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聖具の力と俺の力

「よく聞け!俺の自慢の聖具、大地のカットラスの能力はこの剣を突き刺した周囲の地面を自在に操って岩の槍で攻撃したりこうやって地面を陥没させてお前の足を埋めて動けなくなってない!?」


ならず者たちのリーダーの男の言う通り、俺の足に土が寄ってきて一瞬固められた感覚があったが、ちょっと足を動かしてみただけであっという間にポロポロと崩れ去っていた。


「当然だね。あ、勘違いしてるといけないから説明しておくと、これは別に万物崩壊の能力じゃないよ。ただ単に君の破壊不能オブジェクトとしての硬度がその土よりもはるかに上だったというだけさ」


余計なおしゃべりを控えるとついさっき言ったはずの声の主がまた話しかけてくる。

どうやら彼の中では説明はおしゃべりのうちに入っていないらしい。


「くそっ、どうなってやがる!?ストーンジャベリン!!」


地面に聖具を突き刺したままのリーダーの男の声に反応して俺の周囲の地面が再び揺れ動き、今度は鋭く尖った岩が五本、普通の人間相手なら十分な殺傷能力を感じさせながら俺の逃げ道を塞ぐように襲い掛かってきた。

が、鉄でできていたと思われる剣や槍で傷一つつかなかった俺の体に今更岩の槍が通じるはずもなく、俺の体に到達した先端はまたしても崩れ去っていった。


「お、お頭」「やべえ、やべえよ」「お頭の聖具が通じないなんて・・・・・・」


真っ青な顔色で口々に呟く子分たち。

普通なら臆病者と罵られるシーンのようにも思えるが、当のリーダーの男も驚きで声も出ない状況らしく、俺の方を見たきり視線が動いていない。

どうやらその手に持っている聖具とやらに相当な自信を持っていたようだ。


だが、俺の最初の見立て通り、どうやらただのならず者ではなかったと次の彼らの行動が証明した。


「ちっ、おいてめえらずらかるぞ!」


「お、お頭?」「ずらかるって」「コケにされたままでいいのかよ」


「バカ野郎!!俺達は勝たなきゃならねえ軍人でもなきゃ、自分の土地を守らなきゃらなねえお貴族様でもねえんだぞ!こいつを捕まえても奴隷一人分の利益、おめえらの武器代でとっくに足が出ちまってるんだよ!これ以上損してられるか!やりたいなら勝手にしろ!俺は逃げるぞ!」


あまりにも潔いリーダーの男の逃亡宣言に、このまま逃がしていいのかと自然に足が前に出る。

だが前に踏み出したはずの一歩がなぜか深く沈みこんだのが不自然に視界が下がることでわかった。


「行きがけの駄賃だ、取っとけ!じゃあな、あばよ!」


今や俺の周囲の地面だけ五メートルほど沈み込み、それを成したと思われる聖具の持ち主の声がさっきよりも遠くに聞こえてきた。


「「「お、お頭~~~」」」


それに続いて子分のものらしき複数の声が続き、辺りは一気に静かになった。


さっき来たばかりの異世界で土地勘などあろうはずもない。

どこに逃げたのかも分からない今、下手に追いかけるのはやめた方がいいな。

そう考えながら穴から這い出した時、その声は俺の思考に待ったをかけた。


「あらら、ずいぶん思い切りのいいならず者だったね。まさにならず者の鑑って感じだけど、君はこれからどうするんだい哲太郎君?」


「いや、どうしようも何ももう彼らの姿が見えないんですが」


「確かにその通り、あのならず者たちの姿はもうないね。でも、今の哲太郎君なら例の聖具の位置は分かるはずだよ」


そう言われて俺の感覚に小さな違和感があることに気づく。

なんと言えばいいのだろうか、ある方角、ある距離に無理やり焦点を合わせられているという感覚。

とにかくあの大地のカットラスという聖具の位置だけがはっきりとわかる。


「これは破壊不能オブジェクトの機能とは別、言ってみれば僕からのサービスさ。たとえどんなに離れていても一度見た()()()()()位置を把握できる感知機能だよ」


「それなら是非もないですね。もちろん追いかけますよ」






幸いと言っていいのか、街道から外れた森の中でならず者の集団はすぐに見つかった。

どうやら俺の視界から消えた時点で逃げおおせたと高をくくっていたようだ。


「んなっ!?てめえいつの間に!?」


よほど驚いたのだろう、リーダーの男は聖具である片刃の剣を間髪入れずに俺の体に叩きつけてきた。


カキイイィン


もちろん俺の体を切り裂くことは叶わないが、さすが聖具と呼ばれるだけあって子分の武器とは違って壊れることはなかった。

さすがにそこまで上手くは行かないなと思いながら聖具を破壊しようと手を伸ばすが、俺の動きを警戒していたらしいリーダーの男は軽やかなバックステップで俺の間合いから脱出してしまった。


「――ふう、あぶねえあぶねえ。まさか俺の大地のカットラスが壊されるなんてことはないだろうが、お前はなんだか得体が知れねえからな、用心してしすぎるってことはねえ」


若干の緊張を漂わせながらも余裕の声で俺を嘲笑うリーダーの男。

それが俺との間合いを図りつつ大地のカットラスの力を使うための時間稼ぎだったことに気づくはずもなく、


「そら、もういっちょ穴に落ちとけ!!」


ズ、ズウウウウウゥン


さっきよりも速いスピードで倍の深さの穴に落とされてしまった。


「どうやって俺達に追い付いたか知らねえが、今度は近くで休むなんてヘマはしねえ。お前程度じゃ絶対に見つけられないところまで逃げてやるから二度と会うこともねえだろう。じゃあなクソ野郎!!」


そうして、穴の上から見下ろしていたリーダーの男と子分たちが高笑いしながらゆっくりと去っていくのが声の様子で分かった。


さて、今俺が落ちているのは自分の背丈の数倍はあるだろう穴。

ただの落とし穴なら壁面がデコボコしていて少しは登れそうな気になってくるものだが、薄暗い視界でもどういうわけかまるで磨き上げたかのようにきれいな断面になっているのが分かる。

どうやらあの聖具はこんな感じの細やかなコントロールまでできるらしい。

普通なら途方に暮れながら助けを待つか、焦って登ろうとして失敗し無駄に体力を消耗するところだろう。

どうしたものかと悩む俺の頭の中にまたしても声が聞こえてきた。


「まったく、そろそろその体にも慣れてきた頃だろう?いい加減人間だった頃の常識を捨てなよ。いいかい、どんな攻撃も傷つけられない体ということは、裏を返せば哲太郎君自身がどんな無茶をしてもケガをしない体ってことでもあるんだよ」


「それが今のこの状況に関係あるんですか?」


「ああもうじれったいな!よし、論より証拠だ!ちょっと指をその辺の壁に思いっきり突き刺してみなよ」


「ええー・・・・・・イヤです」


「いいから!!大丈夫だから!!どうせそこから脱出する手段なんて思いつかないんだろ。騙されたと思ってやってみなよ」


それを言われてはさすがに言葉もないので、仕方なくおっかなびっくり左手の指を(利き腕は右なので)えいやっとばかりに突き立ててみた。


ズボ


するとなんということだろうか、カッチカチに思えたなめらかな曲線を描く土の壁面にヒビを入れながら俺の指が入っていくではないか。


「哲太郎君もゲームくらいやったことはあるだろう。そこには様々な理由でゲームのキャラクターが絶対に干渉できないように制作側によってプログラミングされた物体、つまり破壊不能オブジェクトが存在するんだ」


「あの」


「なんだい?」


「ゲーム脳で俺の現実を語られてもちょっとついていけないです」


「誰がゲーム脳か!?話はまだ終わってないよ!?」


「そうですか。それは失礼しました。ごめんなさい」


「・・・・・・君、ずいぶんと切り替えが早いね。波風立てないことが信条の君らしいけどさ。つまりだ、今哲太郎君がいる世界は君にとっては紛れもない現実でも、僕らこの世界を作った側にとってはただの箱庭、言い方を変えればゲームの世界のようなものなのさ」


そこまで言われてようやく俺にも理解できた。

同時に、どこか他人事のような声の主の言葉にも納得がいった。


「なるほど。あなたにとっては俺をこの世界に送り込んだのはただの遊びというわけですね」


「そういう割には全然怒った様子がないのはさすが哲太郎君だよ。まあ実際はもうちょっと切実で現実的な問題なんだけど概ねその理解でいいよ。話を戻すけど、確かに地面は硬い、それは哲太郎君の元の世界でもこの世界でも変わらない真実だ。でも所詮はこの世界の話、僕という制作者が特別な権限を与えた哲太郎君にとっては硬い地面も意味をなさないのさ」


そこまで聞いた俺は利き腕である右の図のように指も土壁に突き立てた。

左の指と同様にあっさり硬い土に食い込んだことで、俺は両腕を使って自分の体を上に引き上げ、土壁から抜いた左の指をさらに上の壁に突き立てた。


「そう、そういうことだ。この世界のいかなる障害も、頑丈な檻も哲太郎君の前には意味をなさない。そして聖具を持っている限りどんな人間も君から逃れることは決してできない。さあ、あのならず者を追いかけてさっさとこのチュートリアルを終わらせてしまうといい」


まるでゲームのNPCのようなことを言いだした声の主に応えることなく、俺は梯子を上るような手軽さで深い落とし穴から脱出したのだった。

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