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聖具破壊

それから俺とならず者集団との昼夜を問わない長い長い追いかけっこが始まった。


俺がすぐさま追いついたことで(それでも一時間はかかった)言葉にならないほど驚いたといった感じの顔を見せたならず者たちだったが、一方で俺の方にも予想外というか甘く見ていた部分があった。


「くそっ!!だったらもっと深い穴を作るまでだ!!」


そう、確かに落とし穴からの脱出自体は問題なかったのだが、破壊不能オブジェクトになったからと言って特に身体能力が上がったわけでもなく、登攀技術を持っているわけでもない俺。

当然、大地のカットラスという聖具によって作られた落とし穴から脱出するためには穴の深さに応じた時間と手間が必要だった。

登っている最中に手や足を滑らせて落下、振出しに戻るなんてこともしょっちゅうで、中でも三十メートルの穴を登り切り淵に手をかけた時の気の緩みで落下してしまった時などは、生身の人間だったら確実に即死していただろうと少し反省したりもした。


「でも哲太郎君は諦めないよね。そこで諦めてくれるようだったら僕もわざわざこんな真似をしなくても済んだんだけどな」


どこからともなく聞こえてくる声の主の言う通り、俺は一度決めたことを絶対に諦めたりはしない。

とは言っても、彼らが非情なならず者だとか、正義感に駆られてとか、俺が元の世界に帰りたいからだとかいう理由は一切無い。そこまでの強固な意志なんてものはもともと持ち合わせていない。


俺が彼らを、もっと言えば聖具を追う理由はただ一つ、他にすることがないからだ。


「すごいよ君は。普通の人間はただ何となくなんて理由でここまで相手を追い詰めたりしない。人間ならどこかで諦めて家に帰ったりその場に立ち止まったりするものだよ。だけど君は絶対に途中で投げ出さない。それどころか迷うことすらしない。君が前世で立ち止まることがあったのは、それは単純に体力が尽きた時だけだったんだけどね」


だが今の俺はもはや絶壁と言っていいほどの落とし穴を乗り越えても全く疲れが湧いてこない。

おそらくその理由は、


「もちろん、その体が破壊不能オブジェクトになった副産物さ。消耗することのないということは肉体的には疲れを感じることもないということだからね。もっとも、元人間の哲太郎君の精神はそうではないだろうから適度な休息は必要だと思うよ」


「でも肉体が疲れないってことは眠気も起きない、つまり寝られないってことじゃないんですか?」


「そう言われると思って、ちゃんと精神疲労が一定値以上になったら段階的にに眠気が襲ってくる機能を付けておいたよ。生身の体と同じようにある程度までは抵抗できるけど、それだけ疲れている証拠でもあるから素直に眠ることをお勧めするよ」


「そうなんですね。でも寝込みを襲われたら――って、その心配はないんでしたね」


当然だろ、と言わんばかりに声の主から言葉が返ってくることはなかった。

いや、もしかしたらもう何度目になるか分からない、ならず者たちのいる所まで近づいたことで遠慮してくれたのかもしれない。


「畜生!!何度も何度も追いかけてきやがって!!お前は一体何なんだよ!?」


悲鳴交じりの怒声を上げるリーダーの男がまた地面に片刃の剣を突き立てる様子を見ながら、次はどれくらいの深さの穴になるだろうかと考えるだけの余裕が俺の心に生まれていることに気づきながら地中へと落下していった。






「悪いなお頭!あんたには恩義はあるが、さすがにあんたと心中するほど俺も馬鹿じゃねえ。縁があったらまた会おうぜ!」


「おいてめえ、待ちやがれ!」


穴の外からそんな声が聞こえたのは俺が落とし穴に嵌まる(はまる)こと十回を超えたあたりだろうか。

俺の狙いがリーダーの男(正確にはその手に持っているものだが)一人にしかないと感づいた子分の一人が不意を衝いて別の方向へと逃げ出したのが両者の応酬からわかった。


だが、元々十人ほどとしか記憶していなかったので次に追いついた時にははたして本当に子分が逃げ出したのかいまいち自信がなかったが、それから二度三度と同じことを繰り返していくうちに目に見える形で子分の数が減っていっているのが分かった。


「すまねえお頭!!」


「俺には帰りを待ってくれてる女がいるんだ!こんなところで死ねねえ!」


「けっ、あんなザコに追い回されて反撃もできないなんてあんたも焼きが回ったな!これ以上付き合ってられるか!」


えてして利害関係で結びついた集団というのは一度崩れると非常にもろい。

そんな俗説を証明するように俺がリーダーの男に追い付いた回数が二十を数えるころには十人以上いた子分は全ていなくなっていた。

そして、どうやら心が折れたのは子分たちだけではなかったらしい。






「くそ、くそくそくそ!なんだって俺がこんな目に合わなきゃならねえんだ・・・・・・」


「いや、もとはと言えばあなたが俺に襲い掛かって来たんじゃないですか」


ここは深い森の中、すでに時刻は深夜を回っているようで、僅かに見える木々の隙間から月光が差していた。(どうやら地球と同じように衛星が一個だけこの星の周りをまわっているようだ」


「うるせえ。この世は弱肉強食なんだ、力が無い奴が悪いんだ・・・・・・」


言葉だけは強気なリーダー、いや、もはや一匹オオカミとなったならず者の男だが、木の幹に寄り掛かるその姿はどう見てもこれまでの逃亡劇で疲弊しきっていた。

だらしなく地面に投げ出された四肢、それに右手にある聖具を握る力すらも残っていないようだ。


「どうやらもう逃げる力もないようですし、その聖具を破壊させてもらいますね」


「待て、待ってくれ!頼むからやめてくれ!!」


どこにそんな力が残っていたのかというくらいの大声でいきなり叫んだならず者の男に思わず驚いたが、改めて観察してみても男が動く気配はない。

今度こそと再び聖具に手を伸ばすと、これまでの自信に満ち溢れた姿からは想像もできないほどの、さっきよりもはるかに弱々しいしゃがれた声が聞こえてきた。


「やめてくれ。そいつは、その大地のカットラスは俺の体の一部みたいなもんなんだ。そいつを拾った日から俺は自信を身に着けることができたし、子分もできた。そいつ俺の人生そのものと言っていい存在なんだよ。だから頼む、俺から人生を奪わないでくれ」


「気のせいですよ」


パキイイイイイイィィィィィィィィィン


「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


ガクッ


「人間その気になればいくらだってやり直せます。たとえ親に見捨てられても、友人に騙されても、恋人に裏切られても、仕事がなくなっても、五体満足でいなくても、どん底の状況であり続けることなんて世界には絶対に無いんです。だから生きてればそのうちいいことありますよ。心の支えなんてなくてもね」


俺の手で砕かれて粉々になった大地のカットラスのなれの果てが空へ帰るのを見届けながら、俺は言葉を紡ぐ。

絶叫するほどのショックで気絶した男の耳に届いていないことを承知の上で語ると、すでに用済みとなった場所を離れた。


「ふうん、ずいぶんと知ったような口を利いたものだね。いや、知っている口と言った方が正しいかな?なにせ君は――これ以上はやめておこうか。僕には人間の傷をえぐって愉しむ趣味はないからね。と言っても、哲太郎君にその心配はないか」


「それはどうでもいいんですが、それよりもこの間貴方が仰っていたラレスの街とやらの場所が分からなくなってしまったのですが、どうしましょうか?」


ならず者の男が逃げるのをあの日から三日間ただひたすら追いかけ続けた結果、今の俺にはここがどこかの守だという情報しか持ち合わせていなかった。


「ずいぶんと淡白な返答だね、知ってるけどさ。で、ラレスの街の場所かい?それは自分で探しておくれよ。僕の目的は君に目的と手段を与えることであって、ナビゲーターじゃないんだよ」


「そうですか。では自分で探しますよ」


「いや、もう少し粘ってくれないと僕も面白くないというか――」


「じゃあお願いします。ラレスの街の行き方を教えてください」


「ちょ!?そんなところで土下座されても困るよ!?確か哲太郎君の世界には土下座は一種の暴力だって考えがあったはずだよね!?――はあ、まあ、ずっと人里離れた地帯をうろうろされても面白くないし、街道までのナビくらいならいいか」


「ありがとうございます」


やはり土下座は知性のある存在相手ならかなり有効らしい。

暴力かどうかはあまり関係ない。

土下座したからと言っていきなり殴りかかってくる人間もいないだろうからな。


「ほら、あの月がある方向へまっすぐ行ったら昼までには最初にいたのと同じ街道に出るよ」


「なるほど、わかりました」


「いいかい、今回はスタートダッシュサービスであって、二度目はないからね!次に聖具使いを追いかける時は最低限自分のいる場所を把握できるように準備するんだよ!今度遭難しても絶対に助けないからね。絶対だからね!」


なぜか声の主がまた助けてくれそうな予感を感じながら、障害物だらけの夜の森の中を転ばない程度の速度でひたすら歩き始めたのだった。

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