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 春 ~桜の頃へ交わす想い~


 そういえば、元住んでいた屋敷には桜の木が立っていたものだな。

 父上、母上、姉上、懐かしいな……。

「桜とはどうも美しいものですよね。あの美は怪しさ、私たち、桜の妖に堕とされてしまったのでしょうか」

 桜を見ていると、胸が苦しくなった。

「最低ですよ。ええ、最低なものですね。不幸を喜ぶはずがないのに、そのおかげで巡り会えたのだと思うと、喜んでしまいそうになるのです。すみません」

 あなたは謝ってくれたね。


 困らせているのは僕なのに、謝ってくれるなんて悔しいな。

 そうもまで優しいと、悔しくなってくるものだよ。

「過去ばかり見て絶望に生きていた私を、救ってくれたのはあなたです。前を向くきっかけをくれた、それに、あなたのおかげで私は新たな幸せを見つけられたのです」

「大袈裟です」

「いいえ、そんなことはありません。どれだけ私があなたに救われたか、あなたはわかっていらっしゃらない」


 わかっていない。当然だ。

 目一杯おしゃれして、もらうばかりではなくて、僕も愛しているのだということは伝えた。

 だけど照れ隠しに二人一緒に伝えるなんて、まっすぐさが足りないのかもしれない。

 私が伝えたい気持ち、僕が抱えている気持ちは、伝わっていないように思えた。


 風が吹いて、桜吹雪が私たちを包み込む。

「あなたの歌に心奪われるまで、私は全てを諦めて、私のために生きてくれている人たちのためにただ生きていようと思っていました」

 今の僕がどんな顔をしているのか、僕自身にはわからない。

 笑っているつもりだけれど、笑えているとは思えなかった。

 花弁があなたにも僕の姿を隠してくれていることがせめてもの救いだ。


 いつも慎重なあなたが、急に大胆なところを見せたものである。

 桜の格子を強引に上げて、力強く僕を抱き締めた。背中を押さえる腕が、少しだけ痛い。

 そうも力強いくせして、その体は震えている。

「何度お尋ねしても、文を受け取ってもいただけないものですから、叶わぬ恋なのだと思っておりました。事情は噂程度には存じ上げておりましたし、幼子のふりをしているわけですから、何か大変な状況であることは察しておりました。ですから、諦めず通い詰めて掴み取ったこの恋を、依存するほど大切にしたくなってしまうのですよ」

「両依存ですね」

 僕は返した。


 桜はその美しさで僕の姿を覆い隠してくれる。

 だけど反対にあなたの姿も隠してしまう。

「ねえ、何か歌を詠んでちょうだいよ。こんなおねだりはなりませんか?」

 この雅でつい求めてしまうと、あなたはそっと舞い散る花弁を手に取った。

『––––』

 声に出さないあなたの歌は、口の動きだけでも私を呼び覚ます力を持っていた。


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