元友人との摸擬戦
そんな訓練を始めてから一か月が経過した。
「……」
毎日剣を振っているだけだが、それはそれで楽しく充実した生活だった。
(57%です)
この一か月間基礎体力を鍛え、剣をただ振るってきた。ただそれだけにも関わらず、ユリトへの勝率が50%を超えた。
いくら戦闘系のジョブに就いているとはいえ、ユリトはまだまだチャンバラごっこレベルの剣術だろう。それなら勝率が五分五分でもそこまで驚くことではない。
とはいえ、最初三割程度だった勝率が上昇しているのは単純にうれしい。『測量』のお姉さんの声にも慣れて、今はこの機械的な音声に好感を抱くほどだ。
「まあ、兄があれじゃあね」
兄のウィリーは剣の鍛錬を始めたケインのことが気に食わないため、ますます態度が硬化している。いや、鋭利に尖ってきていると言った方が正しいか。
ともかく、顔を合わせれば無能だとか、無駄な努力は楽しいかなどと声をかけてくる。語彙が乏しいにもほどがあるその罵倒に内心苦笑するだけだ。もう少しバリエーションに富んだ罵りであるなら、顔を合わせるのも楽しいというのに。
まあ、2歳上だがまだ7歳児だ。小学1年生と考えれば十分すぎるほどに饒舌だろう。バカとアホ以外言えない中学生もいるくらいなのだから。
と、兄のことを残念な気持ちで思い出しているところへ元友人のユリトがやってきた。
「よおケイン、一人で練習中か?」
剣を肩に担ぎ、薄い笑みを浮かべながらユリトはケインへそう問いかけた。しかし、そんな彼にケインは何の反応も見せずに剣を振り続ける。
「おいおい、久しぶりに会った親友に冷たくないか?」
「別に、普通でしょ」
最近のユリトは、同い年の戦闘ジョブに就いた子たちに模擬戦を申し込んでは圧勝している。そのため少し、いやかなり調子に乗っていた。
「俺は剣闘士という、剣に特化したジョブを神にもらった」
神にもらった、ねえ?この世界に来る前の人格と出会っている身としては、その言葉は受け入れがたい。自分だけが特別だなんて思っていないし、周りも同じようにジョブ選択はしているだろうと思っている。
神に会った記憶がどうしてみんなから消えているのかは謎だけど。
そんなケインの薄い反応をどう勘違いしたのか、自称親友は自慢げに語り始める。
「俺にとってこのジョブはまさに天職と呼べる。だが、悲しいかな。それゆえ同い年でライバルがいない」
「兄さんと戦っていれば良いじゃないか」
「ウィリーさんはレベルが違う。俺なんかじゃ足元にも及ばないさ。ライバルどころか、肩を並べることすらおこがましい」
なんだこいつ。
「それで、一つ上のやつらも同じように戦ったが、どれも雑魚でなあ」
ニタニタと笑いながら剣でポンポンと肩を叩く。
「何が言いたいの?」
「退屈なんだよ。ウィリーさんは今日、警備隊に参加していていないしな。そこで、お前に未来の最強剣士であるこの俺ユリトとの対戦権利を上げようと思ってな」
自分の腕を客観的に認識できているのかどうか分からない発言だ。まぁ、未来の最強の座には僕が就くつもりだし、何を言うのも自由なんだけどね。
と思いつつも、一応突っ込んでおいてあげよう。
「『兄さんとレベルが違う』と言っておきながら最強なんて名乗るんだね」
「当り前だ。ウィリーさんも言っていたが、目標はでかい方が燃えるだろう?それに、師匠を超えるのは弟子の役目だ」
「そっか。頑張ってね」
ケインはそう言って素振りを止めた。測量のお姉さんが『百』と言ったからだ。視界の端で汚い言葉と表情を浮かべるガキと比べたら、まさに天使と言える声だ。
そんな癒しを感じているところに再びクソガキが吠え始める。僕に構わないでくれ。
「終わったか?それじゃ、模擬戦といこうじゃないか」
今まで無視していたくせに、いきなり話しかけてきて『摸擬戦をやろうじゃないか』と言ってくる自称親友。自己中すぎて関わりたくないわ。楽しく測量のお姉さんと喋っていた(ほぼ一方通行)のに邪魔してくれて。地味に腹が立つ。
『ねえ、この生意気で憎たらしいイキったクソガキと今戦ったら勝率どれくらい?』
(61%です)
さっき聞いた時より勝率が上がっている。なんだろう、この憤りがパワーを増幅させてくれているのかな。
「まあ、いいよ」
勝率は決して高くない。しかし、逆に考えてみよう。こちらの勝率が61%ということは、相手の勝率が39%ということだ。もちろん引き分けの可能性もあるだろうが、それを加味すると更に相手の勝率は下がる。なら、分が悪い勝負じゃない。
ケインは先ほどまで振っていた疲れを見せることなく、スッと剣を構えた。その姿は平凡だ。剣術を習っているとは思えない、素人のようなものだ。事実ケインは誰にも師事していないので、素人感があるのは当たり前。
そんなケインの対戦相手であるユリトは多くの相手と模擬戦をしたことで、ある程度相手の技量を見抜くことができる。そんな彼は『ケインは平凡だ』と評価した。
「まあ、精々頑張ってくれや。一瞬で終わられると俺も暇つぶしにならないんでね」
安い挑発だな、と思いながらケインは切っ先をユリトの喉に向ける。
「いつでもどうぞ」
勝てる保障なんてどこにもない。確率的には勝てる可能性が高いものの、それでも6割だ。決して高いと言えない数値。だからこそケインは、一切の油断なく構えているのだ。
相手を返り討ちにする、カウンターを狙って。
「では、お言葉に甘えて」
そう言ってユリトは地面を蹴る。しかし、その動作はあまり早いとは言えない。なぜなら彼は、前に進む瞬間に右足を後ろに引いたからだ。あんな動作を見せられればこれから前に進むと教えているようなものだ。
「はっ!」
キンと刃がぶつかる。
「へえ、俺の初撃を受け止めるとはやるな」
「はあ……」
よくわからない。普通に来ると分かって、剣を振り上げたのが見えた。だから頭の上に剣を構えただけだ。それだけで褒められるなんて馬鹿にされているんじゃないかとすら思える。
基本的に初撃は防がれることを想定しているものだと思うのだけど、違うのかな?先に攻めたんだから、カウンターを警戒しつつ相手に攻撃の隙を与えないように攻めていく。これが普通じゃないのか?
そう思いつつ、油断しながら離れているユリトに向かって反撃する。
「なっ!」
どんな想定をすればこの瞬間驚けるのか聞きたくなる。まさか先の一撃で怯むとでも思っていたのだろうか?
胴体を狙って右から左に剣を振るう。慌ててユリトはその場所に剣を置くが、その体勢にはどう見ても無理がある。腕だけで剣を左わき腹の所に持ってくるのだ。右ひじを上にあげ、柄頭が上、切っ先を下にする形で防御している。当然右わき腹ががら空きだ。刃が当たった瞬間、素早く剣を身体とは垂直方向になるよう引く。すると、自分の脇腹に剣が装填されるような体勢となる。
「ふっ!」
そのまままっすぐ剣を空いている右わき腹付近に突き出す。ケインの一撃を無理に受けたせいでユリトはまだ迎撃体勢が整っていない。この状況で彼が取れる最善は右ひじを後ろに引くことで自分の前面を剣で薙ぐことだが、そこまで頭が回っていない。ケインの異常すぎる状況判断のスピードにまったくついていけなかった。
「がああああ」
模擬戦ように刃が潰されているものの、鉄の棒が腹に突き立てられたのだ。猛烈に痛いだろう。ユリトはその痛みにあえぎ苦しんでいる。
地面を転がり、脇腹を抑えて苦しむユリトを見下ろしながらケインはポツリと思った。
「弱いなあ」
ユリトは一通り苦しみ終えたと思ったら、薄っぺらい捨て台詞を吐いて立ち去ってしまった。いや、逃げ去ったと言った方が適切かもしれない。
『ねえ、さっきの模擬戦さ、評価するとしたら何点くらいかな?』
(75点ですね)
微妙な点数だなぁ。まあ初めての模擬戦にしては上々かな。そう思いながら測量に色々問いかけてみる。
『僕って剣の才能があるのかな?10点満点だとどれくらい?』
(3点ですね)
『なんか厳しくない!?』
しかし、神である測量のお姉さんが言うのだからそうなんだろう。
『……3点かぁ』
地味に凹むが、それは事実だろう。きっと相手が油断していたから勝利できたんだと思う。少し高得点なのは、その油断を見抜き突くことができたからなのかもしれない。もし本気で挑まれていれば、初撃後に一旦離れるなんていう愚策は取らないはず。
「やっぱり運がよかったのが大きいのかもね」
もしあのまま連撃を繰り出されていれば、こちらの腕が先に限界に達したのかもしれない。反撃の隙を見つけられずそのままやられてしまった可能性もある。
「……がんばろ」
あの油断しまくったユリトを倒した程度で、自分は強いと言えるわけじゃない。まだまだ上には上がいる。ウィリーもいるし、父もいる。ジョブ的にも白騎士の上がいるのだ。そう考えれば今日の一勝は大きいが、一生で見れば小さい勝利だ。油断なく、慢心せずに鍛えていこうと決意を新たにしたのだった。
勝って兜の緒を締めよ。
序盤でも説明しましたが、この世界はジョブの種類によって見られ方が変わります。とはいえ身を置く場所次第では評価が変わるジョブもあるのですが、現在ケインは『力こそ正義』の田舎町にいます。そんな場所で戦闘系ジョブでない彼をユリトが本気で相手をするわけがありません。そこをケインが突いたことで勝利を収められました。