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忠犬 ~奈良の主はだぁれ?~
「えぇっと、奈良って、旧都のことよね。私が生まれ育った元の都よ。それとは違う奈良なのかしら」
君が何を言っているのかは僕にはさっぱりなのだけれど、僕は君と一緒にいられるだけでとりあえず幸せだった。
「何を仰ってますの? 今も昔も永遠に、都は奈良に決まっているではありませんの」
彼女の質問に、彼女の言葉に、君はくすりと笑った。
とっても素敵な笑顔で笑った。
「桂なる月の都は今日知らでいかに明日かとならと言いしか」
見よう見まねで作ってみた僕の歌もまた君は聞いて笑った。
「ふふっ、変わったことを言うのね。だけどこの辺りの人は歌に触れたこともないのだとかいうことが、嘘なのだとわかってよかったわ。こちらの世界では常識だって言うから思わず出て来てしまったけれど、せっかくお顔をお見せしたんだもの、結婚をしてしまいましょうよ。私たちはもう大人になってしまったのだし、私たちの普通の決まりでは、乙女の顔を見たからにはそうするものでしょ?」
僕の歌を認めてくれてだとは思えないけれど、君の方からそんなことを言ってくれたのではドキドキだとか喜びだとか、そんなものではない。
だって僕たちの世界では何があってもありえなかったことなんだよ。
女性の方を向いて君は首を傾げる。
「返歌はなさらないの? どのような歌であっても、歌にはきちんと返歌をするのが礼儀ではないの。何もどうしたって歌の一つも送りたくないほどに嫌っているだとかではないのでしょ?」
更に君は優雅な素振りで続ける。
「それに、嫌ってるなら嫌っているでも、それを詠んであげるのが礼儀だと思うわ。彼の歌だって礼儀があるとは思えないのだけど、それだって、それならそれの返し方があるじゃないのよ」
口調は強いようにも感じられたが、彼女のおっとりとした話し方のためかそんな気はしない。
対立姿勢を取らないにしても、気遣いというものもしない君だ。
そういうところが雅だと思うから僕は憧れるし惹かれるのだけれど、彼女としては君のそういうところは好ましくなかったらしい。
子どものように、苛立ちに任せて僕たちを睨んでいる。
「え、えぇ、そうですわね。直々に私の歌を、ですね」
そう言ってからは悩むこともなく返してくれたのは、やっぱり彼女も都人だってことなのだろう。
僕たちが知っている都とは違うだけで、都は都なのだ。
「雪花の積もりし奈良の都なる日の当たりなむ月も知りける」
彼女の中に誇りがあるのだということは、よくわかった。
僕にでもわかるくらい、それだけはよくわかった。
凛として彼女は立っていた。




