勇者とは
「レイさん、わたし近接戦闘の訓練ばっかじゃなくて、魔法もっと教えてほしい!」
「まだ早いなぁ。おっと隙ありっ」
「あ、引っかかった!」
「なーんちゃって。はい一本」
「ふぎゃっ」
わざと胴をがら空きにして攻撃を誘うのは悪くないが、あからさまだとバレバレ。俺は引っかかる振りをして、バランスを崩したと勘違いしたミライの頭に木剣を振り下ろす。寸止めではない。ある程度痛みに慣れておくのも必要なことだからだ。
「で、なんだっけっか」
「魔法!」
「あー魔法ね。まだ当分先だな」
「ぶー。なんで? クラスメイトのみんなは訓練の時、魔法も教わってたよ?」
「ミライにはオールラウンダーになってもらう予定だから。攻撃魔法を使い始めると視野が狭くなる。無意識に接近されることを身体が嫌がって逃げ腰になったり、詠唱に気をとられたり。周りの環境に気を使ったり、瞬時に適切な魔法を使えなかったりもするな」
「でもそーゆうのって徐々に慣れていくモノじゃないの?」
「効率が悪い。まずは戦闘勘を鍛える。戦闘勘を養うのは近接戦が一番の近道だ。間近で相手の動きをよく見て、勝手に体が反応するようにしてしまえば、魔法を修得した時にどんなに切羽詰まった状況でも考えるより先に適切な魔法を使えるようになる。それと戦闘勘が上達すれば、急増の仲間にもある程度動きを合わせることが出来るようになる。いいこと尽くめだ」
「なるほど。ちなみに攻撃魔法ってどんなのがあるの? 同級生が大きな火の玉を飛ばしたりしていたのはよく見かけたんだけど」
「そんな実用性のない魔法を教えるつもりはない。なぁに心配するな。スキルに頼らない俺のオリジナル魔法をたくさん教えるつもりだ。楽しみにしておくんだな」
とまぁ余裕そうな感じを出してみたものの、内心焦りまくりである。サバイバルから帰ってきたミライのステータスプレート
ミライ・ユウキ 15歳 女 レベル17
職業:勇者
筋力:110
体力:130
耐久:110
敏捷:375
知力:100
魔力:100
スキル:言語理解・気配察知・魔力感知・逃げ足・不意打ち補正・魔力吸収・初級短剣技術・念話
予想はある程度していたが、これはあれだろうか。レベルアップによって自動的に覚えることが出来るスキルは無いと考えた方がいいのだろうか。珍しいことではないが、勇者の職業でそれはどうよ。チートっぽいスキル一個でもいいから覚えてほしかった。
「しかしこれは面白いな。鍛えがいがある。ふっふっふ」
「何か言った?」
「いやこっちの話」
いかんいかん、思わず変な笑いをしてしまった。
「いち、に、さん、しっ」
ミライは今、俺の指示に従ってトレーニング中。片腕で倒立しながら腕立て伏せ。本人は最初の頃とは打って変わり軽快に数をこなしている。もちろん常に魔力操作の訓練をしながらだ。魔力による筋力強化は許していないが。
「ほう、出来るようになったな。筋力のステータスが上がったからか」
「うん、まぁねっ。まだまだ余裕!」
こういう類のトレーニングは毎日させている。が、したところでステータスは上がらないため、知識があったとしても実行する者などいないだろう。この世界で強くなるにはレベル上げでステータスを上げ、良いスキルを覚えていくのが常識。しかし俺は無意味なことはさせない。しっかりとした意味がある。
「しかしあれだな。さっきからパンツが丸見えだな」
「っ!」
あ、盛大な音を立てて倒れた。痛そう。
「今更隠しても遅い」
「みみみ、見えてたんだったら教えてよ!」
「別に減るもんじゃないし良いだろ? そんな服を着ている方が悪い」
「これレイさんが買ってきたんじゃん」
「どこかの誰かさんが無一文だったからな」
「…………」
ワンピースを着ながら倒立したらそりゃ何もかも丸見えになるわな。おへそまでバッチリ見えてました。眼福眼福。
「俺は少し出掛けてくるけど、しっかり今日の分のトレーニングはしておくんだぞ」
「なぜかサボったらばれるし、しっかりやりますよぅ」
口をとがらせてながらも彼女は次のメニューに取り掛かっていく。
「ボス! いよいよ今日の夜決行ですね!」
「その通りだ。お前ら手筈は覚えているな?」
「もちろんっすよ! 全員で突入して、ターゲットの女を攫ってそのまま逃げればいいんっすよね!?」
それは作戦というのだろうか。
「……ああ、その通りだ」
「へっへっへ。ボスに褒められちやいやした。おい、お前ら! ボスのためにもこの作戦、必ず成功させるぞ!」
「「「おう!」」」
村長の家で、男たちがそんな会話をしていた。
♦♦♦
「レイさんお帰りー。遅かったけど何してたの?」
「盗賊団のボスとしてお前を攫うための計画の話をしてきた。そして今夜決行することに決まった」
「ふーん……は?」
ソファーに寝転がってレイ所有の本を読んでいたミライは、途中まで片手間程度で聞いていた俺の言葉に固まる。
「わたし寝不足かも。おかしな幻聴が聞こえたもん。やだなぁ、もう。今日は早く寝よっかなー」
「……」
「何か言ってよ!?」
「何か」
「そんな使い古されたボケ今言う!?」
ふー、ふーっと荒い呼吸を繰り返すミライ。彼女はどうやらカルシウムが足りないらしい。
「盗賊団がここに今日来るの? どうしよう、今のうちに逃げた方が」
「む。俺が裏切ったとか思わないのか? もしくは最初から全部だましていたのか、とか」
「え。そんなの……思うわけないじゃん!」
何言ってるのというような彼女の目。本気で微塵も俺を疑わなかったらしい。これは意外……かも。人間というのはコロコロと気持ちが移ろっていくもの。今日の敵は明日の友という言葉があるが、その逆はもっと多い。“疑惑”という言葉がその最たるものだ。浮気疑惑、スパイ疑惑など。本来このようなものはあってはならない。本当に信頼できる者同士なら、疑惑より先にそうなった原因を考えるべき。何かを信じるということは簡単にしてはいけないことなのだ。故に
勇者は何かを疑ってはならない。一度救うと決めたものは何があっても救わなければならない。一度信じたものは何があっても信じなければならない。
だからこそ、救うと決めるまでの工程が一番大切。何を信じるか決めるのは簡単なことではないのだ。
「わたしはレイさんを信用してるからね!」
「……」
ま、俺の仕事は勇者を立派に育てることだ。その点で言えば今回はまぁ、素質はあるようだな、うん。弱っちいのは変わらんけど。
「こほん。まぁ、そうだな。俺は別に本当の盗賊団というわけではない。これはお前のために用意した最終試験(初級の初級のそのまた初級編)だ。今回は盗賊団の奴らと戦ってもらう。お前一人で」
「え」
「言いたいことは分かるな?」
俺のその言葉に彼女は緊張した様子でのどを鳴らす。
「それって、殺せってこと?」
「そうだ」
「捕まえるだけじゃダメなの?」
彼女に限った話ではなく、人を殺さずに済ませたいと思うのはわかる。わかるが……
「別にいいぞ」
「え、いいの!?」
予想外の言葉だったのだろう。目を丸くするミライ。
「もちろん。だがここには悪人を突き出せるような場所はない。辺境だからな。二度と悪さをしないと誓わせて逃がすのが関の山か」
「それならわたし、出来る気がする。わたしだってもうゴブリン相手にだったら後れを取らなくなったし」
「でも、奴らはお前がこの村を去った後、またここの村人に手を出すんだろうな」
「え?」
「今度は十中八九犠牲者が出るな。女性は奴隷として売り飛ばされるかも」
「そんな……わたしどうしたら」
「優先順位を決めろ。勇者ってのは優しい奴のことを指す言葉ではない。勇気のある奴のことでもない。何かを守るために、決断出来る奴のことを指す」
「わたしには出来ないよ」
「どうかな。今から少し村の中を歩いてこい。俺は寝るから」
そして俺は黒猫の姿になって丸くなる。それから少したって家の扉が開く音を聞いた後、欠伸をして夜まで寝ることにした。
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