就職の儀
読んでくださりありがとうございます。
俺つえーとかハーレムの予定はありません。
この世界では全ての人種にジョブと呼ばれるものが割り当てられる。このジョブによって様々な特殊能力を得ることが出来るのだ。そのため、個人の価値はこのジョブによって決定づけられる。
当然ながらその価値には序列が存在する。何かに数字を付ければ、差が発生してしまう。昔はジョブによる貴賤はなかったのだが、数千年の経過によってジョブによる差別が発生しているのが現状だ。就くことが難しいジョブや能力の高いジョブほど重宝され尊敬される。その逆に能力が低いと判断されるジョブに就けば成り上がるのは難しい。
そんな世界で、外れジョブと言われている「測量士」に就いたイレギュラーな少年。
彼を中心とした物語である。
五歳になると、教会で神からジョブを授かる儀式を行うのがこの世界の通例である。この儀式を行った瞬間からジョブに関する特殊能力が発現する。ジョブを得た後の戦闘能力は天と地の差がある。だから、五歳未満の子供は誰もがこの儀式に憧れを持っている。
だが、ジョブによって戦闘に向くものと向かないものがあるので、戦闘能力については一概には言えないのだけど。
とはいえ、ジョブを持つことは大人の仲間入りを果たすことと同義だ。貴族以外ならジョブによる当たり外れもないので、気の持ちようではある。
「おぉ~!」
まだジョブに就いていない普通の少年であるケインは、儀式を終えた友人の姿を離れた場所から眺めていた。
「ジョブ貰ったのかな」
この世にジョブのない人間はいないので、この独り言は質問ではなく確認だ。自分よりも先に大人の仲間入りをした友人のことを少しうらやましく感じていた。
ケインも来月には儀式を行う。楽しみ半分不安半分といった心境だ。教会から少し離れた広場の隅にあるベンチから腰を上げ、自分より先を歩く友人に祝いの言葉を届けようと歩み始めた。
教会周辺には友人の親類や友人、神父が立っている。その表情は笑顔に満ちているから、おそらく良いジョブだったのだろう。
「ユリト、お疲れ様」
ケインは軽い口調で笑っている友人へ声をかける。
「ああ、ケイン。ありがとうな」
ユリトはそう言いながら腰に手を当てる。
「俺『剣闘士』になったぜ」
「おー、剣闘士なんだ。良いジョブだね、おめでとう!」
「へへへ」
ユリトは心底嬉しそうに笑う。無邪気なその笑顔に釣られてケインも少し頬を緩める。
ユリトはずっと「剣士として名を上げたい」と語っていたので、その夢が叶った形となる。満面の笑みを浮かべるのも当然だった。
「さすがに『聖剣使い』や『剣神』じゃなかったけど、それでも剣のジョブだからな。俺にピッタリだ!」
「うん、ユリトにとってはまさに天職だね」
就職の儀が近いということで色々両親と話しているときに聞いた言葉を友人に送る。自分に合ったジョブのことを天職と言うらしい。ケインは今のユリトに送るのが最も相応しいだろうと思い口にした。
そうして二言ほど言葉を交わしてケインはユリトに別れを告げた。
ジョブをもらった後は大体の家ではそれを祝う。そして、明日からそのジョブに応じて訓練を始めていく。彼の場合は剣の修行を始めるだろう。
「……」
羨ましい、と思うケイン。その直後、なぜか嫌な予感がした。ケインはバッと周囲を見回す。しかし、そこには見慣れた田舎感たっぷりのいつも通りの風景しかなかった。
「気のせい、かな?」
無理やりその予感を意識の外に追いやった彼は自分の家に向かって駆け出した。
「おかえりなさい、ケイン様」
「ただいま」
ケインは庭で掃き掃除をしていたメイドに挨拶を返す。
「今日はユリト様が就職の儀だったと思うのですが、いかがでしたか?」
彼女はケインとユリトが友人であると知っている。時間的に彼の儀式が終わった頃合いなので、軽く挨拶をして帰ってきた所なのだろうと彼女は判断した。
「ユリトは剣闘士に就いたみたいです」
「剣闘士ですか。剣が大好きなユリト様にピッタリのジョブですね」
「そうですね。うらやましい限りです」
ユリトは頻繁にケインの家にやってきては、共にチャンバラごっこをしていた。そんな二人の姿を見てきた彼女はやわらかく微笑んだ。
来月にはケインがその儀式を受ける。その時、同じような言葉を口にできることを願いながら彼女は彼の背中を見送った。
翌日、ユリトはケインの家にやってきた。
「アストラさんいる?」
ユリトが会いに来た人物はケインの父であるアストラだ。アストラはこの町で最も強い人物として多くの人間に頼りにされている。町の警備隊の隊長としても活動しており、治安維持に一役買っている。
この町では最強のアストラに憧れを抱いているユリトは、剣を専門に扱う剣闘士のジョブに就いたことで弟子入りを志願しに来たというわけだ。
「はい、アストラ様ですね。少々お待ちください」
昨日庭で掃き掃除をしていた三十代のメイドはゆったりとした動作で頭を下げ、客人を待たせる。
その様子を遠巻きにケインは眺めていた。
「……」
なぜだろうか。今日はユリトと顔を合わせたくない、という気持ちを抱いでしまった。きっとこれは昨日から感じている、黒い予感だ。本能なのか、奥底に眠る本性なのか。今まで自覚していなかった嫉妬という感情なのか。幼いケインにはまだそれらをしっかりと判別することはできなかった。
一か月後、ついにケインが就職の儀に参加する日がやってきた。この日まで謎の感情は拭えていないままだった。今まで一緒に遊んでいたユリトと少し疎遠になってきた。今まで無意識に出来ていたはずの会話もできなくなった。笑顔もぎこちなく、それを彼は自覚していた。
ケインの父アストラはそんな息子の様子に気づいていたが、ジョブを先にもらった友人とどう接していいのかわからないのだろう、と思い特に何かを言うことはなかった。
「それでは、本日の就職の儀を始めます」
就職の儀と言われているが、特別なことを行うわけじゃない。ただ教会で神に祈りを捧げるだけだ。自分が五歳を迎えたことの報告と神への感謝。それを済ますことで神からの"祝福"を得られる。その"祝福"を一般的にジョブと呼んでいる。
教会でなくても5歳を超えた人がただ祈るだけでもジョブはもらえる。しかし、その場合は何のジョブをもらったのかが不明なのだ。ジョブを認識するためには神父が必要となる。
「お二人とも祝福を賜りましたね。それではこちらへ」
神父などの聖職者が使える魔法によってジョブが自覚できる。加えて、特殊な紙を持たせることでその紙にジョブの名前が記載される。
謎のシステムであるが、触れば自分のジョブ名が浮かび上がるハイテクな紙なのだ。
ケインは隣に立っている少年と共に、神父が持つ紙に触れた。
「――っ!」
その瞬間、ケインの頭が真っ白となり、意識が遠のいた。