった。時間も時間だったから、急いで帰ることにした。
「山衛高校の子でしょ?」
「え、はい」
「うちの孫も通っていてね、同じ制服だからすぐわかったわい。また来ての」
おばあちゃんがそう笑顔で言うので私も
「また来ます」
と、笑顔で返してしまった。また来る確証なんてないのに。
10
「ただいま」
美咲は小さい声で言った。母親に対しての怒りがまだあるからだろう。
「おかえり」
母親・優希もまた素っ気なく返した。美咲はすぐ部屋に篭ってしまった。
「ご飯にも出てこないか」
父・隆之は今日もまた頭を抱えていた。
「あなた、どうにかしてよ」
隆之は美咲の部屋に向かって行き、ドアをノックした。
「美咲、いるんだろ?ご飯食べないのか?」
「ママとは食べたくない」
「どうしてだ」
「ママはシロがいないって! 死んだって怒鳴ってくるんだよ! 家族なのに! 死んでないのに! そんなの私は許せない!」
美咲は叫んでいた。それを聞いていた優希は座り込み、泣きながら言った。
「美咲、あなたどうしちゃったのよ。どうしておかしくなっちゃったの」
「おかしくない! おかしいのはママでしょ! ママたちがシロも家族だって私に教えてくれたじゃない! 家族なら何言ってもいいわけない!」
「わかった、美咲。パパたちが悪かった。シロも一緒に4人で晩ご飯食べないか?」
「あなた?」
「美咲に合わせよう。今きっと混乱しているんだ。落ち着くまで合わせてあげよう」
「はぁ」
部屋に戻りため息をついた。パパはわかってくれているようだったけど、ママは目も合わそうとしなかった。転校が多かった私に、シロだけはずっと一緒にいる家族、友達だって教えてくれたのは両親だった。だからこそ、今になってなんでシロをいないものと扱うのか。私には分からなかった。だがそれでもまたシロと遊ぶ時間がやってきた。
「おやすみ、シロ」
彼女はぬいぐるみに向かって呟くと眠りに落ちた。
今日は趣向を変えてみようかしら♪
どんな反応をするか。どんな夢になるのか。
うふふふふふふ。楽しみね♪
気がつくといつもの草原じゃなかった。教室にいた。前の学校の制服を着ている。え、ここはどこ?
「よく学校これるよね〜」
「本当、本当」
「ウチらからの連絡全部無視。話しかけても塩対応かガン無視。遊びにも乗ってこない」
「どーゆーつもりだよ美咲!」
その女の子は大声で怒鳴りつけ、机を蹴っ飛ばした。
「え、あ、ご、ごめん」
「調子乗ってんじゃねーよ」
「美咲まじでムカつくよね」
「連絡全部シカトこいて、ドタキャンしたらしいよ」
「うわ、まじでないわ〜」
周りからの声が全部聞こえる。私への悪口、いじめ。これは前の学校の時の。
“バン!”
私の頭にバックが飛んできた。
「あ、そこに人いたんだ。荷物置きだと思ってバック投げちゃったわ」
「あはははは、まじウケる〜」
全生徒が私に向かって笑っていた。私は机を戻して席に着いた。涙を流さないように必死にこらえてた。
「お前ら席つけ~」
担任の先生が入ってきた。すると学校だった景色が一気に変わり、いつか見たどこかの洋館のお茶会みたいな部屋になった。
「う、う、うわあああああああああん」
もう耐えられなかった。私は大声を出して泣いた。周りから聞こえる罵詈雑言。怖かった。怖くて泣きたくて、けど泣けなくて。シロの死を受け入れられなくて。周りからいじめられて、そして私は引きこもりになったんだ。なんで周りからいじめられるのか。なんで私がこんな思いをしないといけないのか。なんで私はひとりぼっちなのか。辛かった。思い出したくもない去年の学校での出来事。辛い。死にたい。
「昨日一昨日とかはとっても幸せそうだったのに、今日はすごく悲しそうね♪」
いつか聞いた女性の声が聞こえた。
「なんで、なんでこんなことするの?」
私は震えた声で何故かそう尋ねていた。この人なら助けてくれるかもしれないと思ったからだ。
「私は何もしてないわ。あなたが犬を追いかけたいっていうから、鍵をあげただけ。その扉の奥はあなたの無意識の世界を構築していたものなの。あなたはこの4日間そこを旅していただけ。本当の自分の見えない部分、隠している部分と向き合っていただけ。あ、でも私が少しだけ仕掛けをしたわ。私の力であなたに夢の内容を忘れないようにした。そのことで記憶に連続性ができ、ワンちゃんが死んでいるのか、生きているのかまでわからないくらい、脳が夢に侵食されちゃったの」
彼女が何を言っているのかわからなかった。でもわかっていることはシロが死んじゃっていること。それから私は前の高校でイジメられていたこと。これは紛れも無い事実であり、私はひとりぼっちであるということ。寂しい。辛い。死にたい。
「私はどうしたら助かるの? どうしたらこの苦しみから解放されるの?」
泣きながら、震えながら声を絞り出した。
「さぁ? 私はあなたじゃないからわからないわ。だけど1つだけ方法がある」
「方法? 何があるの?」
「ゼルプストの部屋に行くの。そうすればあなたは“解放”されるわ。だけど今日じゃ時間が足りないし。また明日来てちょうだい。準備しておくわ♪」
私はその言葉を聞いて安心したのか、“いつものように”落下していった。
11
4月27日 金曜日
アラーム前に私は目を覚ました。そして鳴り始めたアラームを止め、リビングに行った。
「おはよう、美咲」
「おはよ」
すごく小さい声に隆之も優希はびっくりした。
「だ、大丈夫かい、美咲。シロと何かあった?」
「別に何にもない。パパ、シロは死んだんだよ」
「え、あ、う、ううん」
それから隆之も優希何もできず、何も言えなかった。
「いってきます」
「美咲」
「何、ママ」
「具合悪かったらすぐ帰ってきなさいね」
「うん」
そう言って娘は学校に向かって行った。あそこまで弱っている状態の娘を前の学校の時でも見たことなかったし、最近の状態からしても不安しかなかった。
「長瀬くん、おはよ〜」
「おはよ、松本さん」
「おっはー、優一」
「おう、おはよ」
「聞いてくれよ、優一」
今日も朝から佐藤が絡んできた。毎朝毎朝、話しかけてくるが、佐藤の方がよっぽどコミュ力お化けなんじゃないかと思えてきた。
「お前から昨日もらったやつ見てたらさ、わからないところが全部わかった」
「おう、そりゃよかった」
「だから俺今無敵なんだよ、英語は。だから他の教科も」
「昨日断ったろ。自分でやれ」
「ケチ!」
「佐藤、お前はまず自分でやることを覚えるんだ」
「なっ、お、お前な、俺だってやればできるんだぞ!」
佐藤は焦ったような口調だった。
「よし、じゃあその姿をテストで見せてくれな」
「ヒュー、佐藤かっこいい」
「頑張れ、佐藤〜」
クラスメイトみんなが佐藤を注目していた。結果が目に見えているだけに、みんな笑いながら、席に戻っている佐藤を見ていた。
「おはよ、天海さん」
「・・・」
「天海さん?」
心ここにあらずって感じだった。見るからに具合も悪そうだった。
「具合悪い? 大丈夫? 何かあったらすぐ言ってね」
そう言って俺は学級委員の相方の元へ向かった。
「片瀬さん、おはよう」
「長瀬くん、おはよ。今日委員会だよね?」
「うん、そうなんだけどさ。それより天海がさ」
「天海って転校生の天海さん?」
「うん、今日見るからに具合悪そうなんだわ。俺も隣だから一応注意してみとくけど、女子の対応はさ」
「うん、わかった。いつもこういうの知らせてくれてありがとうね。すごいよ、長瀬くん」
「いやいや、普通だよ。じゃあもし何かあったら」
「うん、保健委員の田中さんと連携するから大丈夫」
「サンキュ」
そう言って俺は片瀬の席から自分の席に戻ろうとした。だが片瀬の隣の席は神谷だった。
「神谷、おはよう」
びっくりしたように神谷の肩が上がった。
「な、長瀬くん、おはよう」
その言葉を受けて席に戻った。神谷とちゃんとした会話は初だったが、挨拶が成立して嬉しかった。あとは天海がひたすら心配だった。
5時限目、その心配事が現実になった。
「はい、じゃあ英語抜き打ちテスト始め」
先生の号令でミニテストが始まった。4月の内容を理解しているかのチェックと言っていた。もちろん周りからはブーイングだが
「うるさい!」
我らが担任の先生であり、英語教諭の藤浪の怒号でブーイングは消え去った。そして今みんな真面目にテスト受けているわけである。20分程度の問題と言っていたが10分経たずに終わったため、ある程度余裕がある。天海が心配だったが昼休みまで大丈夫だったから、このままあと2コマ大丈夫だろうという慢心があった。だからだろうか、俺はこれから起こった出来事に衝撃を受けた。
「はい、終了。後ろの人、答案回収して前に持ってきて〜」
一番後ろの席の子が立って、前の生徒たちの答案を回収していった。天海の答案も回収されてすぐだった。
“バタン”と大きな音を立てて、天海が倒れたのであった。
「天海!」
俺は急いで抱き起こそうとした。
「天海、大丈夫か!?」
俺は大きい声で天海に叫んだ。
「・・・・って」
天海は小さい声で何かを言っていた。
「なんだ、天海?」
俺は天海の口近くに耳を寄せた。
「長瀬くん、助けて」
小さく、震えた声だったが確かに聞き取った。
「天海、大丈夫か?」
それからはもう受け答えもなかった。
片瀬や保健委員にもあらかじめ話していたこともあって、すぐ保健室の宮城先生も来てくれた。天海は藤浪先生に背負われて、片瀬、女子の保健委員の田中、宮城先生の付き添いで保健室に行った。周りの生徒もすごい心配をしていた。俺も心配だった。それよりすごい心に引っかかった。「助けて」という言葉。あれはどういう意味なんだろう。心に引っかかり嫌な感じだった。
その後、先生たちが戻り、天海は大丈夫だということなのでみんな安心していた。
続く6限も同じ藤浪先生の英語だった。授業は淡々と進んでいく中、ずっと俺は考えていた。天海は俺に何を助けて欲しいんだろう。
「長瀬!」
「は、はい」
考え事をしていたため、いきなり自分の名前が呼ばれてびっくりした。
「はい。じゃねーよ、早く答案取りに来い」
「あ、すいません」
さっきのもう採点終わったのかよ、早いなって思いつつ、俺は急いで取りに行った。
「お前は本当に優秀だな」
「ありがとうございます」
答案は満点だった。
「え〜今回の平均点は76点。みんなよくできてるぞ。先生は嬉しいね〜 満点は天海、神谷、長瀬の3人。拍手」
パチパチパチと拍手の中、
ー天海さんすごいね、体調悪いのに満点なんてー
そんな声も聞こえていた。俺もびっくりしている。だからか、余計にあの言葉の意味を知りたかった。
「んで、ドベが佐藤! お前はしっかり勉強してこい」
佐藤が見事にフラグを回収し、クラス中が笑いに包まれ授業も終わった。
「英語無敵の佐藤じゃなかったの?」
放課後、笑いながら松本が佐藤をバカにしていた。
「おい、優一、お前のプリントやったのにビリだったぞ!」
「他のみんなは?」
俺は昨日配ったメンバーに声かけた。
90、87、87、85、83、81、80、79、79。
「みんな平均点以上じゃん、お前以外」
「佐藤まじで、なにしてたの?」
みんなの佐藤を弄る声がした。けれどもそれよりも天海が気になっていた。
「これどう使って勉強するのが正しいか教えろ、優一!」
「俺このあと委員会だから。じゃあね〜」
そして学級委員会、校内委員会を終えて、俺は保健室に向かった。
「失礼します」
「お〜、優坊」
「その呼び方やめてください」
「お前のねーちゃん公認なんだけどな〜 んで、何の用? 今日はタバコやらんゾ」
「天海は?」
「おん? あの倒れちゃった子か。貧血かなんかで倒れたんだろうけどな。学校側にお母さんから前もって連絡があったみたいでな。うちの子具合悪そうだけど行ったから、もし何かあれば迎えに行きますって。だからすぐ来て、連れ帰ったゾ」
「そう、ですか」
あの“助けて”の意味、月曜までわからないか・・・
「なんだ、優坊。あの子狙ってるのか? 鳳羽がいるのに」
「狙ってないです。隣の席だし、俺は学級委員だし、心配なだけで、鳳羽先輩とも何もないですから」
「はいはい。でも鳳羽、最近寂しそうにしてたぞ〜 来週は会議ないんだろう?相手してやれよ〜」
「あーはいはい。じゃあ失礼しました」
「いつでも来いよ、優坊〜」
彼はそう言って保健室を後にした。
「相変わらずの性格してるな〜 優香の時が懐かしいなぁ にしてもいつか壊れた時が大変だな。優香以上にならないことを願うしかないか」
私はそう呟くと、超改造換気扇をつけて煙草を吸い始めた。
12
「そうか」
帰宅した隆之は優希から美咲が倒れたことを聞いた。
「大丈夫なのかしら、あの子」
「とりあえず今日はゆっくり寝かせてあげよう。最近シロのことで頭が疲れているかもしれない」
「そ、そうね」
美咲は教室で倒れてから家に帰る道中でも目を覚まさなかった。今もぐっすり寝ている。隆之も優希も何もしてあげられない無力感を痛感していた。
私は気がつくと王女様が寝るような大きいベッドで寝ていた。そのまま起きて目の前の扉を開けると“いつもの”お茶会の部屋だった。
「おはよう、天海美咲ちゃん♪ ゆっくり寝れたかしら?」
「私はどうしちゃったの?」
「この4日間の夢と侵食によって、脳が疲れちゃったのよ。寝てる間も起きてる間もずっと情報が脳内を駆け巡る。そしてショートしちゃったって感じよ。まぁそんなことはどうでもいいじゃない。昨日の約束通り、ゼルプストの部屋、準備したわ♪」
「そこに行けば、私は解放される」
「ええ。永遠にね♪」
新しい学校で倒れてしまった。次登校した時の周りの反応が怖い。それにもう疲れた。辛い思いするのも、いじめられるのも、シロがいないのも。だから。
「連れて行って」
私は声の主にそう言った。
目が覚めると俺は知らない場所にいた。どこかの洋館のお茶会の部屋みたいだった。扉は開かず、カーテンや窓も閉まっているが、明かりはつき、たくさんのお菓子にジュースやコーヒーなどが机に置かれていた。そして壁には見たこともない壁画があった。黒い人型で刀をもつ戦士のようだ。しかし翼が生えていて、頭の上に光の輪っかがある。きっと何かの神様なんだろう。
「誰かいませんか〜」
しかしなんの反応もなかった。一体ここはどこなのか、何が何だか分からなかった。
“パチン”とショートする音が聞こえ、いきなり明かりが消えた。
「な、何?!」
俺は大きな声を出していた。すると壁画が光り始め、テーブルにある蝋燭にも火がつき、最後に大きな灯りもついた。
「ようこそ、ゲスト様♪」
知らない女性の声が部屋に鳴り響いた。
「だ、誰だ?!」
俺は大声で叫んだ。謎の恐怖感に苛まれていた。
「怖がらないで、長瀬優一くん♪ あなたは今日ゲストとして、この夢に招かれたの」
「これが夢? ってか、なんで俺の名前を知ってるんだ?!」
「私に関わると明晰夢をみれるようになるのよ♪ あなたのことを知っているのは今日のメイン、天海美咲の記憶からよ」
「天海美咲? 俺のクラスメイトの? 一体全体どういうことだよ」
「天海美咲は最近この部屋から夢をみていたの。楽しい楽しい夢をずっとみていた。だからあなただって機嫌の良い彼女を知っているでしょ?」
「た、確かに昨日までは機嫌は良く見えてたけど」
「だけど彼女は昨日、自分の中でとても嫌な記憶、トラウマを体験したの。この5日間の夢、そして起きてる時間の記憶などで、彼女の体はショートをした」
「だから倒れたってことか」
「さすが♪ 鋭いわね♪ 彼女は自分の辛いこととかから解放されたがっていた。だからあなたに助けてって言ったのかもしれないわね♪」
「だいたいのことはわかった。だがここは天海の夢なんだろ? 俺をなぜ呼んだんだ?」
「彼女はね、ゼルプストを部屋に入ったの♪」
「ゼルプストの部屋? 聞いたことないぞ」
「これは私達がいないと用意できない部屋だから。あなた達人間が知らないのは当たり前だわ♪」
「その部屋はなんなんだよ、入ったあいつはどうなるんだよ」
「ゼルプストの部屋。簡単に言えば心の部屋ね。そこにいれば自分の好きなことしか感じない。辛いこととか一切ない夢のお部屋。幸福のお部屋ね♪ ただ人間がこの部屋に入ると自力じゃ滅多なことがない限り出ることはできない」
「あいつが幸せな夢を見るのはいいことだろ。出れないとどうなるんだ?」
「死ぬわ♪」
「・・・は?」
言っている意味が分からなかった。
「ここは夢なんだろ? 死ぬってどういうことだよ」
「確かにここは夢だわ。けどゼルプストの部屋は肉体と連動しているの。夢の侵食で彼女が倒れたのは知っているでしょう。侵食は徐々に肉体にダメージを与えるわ。だけど死にはしない。しかしゼルプストの部屋は」
「肉体にダメージを与え、しかも死をもたらす」
「そういうこと♪ 病気とかと違うから手術しても治らない。ある日起きたら植物人間になってる♪ そして遅かれ早かれ死ぬ♪」
「天海はそのこと知ってるのか?!」
俺は強めの口調で言った。
「さあ? どうかしらね♪ 自分で行きたいって言ったんだもの。だから私はこれで終わりにするつもりだったの」
「天海を部屋に入れたままにするってのか!」
「よく聞きなさ〜い。するつもりだったの。けど彼女はあなたに助けを求めたわ。だからあなたを招待した」
「俺が、あいつを助けるってことだな」
「頭いいわね♪ そういうことよ♪」
「でもどうやってやるんだよ?」
「コレを使うの。エヴァの鍵。この鍵を使ってこの部屋から出て、彼女のゼルプストの部屋に行き、再びエヴァの鍵を使って彼女を連れ出す。あなたにできるかしら?」
そう言うと目の前に鍵が現れた。これがエヴァの鍵・・・
正直この夢自体が馬鹿げてるし、意味が全く分からない。天海が本当に死ぬのかも分からない。全て嘘っぱちの夢だとしても。
「俺は友達を死なせたくない。やってやる!」
目の前に浮かんでいるエヴァの鍵を俺は掴んだ。
そして扉に向かい、鍵を開けて扉を開いた。開いた先には何もなく、とりあえず一歩踏み出してみると、俺は吸い込まれるように落下していった。
「アッハハハハハハ。本当に向かっていったわ♪ さぁ、どんな舞台になるか見せてもらうわ♪」
気がつくと俺は草原にいた。他に何もない、ただただ広がっている草原だった。このどこかに天海がいる。俺はそこから引きずり出さないといけない。そうしないと天海が死んでしまうから。それだけは避けないといけない。クラスメイトを、友人を見捨てることなんてできないし、長瀬の名にかけて、俺がやらなきゃいけない。そう思いながらある程度歩いたら、犬と遊んでいる女の子がいた。
「シロ、ボールいったよ〜」
「わんわん!」
天海がボールを投げて、犬が取りに行く。そして戻ってきてボールを渡し、撫でられる。この繰り返しを何度も何度もしていた。こんな笑顔で明るい声の天海を見たことがない。
「あいつって本当はこんなやつなのかな」
そう呟いた時だった。声に反応したのか天海がこっちを向いた。
「な、長瀬くん?!」
すごく驚いた表情もまた新鮮だった。
「よ、天海さん」
「なんで長瀬くんがここに?」
そう言いながら彼女はこっちに走ってきた。
「お前が言っただろ、助けてって。だから助けに来た」
「あー、私そんなこと言ったっけ・・・」
「ぶっ倒れた時だったから覚えてないか」
俺は笑いながら言った。だが天海からの返事は予想外のものだった。
「ありがとね。・・・でも助けてもらわなくて大丈夫。私はここでシロと暮らすから」
彼女はそう言って足元に来ていた犬を抱き上げた。
「え、それどういうことかわかってるのか?」
「何が?」
「ここは一度入ったら簡単には出れない特別な夢の部屋なんだ。ここにいると夢から覚め無くなり、本当の肉体の方は最終的に死に至る」
「・・・そっか。死ぬんだ」
すると彼女は苦笑いをしながら犬を撫で、こう呟いた。
「確かに解放だね、シロ」
「天海? お前それでもここにいる気か?」
「うん。わざわざ来てくれてありがとうね。最後に思い出、1個できたよ」
「いや、待てって。お前死ぬんだぞ? いいのかよ」
俺は少し大きい声を出していた。天海は死のうとしてる。それがわけわからず、同時に怒りも感じていた。
「うん。もういいの。ここでシロと2人で暮らす。死んでも構わない」
「生きることより、その犬と一緒にいること選ぶってことかよ。全然わからない! 死んだら何もかも終わるんだぞ?」
「終えたいの!」
天海は叫んでいた。
「もう生きていたくないの! 何もかも辛いことばっか! 誰もいない! 生きてるのがずっとずっと苦しい! もう死にたいの!」
理解できなかった。何がそこまで天海を苦しめているのか、どうして死にたいのか。それでも俺は自分が信じている言葉を伝えた。
「自分から死のうとするなんて間違ってる。何が辛いかわからないけど、それでも自分から死を選ぶのは間違ってる!」
「そうだよね。長瀬くんみたいな人間ならしないよね。でも私は私。私はここでシロと暮らすの!」
そう天海が叫んだ瞬間、俺はこの場所から拒絶され、“落下”していった。
気がつくとお茶会の部屋にいた。
「お帰りなさい、早いご帰還だったわね♪」
「・・・・・・。あいつ、死ぬ気だった」
「そうね。最初から死にたがっていたもの」
「お前、それを知っててあいつを!」
俺は怒りから大きな声を出した。
「彼女が入りたいって言うから準備しただけ。私が無理やり入れたりできないわ」
それでもこの声の奴のせいで天海が死にかけている。それに怒りがあると同時に俺は自殺を選ぶ天海にも怒りを覚えていた。俺は例えどんなに辛くても自分から死ぬやつを理解できない。死んだら全てが終わる。死ぬ以外の逃げる道を選ぶべき。俺は心から思っている。だから俺は天海がどんなに嫌がっても、絶対に助ける。そう心に誓った。
「おい。お前、できることと、できないことがあるのか?」
「ええ。強制とかはできないわ。夢の案内くらいはできるけど。私はただ見ているだけが好きだわ♪」
「夢の案内・・・ そうか。おい、頼みがある」
「あら、彼女の夢に戻るんじゃないの?」
「今戻ったって拒絶されるだけだ。だから夢の案内をしてくれ」
「ふーん。まぁいいわ♪ 何を見に行くの?」
「あいつがこの5日間見てた夢だ。急いで案内してくれ」
「あら、女性の夢を覗き見なんて、いやらしいわ♪」
鍵がまた目の前に現れた。
「それを使えば見てこれるわ。ただ1つ言うと、時間があまりないわよ♪」
「時間?」
「彼女はゼルプストの部屋にいるからずっと夢の中。だけどあなたは普通に寝ている。と言うことは」
「俺が起きる時間がタイムリミットか」
そうなるといつ時間が来るかわからない。急がなくては。俺は鍵を持って扉にむかい、開けて“落下”していった。
気がつくと俺は透明で、なおかつ浮かんでいた。
「特別に彼女の記憶も足してあげるわ」
そう言う声が聞こえると、目の前に一冊の本が現れた。自分が透明になっているのに掴めるのかという不安があったが、簡単に掴めた。そこには天海の辛いこと等が書かれていた。
「美咲ちゃん、もう会えないの?」
「うん、パパのお仕事で引っ越すの。でも別の小学校に行っっても友達だよ」
「うん、友達! 忘れないよ」
ー結局二度と会うこともない、手紙すら来なかったー
「美咲、このタイミングで引っ越すの? 1年しかこの中学にいないじゃん。」
「パパの仕事でね。でもずっと友達だから。プリも大切に持っとくし、メールもしよ」
「だね! ウチらズッ友だし」
ー全然メールなんてしないし、メアド変えた連絡も来ないでさようならー
「よく学校これるよね〜」
「本当、本当」
「ウチらからの連絡全部無視。話しかけても塩対応かガン無視。遊びにも乗ってこない」
「どーゆーつもりだよ美咲!」
その女の子は大声で怒鳴りつけ、机を蹴っ飛ばした。
「え、あ、ご、ごめん」
「調子乗ってんじゃねーよ」
「美咲まじでムカつくよね」
「連絡全部シカトこいて、ドタキャンしたらしいよ」
「うわ、まじでないわ〜」
周りから天海へ悪口、いじめの声が全部聞こえる。
バン!
天海の頭にバックが飛んできた。
「あ、そこに人いたんだ。荷物置きだと思ってバック投げちゃったわ」
「あはははは、まじウケる〜」
全生徒が天海に向かって笑っていた。天海は机を戻して席に着いた。涙を流さないように必死にこらえているように見えた。
「お前ら席つけ~」
担任がやってきた。天海は助けを求めなかった。いや、求められなかったんだ。
「今日は誰か休みいるか~?」
「センセー、美咲サボりだって」
「えっ」
「天海がサボりか~ お前ら来るように言っとけ~」
「あはは やっば」
みんな天海を見て笑っていた。
「先生、私います」
天海の声は震えていて、大きな声も出ていなく、周りの笑い声でかき消せれてしまっていた。
「センセー、その花瓶借りてもいい?」
女生徒は先生の机にある空いた花瓶を指差した。
「おう、いいぞ。割るなよ~。じゃあ今日も1日頑張りましょう」
そう言って先生は教室を出た。すると女生徒が花瓶を持って天海の前に来た。
「はい、死んだんだろ、犬」
そう言って花瓶を机に置いた。
「だからなんだか知らないけど、ウチらに舐めた態度取り続けてんじゃねーよ」
「わ、私何も」
「ウェーイ」
女生徒が天海の席にバックを投げつけ、花瓶が机から落ち、割れてしまった。
「あれ、そこ荷物置きじゃなかったっけ」
「あー、美咲が先生の花瓶割った~」
「何やってんだよ、オイ」
「弁償だなー」
ーなんで私がこんな目に合わないといけないのー
転校続きで友達という友達ができなかったこと。あの一緒にいた犬が飼い犬のシロであり、友達、家族という存在だった。しかし約1年前に死亡。天海の中で大きな存在だったシロの喪失。それは天海にとって致命的なダメージを与えた。その中で普通の生活を送ることが困難になり、友達と連絡取れず、ちゃんと会話もできない状態になり、高校内でいじめにあうようになった。その結果引きこもりになり、家族の尽力のおかげで、なんとか普通に生活できるようになったため、転校。今に至る。
「孤独。いじめか・・・」
上から天海が落ちてきてシロと遊ぶ4日間の夢。いじめの夢。用意された本。全てを見た。天海が学校であんな風なのも。あの部屋から出ず、シロといることを選んだことも、理解できた。いや、理解できていない。俺は天海美咲じゃない。天海美咲という人物が味わった孤独、苦しみ。俺には理解することはできなかった。それでも俺はもう一度彼女に会うべきだと思った。するとエヴァの鍵が光り出した。俺は鍵に向かって頷くと、体が急に落下し出し、俺は体を流れに任せた。
まさか彼がここに来るなんて思わなかった。助けてくれようとするなんて思わなかった。そう思ってくれる人が1人いた。それだけで私は嬉しかった。けれども、私はすべての苦しみから解放されたかった。1人が嫌だった。孤独が寂しかった。シロがいなくなってからは特に。友達が欲しかった。けどあんな経験をして、もう友達なんていらないって思った。1人でいたくない、友達が欲しい、シロにいて欲しい。ただそれだけ。ここに入ればずっとシロといれる。欲しいものは勝手に出てくる。永遠にシロと遊んでいられる。たとえ自分が死んだとしても。もう苦しまないでいれる。私はそう思いながらシロを撫でていた。すると他の気配を感じた。今まで感じたことがない、不快感のような感覚だった。
「わん!」
シロは吠えるとその気配の方へ駆け出した。私もすぐに後を追った。気配の場所に着くとやはりそこには彼がいた。
落下の流れに身を流していた俺は、さっきの草原に着地すると、体も元に戻った。するとシロがこっちに走ってきて、俺に向かって吠え続けていた。
「歓迎されてないってことかな」
俺がそう呟いた時、女性がこっちにたどり着いた。その女性はシロを抱きかかえるとさっきもやったように、俺をこの世界から拒絶した。
「悪いけど諦める気は無いからな」
周りの風景が歪み、落下しそうな感覚に陥りながらそう言い放った。そしてエヴァの鍵を掲げた。すると落下しそうな感覚も周りの風景も元に戻った。
「どういうこと。どうして・・・」
天海はなぜ俺を排除できないのか焦っていた。
「さっきまでの俺は、お前のこと何にも理解してなかった。けど今は違う。だからこそ俺はここから離れる気はない。お前を助ける」
決意を込めた目で俺は天海を見つめた。もう時間もない。ここで助けないといけない。
「長瀬くん、さっきも言ったけど、その言葉は嬉しい。けど私はここでシロと生きることを選んだの! 自分が死ぬとしても!」
「生きていくことが辛いから。孤独が怖い。友達ができたとしてもいじめられた経験から友達を作るのが怖い。そしてどんな時も側にいてくれたシロがいない」
私は愕然としていた。なんで過去のこと、生きていたくない理由を彼は知っているんだろう。すごい恐怖感を感じ、それが表情に出ていた。
「ごめん。勝手に夢、覗いた」
「夢?」
「悪いとは思ってる。けどそれを知らないとお前を助けられないと思ったから」
彼が何を言ってるかわからないけど、私のことを彼は知った。その上でここに来ているということだけは理解した。
「お前がどんな辛い思いをしたのか。どれだけ寂しい思いをしたか。俺は見てきた。すごく、辛かったと思う」
「・・・。辛かったよ。なんで私がこんな目に合わなきゃいけないんだろう。なんで私には友達がいないんだろう。なんで私は孤独なんだろうって! ずっと、ずっと辛かった!」
私は徐々に感情的になって叫んでいた。
「シロが死んでから、その辛さは倍になったよ。生きてるのが辛くて辛くて。でも死んじゃうとパパママが悲しむからって苦しみながら生きてきた。でももう限界なの! ここで全てから解放されて死ねることが私の心からの望みなの!」
泣きながら私は叫んでいた。隠すことのない自分の本心を。
「それでも!」
彼は大声で遮った。
「それでもお前は死ぬべきじゃない。死ぬなんて許さない!」
「どうして! 私のこと知ったんでしょ? 私が辛いのわかるでしょ!」
「・・・。辛かったろうなって思った。自分がその経験したらどうなるだろうって思った。ただ、それだけ。だから、俺にはお前がどれだけ辛かったか、どれだけ苦しかったか、なんてどう頑張っても理解できない!」
「・・・どうして?」
「俺は長瀬優一で、お前は天海美咲だからだ。お前の辛さを苦しみを理解できない。でもな、思いやることはできる」
「思いやる?」
私は彼が何を言っているのかわからなかった。
「どういうこと?」
「お前が辛い経験、苦しみを味わったことは決して消えない。すごく辛いと思う。けどそれを背負って生きることを選んでほしい」
「なんで辛い思いをしてまで生きないといけないの」
「わからない。でも生まれた以上、寿命尽きるまで生き続けるべきだって思う」
「それは長瀬くんだからだよ。私はそう考えない」
「それでも。俺は天海に生きて欲しい。もう孤独なんかじゃない。俺が友達だ。俺はいじめとか子供じみたことは絶対しない。俺の周りの友達もそうだ。今のクラスは前のクラスなんかとは全然違う。もしいじめがあったとしたら俺が絶対に守る! 天海はもう孤独じゃない。友達いるし、これから増えて楽しくなるんだよ!」
彼はすごく真剣に私の目を見て言ってくれた。
「そんな保証どこにもないじゃん。私がいじめられない、孤独じゃなくなる保証なんてどこにもないじゃない!」
私は叫ぶと彼は左手で頭を押さえ、溜息をついた。
「天海みたいじゃないけどさ。俺も去年いじめられてたんだ。いや、いじめって言っていいのかわからない。俺は去年から校内委員の補助をやってたんだ。つまり全学校行事の運営の仕事ね。だからさ、昼休みだって教室にいない、放課後も委員会だから友達と遊ぶ機会がない。そうなるとさ、クラスの話題とか全然付いていけないんだ。教えてもらうのもためらう。気づいたらさ、みんなに無視され続けてたんだよ」
「クラスメイトから無視? 長瀬くんが?」
「そう。話しかけても軽くあしらわれたり、無視られたり。なんで俺がこんな目にあうのって思った。俺はみんなが行事を楽しめるためにって思ってやってただけなのに。そんな時に助けてくれた奴が居たんだ」
「助けてくれた人?」
彼は苦笑いをして話を続けた。
「佐藤っているだろ。ウチのクラスに」
「あ、あの、いつもノートみせてる?」
「そうそう。その佐藤。俺あいつと話したことなかったんだけどさ。あいつ、こんなこと言ったの。『そんなことしててお前らバカらしくねーの? 長瀬は行事のために時間犠牲にして色々してくれてるんだぜ? それをクラスにいないから空気扱いしようとかさ。高校生にまでなって何してんの?いい加減バカな遊びやめたら?』って。俺、嬉しくて泣きそうになったよ」
「あの佐藤くんが・・・」
「意外だろ? ちなみに空気扱いしようって言い出したのは尾木な」
「え、尾木くんって長瀬くんよく話してる・・・」
彼は笑っていた。
「そう。今は仲良くても、去年はそんなことがあったの。尾木は謝ってきたし、俺もクラスのこと考えてなくてごめんって謝って解決。そうしたら去年の文化祭で劇をやったんだけど、団結力のおかげか、1年生で優秀賞取れたの。すごいよね」
「みんながまとまったんだ・・・」
「うん。結構話ズレちゃったけどさ、1年から2年って数人のクラス移動しかないから、まぁ去年とほとんど同じメンバーなのよ。去年のことがあった以上、もういじめとかやろうするやつなんていないと思うし、今度は俺が守るから。多分佐藤に尾木もこっちで守ってくれる。それにみんな友達になる。これが保証だし、もうお前を孤独にさせない約束だ」
「・・・ 私。わ、私がいてもいいのかなぁ」
私は泣いていた。
「いていいんじゃない。いや、いるべきだ。天海は2年1組の大切なクラスメイトだ」
「ちゃんと守ってくれる?」
「約束する。これからの学校生活を超楽しくしてやる!」
彼の経験。それがあるからか、とても心に響いた。もともと長瀬くんと友達になったら何か変わるって思っていた。あの暖かい空間に私も混じれる。すごく嬉しい。楽しい学校生活やっと送れるのかな。
・・・でも、シロはいない。
「でもシロは。・・・いないんだよね」
「そうだな。でもさ、俺はシロはずっと生きていると思うんだ」
「生きてる? シロが?」
「うん。俺の考えなんだけどね。夢で天海はシロに会えたじゃん? ボール好きなのも覚えてて。そういう記憶が大切なんだと思う。俺たちが覚えている限り、シロは死なない。記憶の中でシロは生き続ける。もちろん実際にいなくて、寂しいとは思う。だけどそれに振り回されて、前に進めなかったらシロにも申し訳ないじゃん。シロのことを忘れずに生きていくことが、シロと生きるってことになるんじゃないかな」
彼の言葉はどうしてこんなに胸に刺さるんだろう。私を助けてくれる。シロとのことまで考えを教えてくれた。
「長瀬くん・・・ 私生きてていいのかなぁ」
声が震えていた。
「もちろんだ。生きてくれ。そしてクラスで、学校でたくさん思い出作ろう!」
「うっ、うっ、うわあああああああああん」
私は溢れる涙を止めることはできなかった。もう今までの思い全てが流れるようだった。生きていい。前に進んでいい。
「天海。こっちに来い。行こう」
彼は手を伸ばした。
そして彼女はその手を掴み、彼に引き寄せられた。するとエヴァの鍵が光り出し、この世界の風景が崩壊していき、彼と彼女は“落下”し始めた。
「長瀬くん」
落下している中、天海はしっかりと手を繋ぎながらこう言った。
「助けてくれてありがとう」
「おう」
そのまま彼女はスッと消えてしまった。そして俺はお茶会の部屋に落下した。
「痛てえええ」
俺は椅子に頭から突っ込んだ。
「お帰りなさい♪ まさか本当にゼルプストの部屋からあの子を助けちゃうなんて思わなかったわ♪」
「痛たたた。ったく、すっごい頭使ったよ。それより天海はどうなったんだ?」
「あの子はもう目覚めに向かったわ。あなた、まだ時間余ってることに逆に驚きよ」
天海は起きる。助けられたってことか。よかった。
「余ってるから、あなたにちょっと私の見解を言わせてもらうわ♪」
「あ? なんだよ。疲れているのに」
「自殺についてよ♪ “自分から死のうとするなんて間違ってる! 生まれた以上、寿命尽きるまで生き続けるべきだ!”とか言っていたわね」
「あぁ。どんなに辛くても自殺っていう選択肢は取っちゃいけないって思ってる。信じてる」
「私の見解はね、人間は簡単に自殺という選択肢を選べる生き物ということだわ」
「簡単に選ばないだろ」
「うふふ♪ 例えばとある人間が1日1日生きる毎に、山札からカードを1枚引くとするわね。元々手札に5枚カードがあるの。1日に1枚カードを山札から引いて、6枚の手札のカードから1枚を場に出す。そうね、例えば学校に行くってカードを出したとしましょう。それで1日は終わるわ。それが人生という長い間、毎日毎日やっていくの。するとある日、辛いこと、悲しいこと、絶望したことを経験しちゃうとする。そういうことがあった次の日、山札からカードを引くの。すると自殺のカードが来ちゃう。これを簡単に場に出しちゃうのが人間なの。どうにか耐えて違うカードを出しても気づいたら手札が全部自殺のカードになっちゃう。その末路は語らなくてもわかるわね♪」
「それが人間だっていうのか」
「ええ♪ 私が観てきた人間よ。今回のケースみたいに自殺のカードが消えることは極稀だわ。だからかしら、あなたたちにすごい興味を持ったわ♪ これからもよろしくね♪」
その言葉を聞くと俺は体が沈む感覚に襲われた。
「俺はそれでも自分の信念を信じる。お前のは間違ってる」
「証明して見せてね♪」
すると俺は“落下”していった。
「天海美咲もなかなか面白かったけど、長瀬優一。彼もかなり面白いわね♪ いつか壊れる日が楽しみだわ♪」
アッハハハハハハハハハハハハ
女性の声がお茶会の部屋にこだました。
天海美咲と長瀬優一を巻き込んだ夢の物語。これはまだ序章に過ぎない。この経験が、これからの試練が、彼女達に何をもたらすだろう。それはまだ誰も知らないお話。
第1章 完
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3章以降は本編をご覧ください。
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