針地獄
ミライという女勇者のサポートをすることになったレイこと俺。はっきり言わせてもらおう。この女は勇者ではない。魔力0の勇者なんて認めん。何もできないじゃねぇか。知ってる? スキルを使うのにも魔力って必要なんだよ? 多分君の気配感知のスキル……発動していなかったからね。というわけで荒療治をすることにした。
「はーい、お客さん。痛くないですからね~」
「ひぃぃ」
両手にたくさんの針を持っている俺に跨られて怯える彼女。
「動いたら痛いよ?」
「ふぇぇぇぇ。何でこんなことに~!」
しょうがない、説明しよう。はっきり言って魔力0は話にならない。ので、強制的に魔力を外から蓄えることが出来るように体に存在する点穴を針で刺激して、そこに在る魔力を溜めれる器官を目覚めさせようということだ。この世界ではステータスを介して、魔力が溜まり、魔法やスキルを使って消費、そして自動でゆっくり回復していくのでこの作業はこの世界の技術体系には存在していない。この世界以外の技術を持っている俺だからこそ為せる業である。ちなみにだが魔力0という存在は彼女のように別の世界から来たというイレギュラーでない限りありえない現象。魔力は基本、誰にでも備わっているものだ。
「はい、胸から手どけて」
「手どけたら丸見えになっちゃうじゃない!」
「大丈夫。谷間なんてないでしょ?」
「寄せればあるもんっ」
「夢は寝てから見ましょうね。はーい、じゃあ穿ちまーす」
「そ、それっ……太すぎなんじゃ、ぅぅぅ~」
深呼吸深呼吸。い大間違えれば大変なことになる。気合を入れて
「ほあちゃああああああ!」
「~~~っ!!」
残像を残して腕が8本に見えてしまうほど素早く少女の体に針を刺していく。
「やっ、そこは……んん!」
「もぞもぞしない! よし、次は腕を大きく上に伸ばして」
「……!!」
「ふむふむ、胸はないが脇は綺麗なものですな」
「み、みるなぁ~」
それにしても、ふぅ、暑い。汗で針がずれないように気を付けなくては。
「一先ずはこんなもんだろう」
「もう終わったの? って針刺さったままなんですけどぉ」
全身に針が刺さったまま不満そうな声を上げる少女。なかなか肝が据わっている。
「もちろん終わりではない」
「ですよねっ」
「次は魔力を実際に取り込んでもらう。これで新しいスキルを取得できるはずだ」
「もうここまで来たら何でもやってやります!」
あられもない姿を晒し続けた彼女は今更何が来ようとも平気だという顔である。だが甘いな。砂糖菓子よりも甘いぞその考えは。
「な、なんですかその笑顔は」
「ふふふ。いや何でもないとも」
「やっぱり少し休憩でも……」
「問答無用! とりゃっ」
彼女の全身に刺さったままの針に俺は自分の魔力を流し込む。
「な、何!? 何なのコレ、奥の方がジンジンしてきて、ちょっ、待っ、これヤバッ」
「何か感じるか?」
「か、感じるぅぅ。何なのコレぇぇ。すっごくくすぐったいよぉ」
「それが魔力だ。慣れてきたら自分の身体に抑え込むようにしてみろ」
「ふんぬぬぬぬ…………」
「魔力が漏れ出そうになっても我慢しろ。おしっこを我慢するみたいに」
「へ、変な言い方するなぁ~」
体をビクンビクンさせながら必死に魔力を蓄えようと堪えるミライ。しかしなんとか成功したようである。俺も針が抜けたり点穴以外の場所にずれたりしないようにサポートはしてやった。
「はぁはぁはぁ」
「ま、ざっとこんなもんだな」
「わたし、もうお嫁さんに行けない」
心配しなくても他人の家に勝手に入って泥棒するような奴はお嫁に行く資格はない。
「ステータスを確認してみろ」
「そ、その前に。針を抜いてぇ」
「そうだった。 ほいっ」
「ひゃぅぅ! もっと、優しくっ、お願い、しますぅぅ」
そんなこんなで無事終了。
「お母さん、お父さん。ミライはもう汚れてしまいました」
「さっさとステータスを確認しろ」
「むぅ。あっ、スキルが増えてる!」
「魔力吸収ってあったか?」
「うん。でも変だなぁ。スキルって簡単に増えないって聞いたんだけど」
当たり前だろ。先天的以外のスキルを修得するのは並の努力じゃ不可能。だからこそ強力なスキルを神からリスクなしに貰える勇者はそれだけでも優遇されているのだ。この魔力吸収だって普通は身につけようとも思わないスキル。知られていることすら珍しいだろう。魔力溜まりのある点穴をピンポイントで奥深くまで突く。これだけで全身に焼き切れるような痛みが走る。今回はその痛みを俺が密かに肩代わりしてやったから苦労もせず彼女はスキルを得られたのだ。
「魔力を溜めることが出来る限界値だが、これはレベルが上がって体力が上がれば増えるはずだ。今の数値は?」
「えっとね、10だって」
魔力10。本当に勇者かコイツ。
「よし、わたし決めた!」
「いきなり何だ、大声上げて。近所迷惑になるからやめなさい」
「ふっふーん。レイさん、あなたを勇者パーティーの一員に認めます!」
ふっ。ガラガラと音を立てて崩れていくぜ、俺の計画が。でも確かにこんな危なっかしいのを放っておいたらすぐ死にそう。旅の途中、勇者が危険に陥る度に助けに現れる謎の凄腕マン的な感じでいこうとしていたのに。
「ふっふっふ。これでわたしにも念願の仲間が。いつかわたしを追い出した連中に目に物を見せてやるんだからっ」
「…………なんだと」
「あ」
聞き捨てならないことを聞いてしまった。追い出された、だと。
「ちょ~っとお嬢さん。詳しい話を聞かせてはくれんかね」
「えへへ。何のことかな~……なんて」
さーてと。まだ使っていない針はどこだったかな。
「わかったよぉ! でも悪いのはあいつらだもん。勝手に呼び出してさ。かと思ったらお前は役立たずだ―ってのけ者にされて。仲の良かったクラスメイトもみんな、みんないぢめてきて……いぢめて、いぢ……ふぇぇぇぇん!」
泣き始めた。ま、背景は察した。とりあえずこんなポンコツを俺の担当にしたあの神は殴る。
とはいっても今の俺は村人Aモード。ステータスに身体機能だけでなく心情も引っ張られるため、この少女を放っておくことは出来んのだ。そして、彼女の発言に不安をあおる言葉が聞こえたのは気のせいだよね。
「……ちなみにだけどさ、何人召喚されたの?」
複数の勇者は召喚されることは聞いていた。予想では2,3人くらい……だといいなぁ。
「しぐしぐ。 えっと、勇者の職業持ちはわたし以外に一人だけで、召喚されたのはわたし入れて28人」
「にじゅう、はち? まさか聖女とか、賢者持ちなんて、いないよね?」
「ふぇ? 普通にいたけど」
「あっ、そう」
あ、軽く眩暈が。今回は一番最悪なパターンだ。世界が荒れる。収拾がつかなくなる。俺、この世界の管理をしている神に怒られる。大量転移させた神が悪いのに。うちはブラックなのだよ。
「あ、そうだ。ねぇねぇ、レイさん。わたしも魔法使ってみたい!」
うなだれている俺の横で目をキラキラさせている彼女。分かるよその気持ち。魔法、使ってみたいよね。地球には確か魔法なんてないもんね。憧れるよね。でもさ、君もっと自分の状況をよく考えた方がいいかもね。
「確かレイさん、生活魔法のスキルあったよね。見せて!」
「はいはい」
予定変更。影から見守るのではなく、こうなったら俺が徹底的に勇者を育ててやるわ。村人Aをやめるタイミングだが……あ、ちょうど良い奴らが来たな。
その後、俺はミライが疲れて眠るまで、ちょっとした魔法のお披露目会をしてやった。指先に小さな火をともしたり、水をちょろちょろ出して見せたり。その度にはしゃぐ彼女を見て満更でもなくなった俺は普段しない詠唱をしたりしてみたのだが、中二だとか言われて馬鹿にされた。伝わらないだろうと思って好き勝手言ってくれちゃってるけど俺には分かるんだよ、その言葉の意味が。いつかしばく。
♦♦♦
闇夜に紛れ、村の外には複数の影の姿があった。
「この村で間違いないのか」
「はい。逃げ足が速くて手間取ったようですが、今はこの村に滞在しているようです」
「そうか。しかし彼女も憐れだな」
「そうですね。この世界に連れてこられた被害者ですものね」
「ああ。だが我々は依頼主の要望を遂行するまで。彼女にはここで死んでもらう。決行は明日の夜だ」
「「了解」」
その場からまるで暗殺者のように音もなく黒ずくめの集団は立ち去っていく。
「ニャー」
その様子を、遠目から見ている猫が一匹。一鳴きした後、猫は艶やかな黒い毛並みを月に照らされながら村の中に戻っていく。
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情報開示
点穴(魔溜まり)……通常の点穴の中の極一部に、外部の力(魔力)を吸収し溜めることが出来る者が存在する。それが魔溜まり。通常は使うことが無い部分のため閉じている場合が多い。これを強制的に覚醒させることで魔力吸収というスキルを会得可能。点穴開放は、とある世界では由緒委正しき技術として秘伝扱いされている。