表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
即興小説集  作者: quiet
9/10

Fly out(制限時間:30分)(お題:愛と憎しみのパラダイス)

 また今日も人を殺す。

 昨日と今日のいちばんの違いは、着ている服。昨日はTシャツにジーンズなんてどこまでも楽な恰好をしていたけれど、今日は上から下までかっちりスーツ。スリーピース。高級ホテル。最上階にいると言うのだ。哀れな哀れな換金券が。

 優秀な相棒のおかげで話は全て通っているらしい。真正面から乗り込んで、まっすぐ部屋に歩いていって、そこでぐさりでちゃんちゃんのフィナーレ。

『頼むぞ』イヤーピースから声がする。『これが終われば三億だ』ちょっとだけ震えている。『これで俺たちは自由になれる。つかみとれるんだ』

 僕は喉元をコツコツと叩く。トンとツーのリズムで伝えるのは『わかってるよ』それから『見てな。今日も華麗さ』

 なんて言った端からトラブル発生。

「どうしたんです?」

「申し訳ございません。エレベーターのトラブルで……」

「すぐ動きます?」

「申し訳ございません。現在業者を呼び出しているところでして……。今しばらくお待ちいただきたく……」

 幸先悪いね、と肩をすくめて、

「階段ってどっちかしらん」

 エレベーターの奥に、非常階段。さっきまでの豪勢なエントランスに比べれば、心底質素なものだ。きんきらきんの裏側にはいつだってほら、こんなじめじめした場所がある。里帰りみたいな気分になっちゃうね。

 ボーイにここでいいよ、と手を振って、階段を上っていく。朝飯前さ、身体で食ってりゃこのくらい。

 そして第二トラブル発生。

「拾った?」

『ああ、聞こえたな』

 小さな小さな悲鳴が聞こえた。あたりに響くようなものじゃない。防音設備だってばっちしのこの宿泊所の、きっと部屋の中から歌われたに違いない。僕の耳と、それから相棒の最新機器しか拾わなかったような声。

「確認するよ」

『待て、余計なことは――』

「トラブルバスティングは得意だ。君だって知ってるだろ?」ちょっとだけ溜息。「正体さえわかってればね」

 階段を抜け出して廊下を歩いていく。本当に幸先が悪いよ。まだ二階だぜ? 扉の前で立ち止まって、

『――オーケー。ロックは解除した。慎重に頼む』

「任せなって」

 扉に一秒耳を当てて中の気配を確認してから、音を立てないように、滑らせるように扉を開ける。

 ワオ。殺人事件。

「同業かな?」

『そんな情報は入ってないぞ』

 シャワー室から水音が聞こえてくる。ついでにこんな台詞。「あなたがいれば、それだけでよかったのに……」

「でも好きなんでしょ?」僕は首をすくめて、小さな声で「お邪魔だったみたい。馬に蹴られる前にお暇しよっか」

『馬鹿。その前に刺されるぞ』真面目ぶった声で『口封じに』

「そんな度胸ないさ」

 そうして廊下を歩いて、階段に戻って、上って、第三トラブル。

「冗談だろ?」

『確認するか?』

「もち」

 同じ手順で、悲鳴の聞こえたところに。今度は薄く開けただけ。

「どうして、俺だけじゃなかったんだ……。クソ! クソ女!」

「そりゃあ魂が自由だからでしょ」

 ぱたん。そりゃまあ、男が女にすがりついてる場面にお邪魔しちゃあいけないよ。しかもパッと見た感じ、ロミオとジュリエットみたいに二人は運命的に引き裂かれる、そんな感動的なシーンだったしさ。死によって。あと、女の方はお腹まで引き裂かれてたし。

 もうそろそろおわかりになってきたよ。第四トラブル、第五トラブルまでくれば確信に変わっちゃう。愛、憎しみ、愛、憎しみ、愛、憎しみ。交互に現れてきた。変わり映えのないハンバーガーの中身みたいにさ。最上階に辿り着く頃にはもうへとへと。

「見たね。一生分のラブストーリー」

『偏りすぎだ』

「南の島の映画館でラブストーリーが流行ってないことを祈るよ」

 もうすっかり予行演習は終わってて、流れるように扉を開けた。

「な、なんだお前ら!」

「苦労人」

『違いない』

 ターゲットの履歴書はちゃんと読んだ。でももう忘れちゃった。

「ま、待て! 誰の差し金だ! 倍払う!」

「ワオ」

『無理だな』相棒は冷たく『財布の中身を見てから物は言った方がいい』

「それ僕らも?」

『安心しろ。俺たちは使っていいんだ。他人の財布もな』

 自分のポケットからナイフを取り出す。あんまり大した武器じゃないけれど、身の程を知るってフレーズも世の中にある。嫌いな言葉だ。

 ベッドの上に押さえつけて、それから気付く。

「あのさ」

『美しくないよな』

「そう。愛と憎しみうずまくこのパラダイスでさ。愛も憎しみもなく金のためにっていうのは、品がないよな」

 僕は押さえつけた男がんーんー呻くのをじっと見た。残念、愛も憎しみも浮かんでこない。

『ならこういうのはどうだ』ごにょごにょ。

「それ名案」

 男をベッドから起こす。引きずっていく。見たまえこの素敵な夜景を。

「君の方が綺麗になるさ」僕は男を放り投げて、「たぶんね」

 硝子が割れて、きらきらと輝きながら男は落ちていく。

 あんまり高いところだったから、音は響かなかった。

「さらば、知恵があったばかりに」

『これでようやく解放、だな』

「うむ」

 ナイフを捨てる。扉を開く。

 自分の足で、楽園を出る。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ