11、12
忠犬 ~奈良の主はだぁれ?~
夢大陸 ~届かない平安を求めて~
研究しているのは基本的に明治や大正期の文学だわ。
だから貴族文化とかはよくわからないのだけれど、和歌に興味があるところはあった。
あの人と別れて、生まれ変わってからはあまりやらなくなったけど、以前の私はゲームが好きだった。
その中に、そういったものも多くあったことが関係しているのかしらね。
人を惚れさせるような「うた」というのはどういうものなのだろう。
「下手だと思うのですけれど、私もう何か詠んでみて構いませんかしら。何かアドバイスしてくださいまし」
今じゃなくっちゃ触れ合う機会なんてなさそうな人だもの。
積極的な私が出てきて、たくさん話したくなったわ。
「何か、それらしい雰囲気を出してみたのですけれど、いかがですかしら」
恥ずかしながら私は一首渡してみた。
プロフェッショナルと言えるような方に、採点をしていただけるなんて素敵。手直しも加えていただけたら、もっと素敵ね。
姫君はにっこりと笑った。
「素敵ではありませんか。私が何か言うまでもありません。そもそも、私があまり詠める方ではありませんし、偉そうなことは言えませんよ」
私が詠んだのは、未練が残った「忘れ貝潮垂る裾は乾くまじ いかでか見えむ有明の月」というものであった。
ちょっと大袈裟だけれど、そういうものよね。
開き直ってるようなことでも雰囲気が出るのかしら。
知識もなくイメージだけだから、ずっと泣き続けて涙が止まらない、みたいにしてみたんだけど……。
なんとなく、なんとなく、和歌はそういうものだと思ってて。
私があの人のことを愛していて、忘れられなくて、泣き暮れた日々があったことは事実だもの。
月下のダンスも懐かしいわね。
昨日から今日にかけて、たった数時間で考えたものだけれど、私が思っている以上に気持ちが入っているかもしれないわね。
殿方も躊躇いながらも部屋に入ってきた。
常識の点で差があるから、女性である私の顔を見ないためにも、入ることを拒んでいたらしい。
姫君が「私も男なのですが、それをお伝えした上でこれです。やはり文化が異なるということでしょう。入っていらしたら?」と誘ったことで、そうすることにしたらしい。
それこそ文化の差だから、強要するつもりはなかった。
私が顔を見て話したい人なもので、相手も話したいと望んでいる様子でもなかったから、姫君と話をさせてもらえることを喜ぼうと思ったの。
だけど姫君がここにいるからか、入ってきたくなっちゃったのね。
「甲斐もなし潮垂るる裾の乾く間も、いかでかあらじ後朝の月。咄嗟で悪いのですが、どうでしょうか。元の歌も素晴らしいと思うのですが、潮垂るはやはり違和感が、でもそれ以外は完璧ですよ」
見て数秒で直してくれるのだから、本当にすごいと思う。
気を遣って褒めてくれているのに、そこだけ言われたということは、文法的な問題なのかな。
詳しくないから何か間違えていたのだろう。
「嬉しいですわ。ありがとうございます。とても、とても嬉しゅうございます」
姫君も殿方も接しやすい方で、親しみやすい方で、話していると楽しくなる。
今度から、貴族文化とかも研究してみようかしら。
百人一首とか、万葉集とか? わからないけど、わからないからこそ、楽しそうというのもあるものね。