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やっぱり測量士は最強じゃない  作者: ののくにく
序章(リアドの町)
4/20

就職の儀おわり

「誰もいないのか?」

 暗転直後、爺の姿も認識できなくなる。真っ暗なこの場所、まるで宇宙のど真ん中に放り出されたかのような感覚だ。ふわふわとした浮遊感があるようで、地面のような何かが足裏に当たっている感覚が伝わってくる。

「お?」

 遠くに僅かな光が見えた。そしてそれは次第に近づいているように感じる。もしかしたら自分が動いているのかもしれないが、そこはわからない。

「なんだこれ」

 その光に包まれた瞬間、とある人物の視覚を共有しているかのような感覚に陥る。

 どうやらこの視覚の主は子供らしい。金髪の女性が胸を出して視覚の主に対して母乳を与えている。まるで自分が与えられているように感じだ。とはいえ、視覚以外の情報がゼロなのでそう予想するしかできない。

 それからどんどん視覚の主は成長していった。その過程でこれから行くらしい世界の常識を学んでいく。ジョブに対する認識や重要性。自分が選択した『測量士』が下位ジョブとして蔑まれていることも理解した。

「あの爺さん、そのあたりのこと全然話さなかったからなぁ」

 どうやら必要な容量が多いジョブほど評価されているらしい。そして、戦闘系のスキルが重宝されていることも知ってげんなりする。

「これ、かなりハードモードじゃない?」

 もしこの視覚の主が自分の転生先とすれば申し訳なくなる。美形なのにすまない。

 というか今は自我があるけど、そのうち自分も消えてしまうんじゃないのかな。だってこの視覚の主が自分の転生先だったならば、もう既に自我は持っているはず。色々なことを考えて必死に生きているはずなのだ。自分がもしジョブの付属品としてこの記憶が保たれているだけだとしたら、この視覚の主が5歳を迎えてジョブを入手した瞬間、彼に取り込まれて自分は消滅してしまうのではないだろうか。

「悲しいな」

 目の前ではジョブに就く1カ月前の映像が流れている。この子が自分であるなんて思えない。ただ人の視覚を録画したものを流されているような感覚。自分の意思で動かせない、ただの映像だ。何の感情も浮かんでこない。

『お二人とも祝福を賜りましたね。それではこちらへ』

 神父らしい中年の男性がそう言う。そして、視覚の主であるケインが紙に触れた瞬間、映像が途絶えた。




「だ、だれだ!?」

「……」

 突如目の前に二十代前後らしい青年が現れる。彼は特に何かを口にすることなく立っている。

「死んでいるの?」

 就職の儀を終えたばかりのケインは青年の顔を覗き込む。

「死んでない」

「ひっ!」

 青年がポツリと呟き、電源が入ったかのように動き出した。

「ここは……さっきと大差ない場所みたいだね」

 青年はキョロキョロと辺りを見回す。とはいえ、この場所は先程まで青年がいた場所と同じような、全面真っ暗だ。そんな中、彼は目の前の少年の姿だけをしっかりと視認できた。そして、微笑を浮かべて少年に話しかける。

「初めまして、ケイン君」

 いきなり初対面の人間が自分の名前を呼んだことに驚愕し、ケインは警戒するように返事をする。

「な、なんで僕の名前を?」

「さっきまで君の人生を見てきたからね」

「ぼ、僕の?」

 彼が何を言っているのか理解できないが、彼の表情は真剣だった。

「僕は君に転生する予定らしい。まあ、既に5歳となって自我をキチンと持っている君に転生なんて矛盾しているけどね」

 生まれ変わる、ゼロから始めることを転生と言うんじゃないのかな?と不思議そうに首を傾げている。

「よ、よくわからないけど……」

 さすがに5歳に理解させるのは難しいか、と青年は苦笑する。

「まあ、君は何も気にしなくてもよいさ。しばらくすると僕は消滅するだろうからね。僕が出来るのは『測量士』の特性やスキルを教えてあげるくらいだよ」

「『測量士』?」

「君が就くジョブだよ」

 それを言われてケインは少し顔を顰める。世間で『測量士』が下位ジョブとされているからだ。五段階評価では1か2と言われている。戦闘系のスキルを懸命に身に付けてもジョブ補正のある戦闘ジョブには敵わない。普通なら。

「そんな嫌そうな顔をしないでよ。このジョブはかなり強いよ」

「……ほんとに?」

 希望が少し混じるものの、胡散臭げな声色で青年に問い返す。

「本当だよ。まず君は数学について勉強するんだ。そうすることでこのジョブの使い方がわかるだろうからね」

「すうがく?」

 ああ、そういう特殊な学問は一般的に知られていないのか。

「うーん、全部を説明するにはかなり時間がかかるからなあ。とにかく数字に関する勉強をしてくれ、としか言えないかな」

「わ、わかった。頑張る」

 ケインがグッとこぶしを握る。かなり記憶が薄れているが、従弟がこんな感じだったな、とふと思い出してしまう。

「まあ、それは頑張ってとしか言えないかな。で、スキルなんだけど『高速思考』と『並列思考』だ」

「?」

「『並列思考』は自分の中にもう一人の自分が現れるような感覚があるんだ。注意点としては、絶対にもう一人の自分を拒否しないことかな」

「お兄さんみたいな人が出てくるの?」

「ははは、そうだね。僕もその並列思考によって生み出された自分なのかもしれないからね。ある意味もう一人の君とも言えるだろうね」

「じゃあ大丈夫!仲良くできるよ」

 ケインのその言葉に青年の顔に微笑みが浮かぶ。純粋なのか単純なのか愚かなのか。五歳にこんな感情を抱くのは悪いと思いつつ、頭大丈夫かな?と青年は思ってしまった。

「まあ、これくらいだよ」

 『高速思考』や『全言語理解』などをわざわざ説明する必要なんてない。並列思考があれば『高速思考』のデメリットはないと爺が言っていたからだ。後者は名前のままだし別に大丈夫だろう。

「まあ、『並列思考』を拒否せずに数学を勉強すれば『測量士』として活躍できるはずだよ」

 青年はそう言ってケインに対して手を差し出した。

「僕はここまでかな。ここから先は君の人生だ」

 青年は悲壮感のある笑顔を浮かべる。

「僕が生きた時間はあまり長くなかった。だから、君がそれよりも長く生きてくれることを願っているよ」

「……うん。わかった」

 ケインはスッと青年の手に自身の手を重ねる。そして、キュッと握手を交わした瞬間、世界が白く染まった。




「……」

 目を開けると目の前に『測量士』と書かれた紙があった。どうやらジョブ判定紙に触れた時点に意識が戻ってきたらしい。ケインは取得したスキル『高速思考』と『並列思考』によってそれを瞬時に理解する。

 なぜだろうか、少し今の状況に僅かな違和感がある。脳内にもう一人の自分がいることはわかるのだが、その記憶に知らないものがある。

「っ!」

 頭がズキリと痛む。反射的に左側頭部を左手で抑える。そのままよろめいて膝を付く。

『『どうなっているのかな?僕は誰?君は誰?』』

『『僕は僕だ。君は君。どちらがケイン?僕の記憶は偽り?君の記憶は偽り?僕の歩んだ人生は偽物?君の歩んだ人生は偽物?』』

 聞き覚えのある二つの声が脳内に響く。

『『いや、それは間違いだ』』

 その瞬間、儀式直前まであった五歳のケインが築いていた自我は崩壊した。

『『僕は君で君は僕だ。僕がケインで君もケイン。僕の記憶は本当で君の記憶も本当だ。僕の歩んだ人生は事実で、君の歩んだ人生も事実だ』』

 じゃあ僕は、一体誰なの?

『『僕はケイン。この世界で生きる「測量士」だ』』

 その言葉を最後に、頭痛が治まる。

「大丈夫かい?」

 脂汗を浮かべたケインに神父が手を差し伸べる。ケインはゆっくりと何かを確かめるように彼の手を握った。

「大丈夫、です」

 そして、地面の存在を感じようとしっかりと踏ん張った。

 何があったのかを思考する。その瞬間、ケインが知らなかった知識が脳内に走る。そして、今までの人生で感じてきた感情も共に想起される。まるでそれらが新しい情報であり、新鮮さを脳が感じているように思えた。

「僕は、ケイン……」

「ああ、ケイン君は『測量士』だ。就職の儀はキチンと終わったよ」

「……ありがとうございます」

 まだ少し頭が整理しきれていない。脳が落ち着くのを待った。

 それを眺めていた隣の少年は面倒そうに頭を掻いた。

「……神父さん、俺帰ってもいい?」

「ああ、大丈夫だよ」

 神父の言葉を聞いた少年は無言で教会の出口に向けて歩き出した。一瞬チラリとケインのことを一瞥したが、その瞳には蔑みの感情が含まれていた。

『『僕の記憶は君に有用。君の記憶は僕に有用。身体は一つだから僕らも一つになろう。記憶の共有はもう終わる。これから僕らは共に歩む。生も死も僕らは共有。手を取り合って生きていこう』』

「そうだね」

 二人の声の意味を理解した。きっと今まで生きてきたケインと転生前の青年だろう。彼ら二人が並列思考によって発現し、和解した。

 では今ここに立っているのは誰なのか。それは彼本人にもわからない。ケインと青年の二人が融合した、新しい自我であると考えるのが一番だ。

「『測量士』の有用性、数学の知識、家族に対する感情、友人の名前、身体の感覚。すべて問題なし」

 小さく確認したケインはキュッと左手を握り、右手にジョブ判定紙を持った。そして、神父に一礼をして教会の出口に向かった。その姿は数刻前の少年とは全くの別人だ。まるで数十年を生きた大人のように広い背中だった。




「お疲れ様ケイン、どうだった?」

 一足先に出ていた少年が少し離れたところで盛大に祝われているのを横目に、母親がそう問いかけてきた。その後ろに父親と兄、姉と妹が立っていた。

 もちろん、彼の返答は一つだ。満面の笑みを浮かべる。

「僕にピッタリのジョブだったよ」

「それは良かったわ。それで、ジョブは何だったの?」

 母親の問いかけにケインは胸を張って答える。自分が選択したこのジョブがどれほど素晴らしいものかわかっているからこその態度だ。

 しかし家族はジョブ名を聞いた瞬間顔を顰めた。一般に下位ジョブ、いや、最低レベルに使えないジョブだからだ。そのジョブを自信満々に発言したケインのことを心配するように、母は彼の頭をやさしく撫でた。


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