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即興小説集  作者: quiet
5/10

将来の夢(制限時間:30分)(お題:今の駄洒落)

 次が自分の番だ、という段になって彼はようやく気が付いた。もしかして「有名になりたい」とみんなの前で言うことはあんまりいいことじゃないんじゃないか、と。

 有名になりたいってこと自体がなんかダサい、というのもある。実を言うとこれはついさっきまで彼の中にはなかった感覚なのだが、何しろ小学三年生なんて児童数瞬会わざれば刮目して見よ、ゆえに全瞬眼球おっぴろげ、瞳カピカピ、ぺりぺり皮を剥がせばそれが湯葉、といった調子であるから、唐突な成長だって織り込んで生きていかなくちゃならない。こういうのを無視していくと後で痛い目にあう。自然界でいちばん弱いのは変化に適応できない生物で、人間社会なんて言ったって大して自然界と変わらないのだから、人間である彼だってそういう風に変わっていくしかない。成長ってやつかしらん、と教壇でにこにこ笑う先生は言うだろう。彼は今やこう思うし、こう思う自分を受け入れている。有名になりたいっていうのはダサい。誰かに認められたがっているのは子どもみたいだ。僕たちは将来の夢について語るときに、それを叶えるために他者のアクションを要するようなものは挙げるべきじゃない。だって浅ましい。私の夢はみんなにこうしてもらうことです、みんなにこう思ってもらうことです。そんなのみんなにこうしてください、と押し付けているのと同じだ。懇願だし強要だ。そんなのはダサい。

 だからといって、すぐに代わりになるような夢が見つかるわけではない。もう順番は一つ前の席まで回ってきているのだ。そして目の前の席の彼女はこんな風に言っている。

「わたしは将来、消防車になりたいです」

 それに対して教室の誰かが言う。「なれるわけねえだろ」

「なれるもん」彼女は思いっきりそれに噛みついた。「そのために勉強いっぱいするもん。人体工学やるもん」

「いいですね」先生は頷く。「具体的なキャリアプランがあって実にいい」今度は誰も野次を飛ばさなくなった。

 一方で彼は途方に暮れていた。キャリアプラン。そんなものも考えていなかった。有名になりたい、それだけがかつてはっきりと意識されていたことで、そのためにどうすればいいのかなんてことは一切意識の埒外にあった。有名になるにはどうすればいい? 誰もが憧れるアイドルにでもなろうか。毎日途方もない距離を走り続けてスポーツ選手にでもなろうか。それとも目の前の彼女に張り合って学者にでもなろうか。それともコンビニに入荷してきた新しいお菓子を開封してそれをインターネットで動画にして配信する? 何もわからない。具体的なプランを考えるにはあまりにも漠然とした願いしか持っていなかったし、今となってはその漠然とした願いすらも失ってしまった。

「消防車になったら」彼女は笑って言う。「強いです。強くなったら、好きな人をめいっぱい助けたり、嫌いな人をめいっぱい虐げたりしたいと思います」

 またも彼は途方に暮れた。夢のその先。夢が実現したあとどうするか。彼はそんなことも考えていなかった。有名になって何をする? 街中で追いかけ回されるのか。

 彼女は言う。「それが今のわたしを構成する夢のすべてです」そして座る。

 そして彼の番が回ってきた。名前を呼ばれる。そして立ち上がる。

「僕は、」彼は震えた声で言う。「有名になりたいです」

 教室が沈黙する。嫌な沈黙じゃない。それが彼にはとてつもなく嫌だった。みんな待っているのだ。言葉の続きを。どんなふうに有名になるの? 有名になって何がしたいの? そういう当然の言葉の続きを待っている。他のみんなにとっては当然の沈黙だから、本当は嫌なものじゃないのに、彼にとってはとてつもなく嫌なものだった。続きなんてないからだ。続きがないのに待たれるほど嫌なものはない。誰か助けてくれ。僕を大切にしてくれ。そんなことを考えているうちに、数瞬が経ち、彼は成長した。

「将来の夢は、有名になること」彼は言った。「ゆめだけにゆーめー。なんちゃって」

 本気で間違ったことを言うくらいなら、ふざけて間違ったことを言った方がいいと、成長した彼は理解して、そういうことを言った。

 そして数瞬後、さらに成長して、間違ったことを言うくらいなら何も言わない方がマシだったと気が付いた。

 もう数瞬も経ってしまえば、もうとめどない。

「僕がなりたいのはコメディアンだよ」彼は教室を見回す。「悪いか?」誰も答えない。

「コメディアンになるにはこういう状況を乗り越えなくちゃならない。」彼は続ける。「誰も笑わない。みんなが僕を馬鹿にしてる。仕方ない。乗り越えるしかない」彼は頷く。「そうするしかないんだ」

「痛みをいくつも乗り越える。僕はつまらないギャグを続ける」彼は泣きながら言う。「そしてその先で僕は、有名になった後、こういうことをするだろう」

 彼はぐるっと、もう一度、教室中のみんなを見回して、視線を合わせて、こう言う。

「人生を後悔して、一生来世のことばかり考える」ウインク。「将来だけにね」

 そして、順番は次の生徒に回る。

 次は笑わせようと誓った。

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