転生
突然だが、俺こと中野哲太郎は死んだ。
といっても通り魔に刺されたとか車に引かれそうになった子供の身代わりになったとか、そういうアクシデントによるものではなく、単なる老衰の一種による死だ。
まさに天寿を全うしたと言うべき死だった。
だから今俺の身に起こっている状況が全く理解できなかった。
「ハイ次の人――お、ようやくこっちに来たのか。待ちくたびれたよ」
「あの、ここは一体、それに待ちくたびれたって――」
「ああ、そういうどうでもいい質問はやめてくれ。後がつかえているからね。僕のことは――まあ神様くらいに思ってくれればいいよ。今日は君にある提案をするためにここに来てもらったんだ」
来てもらった、と目の前の人物(といっても何の印象も残らない人物、今こうして向き合っているはずなのに何一つ記憶に残せない人物というべきか)の元までどうやってきたのかも思い出せない。
最後の記憶は確かに自宅のベッドの上だったはずなのに。
「中野哲太郎君享年八十三歳。君、この年になるまでよくもまあここまで波風立てずに生き抜いたものだね。特に人の記憶に残るような良いこともしなかった代わりに一切犯罪歴もなし。ああ、ここで言う犯罪歴っていうのは法律に触れたっていう意味じゃなくて、僕らの視点で言うところの君の人生において一切やましいことをしてこなかった、という意味だからね」
「あの、まったく話の意味が分からないんですが――」
「いいんだよ、君は分からなくて。大事なのは君が世界に対して何の影響も及ぼさなかったという一点なんだから。そして僕らにとってそれはとても困ることなんだ」
いきなり見ず知らずの人物の前に立たされたと思ったら、今度は俺の存在が困るという発言。
正直ついていけない。
「輪廻転生って言葉は知っているかい?」
「はあ、まあ言葉だけなら」
「うん、これは実は世界の真理をついている言葉でね、一度死んだ魂は全て僕らの手を通して別の存在に生まれ変わるんだ。その時に生まれ変わる先を決定するのはその魂の人生の軌跡、つまりどういう生き方をしたかってことなんだ」
「それって、善行を成した人生だったら次の人生がもっと良くなるとかそういうことですか?」
「まあ事はそう単純じゃないんだけどね。でだ、僕ら、というより僕個人の興味本位で君が死ぬずっと前から君の人生を観察させてもらっていた。君という魂を見つけた時、このままいくとちょっと困ったことになりかねないと思ったからね」
「困るって言われても――」
「まあ話を聞けよ。世界に何の関わりも持とうとしない君の魂は次に転生する時には神にも等しい力を手にする可能性があったんだ。そしてそれは今現実のものになろうとしている」
転生先が神、と言われて驚かない人間はいないだろう。
実際感情が揺れ動くことが全くといっていいほどなかった俺の心は今、未知の動揺で溢れかえっていた。
「どうしてそんな、俺にはそんな願望はないはずなのに――」
「一見世界に興味を待たない人間ほど、実は世界が壊れようがどうでもいいと思っているものなのさ。実際僕はそういう人間を何度か見ている。そしてその転生先にはいつも気を使ってきた。哲太郎君、君と同様にね」
「俺は、一体どうなるんですか?」
心は不安でいっぱいだが、なぜか目の前の人物以外に意識を向けることができないこの異様な空間で俺ができることはなにもなさそうだ。
俺はこれまで歩んできた人生の処世術に従ってあるがままに受け入れることを決めた。
「いやに落ち着いてるじゃないか。大したものだ。――まあそれが君がこういう状況に陥っている原因でもあるんだけどな。心配しなくても君にもちゃんと転生先を用意してあるよ」
「本当ですか!?」
「ああ。ただし、他の魂と違って君の記憶は保持したまま転生させる。そしてある使命を担ってもらうことになる」
「え――」
当たり前だが、俺の世界の常識では前世の記憶をしっかり保持している人間などいない。
いや、もしかしたらいるのかもしれないが、一般常識としてはいないことになっているし、俺の周りでそんな人はいなかった。
「だから言ったろう、前世で何の未練もなければ達成感もなかった人間ってのは困るんだって。それだと転生した先でも何の興味も持たない存在になってしまう。そしてそれは世界を破壊しかねない超越者になる可能性がある。だから君にはもう一回、ちょっと特殊な形で生きてもらって世界というものを正しく認識してもらう必要があるんだ」
「拒否権は、ないんですよね?」
「ないよ」
目の前の人物は軽い感じで、しかし何の反論も許されないほど断定した口調で言い切った。
――それで心のどこかでホッとしている俺はやっぱりおかしいのだろうか?
「うんうん、君が納得してくれたようでよかったよ。疑問や要望に応えるつもりはないんだけど、やっぱり納得してもらっていないと転生先で予想もしない転がり方をしそうで怖いからね。じゃあ時間もないことだしさっさと転生してもらおうか」
唐突な目の前の人物の言葉。
当然俺は焦らないわけにはいかなかった。
「ちょ、ちょっと待ってください!俺は一体どんなところに、いや、それよりも何をやらされるんですか!?」
「大丈夫だよ、君の行動は逐一チェックしてるし、補佐は付けるから。でもそうだな、何をするかくらいは言ってもいいかな。君の役目は――」
目の前の人物はやけの俺のことを過剰評価していると思っていた。
何の取り柄もなければ犯罪を犯す度胸もない。
ひたすら人に迷惑をかけずに生きた俺の人生が、死後とはいえ世界を滅ぼすとかそこまで言われるとは思ってもみなかったからだ。
だから目の前の人物から出てきた次の言葉に俺は自分の耳を疑った。
「世界の破壊だ」