3~5
最期 ~花の微笑み~
彼女がいなくなってしまったら、考えるだけで僕は怖かった。
やはり僕のためにも彼女のためにも、もし彼女も僕と同じように想ってくれているとしたらだけれど、何か他にもあったらいいかもしれない。
何か、大切なものが。
狂おしいほど望んで見せよう。
僕は何も失わない上で、大切なものをたくさん手に入れたいんだ。
たくさん、たくさんほしいんだ。
「何かほしいものはありますか?」
あまりにも僕にはほしいものがありすぎたから、無欲な彼女に尋ねてみた。
少し悩んでから、彼女は明るく笑う。
「わがんね。今だって十分幸せじゃぁにゃ」
「わかりました。そうですか」
月明りに踊らされている僕たちのままなら、これだけで幸せだ。
儚く美しいものだけれど、花が散るように、月が消えてしまいはしないから、この月が消えてしまう直前に、僕たちも大切なものを探すとしよう。
記憶喪失 ~一方通行の恋心~
本で読む悲劇は知っているけれど、僕が経験した悲劇というものはない。
失ってしまうのが怖いくらいに、変化さえも怖くて仕方がないくらいに、今の僕は幸せだ。
「追い掛ける経験はおありでないと? 望めばなんでも手に入ると? 素敵なことではありませんか。それで何を恐れてしまいましょうか」
言われてみればそのとおりで、不憫でしかなかった。
だれに会ってもやっぱりそう、僕は恵まれているのか。
恵まれているからこそ、こんなに何かが恐ろしいのだろう。
「ですが、リセットしてやり直すチャンスなのでしょう? でしたら」
「そんな甘くないんですよ。結局、僕は一回負けてるんです。真っ白にしたって、ってか、あいつが真っ白になったって意味ないし。隙がないったらありゃしない」
無神経で無責任な僕を相手に、動揺する彼に申しわけなくなった。
「初めて外に逃げ出したとき、月に照らされて、僕は全て変えられました。月には魔術があります。それは僕にとっての特例かもしれませんから、幻想的な景色を求めて、魔術を求めて、探してみるのも悪くないかもしれませんよ」
熱く訴えた僕に、彼は視線を彷徨わせてから頷いた。
「なくはない、かもしれません」
にこっと笑って彼は月夜の草原に跳び出していった。
これは、僕は魔術師かもしれないな。
本で見たような夢があって、なんと素敵なことだろう。
夜空 ~それを飾るもの~
僕が月を知らない頃、言葉で見せられた月の美しさがある。
本によって見せられた「月が綺麗ですね」の意味を知識として僕は知っている。
けれど彼女と踊ったとき、僕は何も考えていなかった。
考えて言うよりも、心から伝えた方が彼女にはわかってもらえるだろうが。