1.
夢を見た。
黒い靄のような影が私に話しかけてくる。
なぜか私はとても嬉しくて、ずっと笑顔だった。
囁く声が頭から離れない–––
「・・か、実花!」
「・・・へ?」
「話聞いてる?」
「聞いてまへん・・・ふにゃー」
「うわ、実花がとろけた!」
王子様みたいな人なんだと思う。起きた時にあれが夢だと気づいたときにはとてもガッカリしたけれど、きっとまた会える、そんな気がしていた。
なぜかはわからない。
「実花はほっとけ。もうあれは駄目だ」
「だねー。妄想女子炸裂って感じ」
きっと私はだらしのない顔になっているのだろう。それを見て、内緒話のつもりが丸聞こえの2人の顔が引きつる。私は口元の涎を拭った。
「なによその引いてる感丸出しな感じは!」
私は机をバシバシ叩いて講義する。千里と春香は手を広げてやれやれといったポーズをした。
「あー、やだやだ。彼氏いない歴=年齢の人はこれだから・・・」
「な、なによ!まだ高1なんだからいなくたっておかしくないでしょ!」
「夢見ちゃって。きゃっ!う・ぶ!」
2人は私をイライラさせる天才だ。目の前で顔を見合わせ「ねー」と意地悪そうに言った後、再度私を上から見下ろす。
「私たちはこれからWデートだから」
「じゃあねー。う・ぶ・子・ちゃん!」
「うぶ子ちゃん言うな!!」
机から立ち上がり、黒板消しを持って投げつけてやろうと振り向いた時にはもうすでに2人はいなかった。廊下から彼氏であろう男の子と2人の楽しそうな声が聞こえる。
私は黒板消しをゆっくりと下ろした。
「なによ・・2人して・・・」
私はふてくされ、鞄を引っ掴んでわざと足音を立てながら教室を出た。
私たち3人は幼馴染。昔からこんな感じだから今更なんだとは思わない。
「でも・・ちょっと寂しいな」
なぜか少し笑ってしまった。
「まぁ、いっか。私には光様がいるし!」
短絡的な思考で、フワフワした性格。それが自分だと思ってるし、好きなものは好きと言えるし、思える。そんな自分が好きだと言える私自身に悩みはなかった。
確かに彼氏いない歴=年齢は、正直ちょっと寂しい。私にも一応欲はあるし。
それでもあれだけ言われてルンルン気分で帰れるのは–––
「光様がいるからー!」
部屋につき、幸せな気分で思わずクルクル回る。どこを見渡しても同じイケメンの顔が目に入る。
「あぁ、今日も変わらずカッコいいわぁ」
うっとりした表情で、抱き枕に顔を埋める。その顔に軽くキスをし、また抱きしめる。
「こんな人が彼氏だったらなぁ。他の男なんか映らないよー。最っ高に幸せだろうなー。あーあ」
一生叶わないであろう夢を口に出し、大きくため息をつく。
光様を初めて見たのは、今まで一度も買ったことがなかった漫画雑誌の表紙だった。女の子を抱き寄せて不敵な笑みを浮かべている——まぁ、よくあるシーンだと思った。でもその男の子に目が釘付けになった。
私はアニメが特に好きという訳でもなく、どちらかというと文学を愛し、その日も好きな小説家の新刊が出るということでたまたま本屋に立ち寄っただけだった。
チラッと見たその瞬間に、私の脳内は光様で一杯になってしまった。
速攻でその雑誌を買い、漫画本をまとめ買いし、アニメグッズ専門店に緊張しすぎて震えながら入り——どっぷりとハマっていった。
アニメキャラにハマるオタクの気持ちに共感することは一生ないと思っていただけに、若干複雑な思いはあったが、圧倒的に光様に対する想いのが勝っていた。
「光様・・・どっかに転がってないかなぁ。切実に!」
ベッドで軽く暴れる。現実に存在するはずがないと思ってても夢見てしまう。
「あ、でも現実にいたとしてもその人はこの光様では・・ないのか」
「実花!ご飯できたよー」
抱き枕を見つめていた視線を外し、「はーい」と返事をする。そして部屋の明かりを消して、リビングへと向かった。
2019/8/30〜