3.
「お願いだから「様」はやめてくれ」
「響様・・・なんかいろいろごめんね」
「人の話聞いてるのか?」
なんとなく謝ってみたが、響様と呼ばれるのが嫌いなのか少し眉間に皺が寄っていた。
「まぁ、響様と言われることは多々あるのだが–––」
「じゃあいいじゃない!響様で!」
「いや、よくない。実花からはそんな大層な呼び方じゃなくて、普通に名前を呼んでほしいんだ」
私は少し考えてみた。
「ひびたん?」
「いや、だから人の話を聞けよ」
響様のツッコミがキツくなってきたところで、再度辺りを見渡すことにした。響様はいきなり黙った私に「もしもーし」と何やら小さい声で話しかけている。それをフルシカトしてみた。
今いる場所は屋外。空がピンクやオレンジに見え、特別な世界にでもいるような感覚がした。雲はどこにもない。
(雲はないし、天気が悪いって訳でもないんだよね。不思議な空の色だなぁ)
カフェのテラス席にいて、響様と対面して座っている。テーブルの上にはいつ注文したのか紅茶とケーキが並んでいた。
「キョロキョロしてどうした?」
響様が心配そうに声をかけてくる。
「んー、別に・・・」
そう言いながら視線を響様に戻す。
(本当に似てるなぁ。光様に・・・輪部も、目の形、眉毛、鼻、唇、髪型まで、光様そのものだ。まるで「こういう風にしてください」と光様の絵を見せて、整形したような–––いや、整形でもここまでの完成度にはならないよなぁ。うーん)
「何をブツブツ言ってるの?」
考えていたことが口に出ていたのか、苦笑いを浮かべた完璧な顔が目の前にあった。途端に心拍数が上がる。
(なんか、意識してしまったら、クラクラしてきた)
顔が熱くなるのを感じた。
(私はこんなイケメンの、光様似の響様とデ、デデデデートしてるんだ。普通の男の人ともデ、デデデデートなんてしたことないのに・・・)
私はどうしたらいいのかわからず、挙動不審になってしまう。それを見て響様はクスクスと笑った。
「本当実花は面白いなぁ」
声まで光様そのもので、自分だけを見てくれている状況に倒れそうになるのを必死で堪えた。
まるでアニメのヒロインになったような気分だ。
「あ、あああの、ひと、1つ聞きたいんだけど、私たちって今デ、デデデデート中なんだ・・よね?」
噛みまくりで話す私に響様は更に笑って、「そうだよ」と言い、ウィンクした。
普通の一般男子に対してなら鳥肌物だったであろう仕草を、なんの違和感もなしにこなすところがやはりイケメン、そして光様クオリティーなのだと感動した。
そしてその瞬間なぜか鼻が熱くなり、痺れるような感覚が襲う。
「あ、鼻血」
ポタッと何かが垂れて、見ると赤かった。
「興奮しすぎだよ」
響様は綺麗な動きでポケットからティッシュを取り出すと、上を向こうとする私を止めて再度下に向けた。鼻に優しくティッシュを当ててくれる。
「こういうのはそのまま流してしまったほうがいいんだ」
ティッシュにじんわり血が滲んでも、嫌な顔せずに抑え続けてくれる。恥ずかしすぎて死にそうだったが、言われた通りそのまま下を向き続けた。
「実花は面白いし、可愛いよな」
サラッと嬉しい言葉をくれる。
もうなんかどうなってもいいなんて思えてくる。
「こ、こんなの夢みたいだよ」
鼻声でそういう私に響様はハッキリした声で「夢じゃないよ」と囁いた。なぜか頭がクラクラしてくる。
「実花?」
名前を呼ばれたような気がするが、私の意識はそこで途絶えた。