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即興小説集  作者: quiet
3/10

緊張(制限時間:30分)(お題:官能的なカリスマ)

 その朝、教室は緊張していた。誰に聞いてもその理由は知っていただろうが、誰に聞いてもその理由は答えてくれなかっただろうと思う。私は教室に入って、なんだか今日は妙だなと思いながら自分の机まで歩いて行って、そうしてその理由を自分で知る羽目になる。


 隣の席にえっちな本が置かれている。

 堂々と。

 もう肌面積九十パーセント超みたいなやつが。

 固まった。


 記憶はこう言っている。隣の席に座っているのはこんな人。三つ編みで、フレームのかっちりした眼鏡をかけていて、文芸部で、その割にあか抜けた女の子。整ってない歯並びがチャーミングともっぱらの評判。


 その子の机の上に、えっちな本が置かれている。

 堂々と。


 これはいじめというやつなんじゃなかろうか。

 少なくとも嫌がらせに該当するんじゃなかろうか。

 こんなことは許しておいてはいけないんじゃなかろうか。


 幸いにもまだ隣の席の彼女は登校してきていない。ここは私が勇気を出してそのえっちな本を手に取って「人の席にこんなの置いたの誰! 出てきな!」とバチギレ散らかすことで、すべてが円満に解決する、そういう道も残されている。ほんの少しの勇気がいる行動だけれど、生憎私は通信簿に「勇気だけで世の中を渡っていこうとするのはやめましょう」と書かれるような人間である。何の問題もない。


 が、気付いた。

 ことはそう単純ではないぞ、と。


 気付いてしまったのである。隣の席の彼女が自分でこれをここに置いた可能性に。


 ないだろうとは思う。

 が、万が一ということがある。

 万が一、隣の席の彼女が自分でこれを机の上に置いていた場合(なぜそんなことをしようと思ってしまったのかどうかという動機の部分についてはのちのち想像を膨らませるとして)、とんでもなくいたたまれない事態になってしまう。私が誰だ誰だと探し回っているうちに彼女が登校してきて、そして恥ずかし気に私に耳打ちで囁くのだ。私です。そしてすべての時が止まる。


 教室の緊張の理由が、もっとはっきりわかるようになった

 つまりはこういうことだった。この教室にいるクラスメイトたちは、みんなあの机の上にえっちな本があるのを見つけ、あの机の彼女のためにもこんなことはやめなければならないと義憤を燃やし、然るのち彼女自身がそれをそこに陳列した可能性に思い当たり、身動きが取れなくなっている。私も同じ道を辿る羽目になる。


 大人しく席に着く。

 近くの席の友人と挨拶を交わし合う。一限の予習の話をする。昨日見た面白い動画の話をする。全然集中していない。ずっと隣をちらちら見ている。


 しばらくして、とうとう本人が到着してしまう。

 がらりと扉を開けて入ってきたのは、三つ編み・眼鏡・キュートな歯列。トラディショナル文学少女は何の迷いもなく、視線が集中していることにすら気が付かず、自分の席までまっすぐ歩いてきてしまう。


 彼女はおはよう、と言った。

 私はおはよう、と返した。

 私は彼女が机の上を見てぴしっ、と固まるのを見た。


 何か声をかけるべきか、と思った。でも何をしても逆効果な気もしていた。

 誰か別の人の仕業だと断じて、誰がやったのかな、なんて怒りを表明して、自分で置き忘れました、なんて言われたらいたたまれない。

 彼女が自分で置いたのだと推測して、そういうの好きなの、なんて調子を合わせて、嫌がらせだった場合はもっといたたまれない。


 どうすればいい、と考えた。

 とにかく勇気だけは溢れ出している私である。何かを言うことだけは決まっていて、後の問題は何を言うかだけだった。


 考えた。考え抜いた。どうすればいいのかを、そしてその末に、ようやく見出した。


 わからないなら聞けばいい。

 彼女の気持ちを遠回しに聞いて、それに同調しよう。


「どう、それ?」


 その言葉で固まっていた彼女は動き出す。

 彼女はその本を手に取って、ぱらぱらとめくって、ぱたんと閉じる。


 それから、こんなことを言った。


「そんなでもないね」


 次の文芸部誌は飛ぶように売れたという。

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