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最期 ~花の微笑み~
人が桜色の美しさを得られると感じることは、ひどく浅ましい考えであり何よりも愚かな勘違いであり思い上がりであると言えます。
それは到底手に入れられようはずのないところであり、欲のために全てを都合のよいように解釈するのは勝手ではありますが、それはひどく罪深いことでもあるものでした。
何よりも恐ろしいのは、そうして罪に染まっていることに、本人でさえも気付いていないことが多々あるということでしょう。
罪なき人をとほざくことにも繋がるのです。
そんなこと、ありえもしませんのに。
その中で、なんと不思議なことでしょうか。
隣に立つ他人によってそれを強く信じられたおかげか、限りなく桜色にも近いような、淡く鮮やかな色合いのキャンパスを彼女を持っているように思われもするのでした。
人の道にそれは用意されたものではありません。
真っ白なキャンパスをだれもが”平等”に持っていて、少しずつそれを経験という形で染めていくのです。
稀にそれは美しい色となりますが、塗る瞬間にだけ美しいものだと信じているそれは、多くの場合後になって気付くものではありますが、キャンパスを濁った色へと誘うものであるのです。
悪ではありませぬ罪でした。
彼女は最初から白を持っていないように錯覚させられるところが本当にあるのです。
それは初めから穢されているという意味なのではなくて、白よりも美しい、けれど白ほど無垢ではない清廉な色を最初から手にしているということなのです。
それは余計な色を加えてしまったらば、白よりも更に穢されやすい色でありました。
美しい反面、その美しさの維持が困難である多大な欠点を持っていたのです。
運命によって彼女が早逝させられることは、どうやらそういった意図があるようなのでした。
神様は、だれに対しても平等なはずですのに、随分と優遇を受けているように思われます。それはありえないことですのに、です。
平等を少し違った幸福へと導く道を彼女は持っていたのでしょう。
もしかしたら、それが悟りというものであるようにも思われるのでした。
記憶喪失 ~一方通行の恋心~
運命の与える試練によって翻弄されながらも、自らにとってよりよい結末へと辿り着けるよう努力するのは、キャンパスを黒く染めるその好意と等しいものでしょう。
その黒さに気付くまでは華でいられます。
必ずいつか気付いてしまうことになるその日まで、華と咲くことができましょう。
気付く日が遅ければ遅いほどに、その罪は重くなるのでしょう。
抗うこともしたくなくなるほど、深い黒へと染まるのです。




