アバンチュール(制限時間:30分)(お題:興奮したボーイズ)
折角海に来たのに雨だった。しかも土砂降り。
海に行こう。そしてひと夏のアバンチュールをしよう。僕らはそう言って出かけてきて、挙句の果てにこんな目に遭っている。全身ずぶ濡れで自転車を漕いでいるあたりで正直もう僕らろくな生き物じゃないんじゃないか、とは気付いていたけれど、コージは何度も言った。もしかしたらビーチでめっちゃ透けてるかもしれない。女の子が。そして俺たちを待っているかもしれない。ランタローは聞いた。何人くらい? レーイチが答えた。人数分。一対一。
そんなわけなかった。
誰もいないビーチで僕らは佇んでいる。コージもランタローもレーイチも面白いくらい落ち込んで砂浜の上で芋虫みたいなポーズを取っていて、僕はこれはこれでいい思い出になりそうだよなあとか思っている。怒られそうだから言わないけど。
しばらく僕はひとりであははうふふと波打ち際で水を蹴ったりしていたけれど、三十分くらい経っても誰も起き上がらなかったので、あの三人全員ツッコミ待ちなんだと気が付いた。与えられた役割に甘んじることを僕の中の独創性が許さなかったので、そのままふらふらとあたりを徘徊することに決めた。
大して何があるわけでもなかった。海。灰色の空。店じまいした海の家。岩壁。その下に巨大ロボ。羽休めしている鳥。銜えられた魚。店じまいした海の家。灰色の空。海。横たわった三人の馬鹿。
「あっちにでっかいロボがあったよ」
「どんくらい?」コージが言った。
「何色?」ランタローが言った。
「女性型?」レーイチが言った。
まあ見てみろ、と僕は言った。まあ見てみるか、と三人は立ち上がって、僕の指差した方にふらふらと歩いて行った。死にかけのセミみたいに。
対面したら、セミが蘇生した。
「マジじゃん」コージが言った。
「マジのやつじゃん」ランタローが言った。
「メインパイロットは俺だ」レーイチが抜け駆けして、岩壁を早速下っていった。待て、と言ってコージもランタローも続いていく。巨大ロボに興奮したボーイズはとんでもなく危険なルートをとんでもなくアグレッシブに降りていく。一方でずずーん、と大きな音が海の方から聞こえてきて、視線を移すと巨大怪獣襲来中。みんな、と声をかけて注意を促すと、さらに岩壁の下から歓声が上がってくる。あれを倒すのは俺だ、英雄になるのは俺だ、勝ちまくりモテまくり、ドカッバキッぐえっ、貴様に友情はないのか、ないねあるのは闘争心、思い出して俺たちの約束……、見えないところでみんなはとても賑やかだ。
「あなたは降りないの?」
後ろから声がして、振り向くと女の子が立っていた。真っ白なワンピースで、濡れて透けていた。
僕は言う。「君を待ってたんだ」
彼女は不思議そうに「どうして?」
「それが当初目標だったから」僕は崖下に声をかける。「みんな、素敵な女の子も来てくれたよ」雄たけびが聞こえる。
「どうして彼らはあんなに興奮してるの?」女の子は聞いた。
「さあ」僕は首をすくめる。「わかんないよね、男の子の考えることって」ふと思い出して「あのさ」背負ったバッグの中から「ビーチボール持ってきてるんだ、よければ一緒に遊ばない?」
夏の大雨で、海では巨大ロボットと巨大怪獣が死闘を繰り広げていて、そういうのを背景に僕たちは初めて会った友達同士になって、楽しくボール遊びをした。
「こんなに楽しいの初めて」彼女は言った。
「そう」僕は笑って「実は僕も、女の子の友達ができたの、初めてなんだ」
いい思い出になるだろうなと思った。