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 記憶喪失 ~一方通行の恋心~


 忘れてしまうこと。それを超える恐怖というのは存在しないのかもしれない。

 それくらいに、忘れるということは、忘れられるということは、恐ろしいことなのだ。

 わかっていたはずのことを、当たり前に知っていたはずのことを、唐突に全て忘れてしまう。

 少しずつ消えていくのでも怖いものだけれど、急になくなる可能性を考えるとそれもまた怖いのだ。


 記憶を失う本人としては、生まれ変わったくらいの心地でいるのだろうか。

 忘れられてしまうことは、自分ばかりが正気でいるというのに、大切な人に大切に想われなくなるというのだから辛い。

 彼女が病と闘っている間に、また新たな病が発生して、僕のことを忘れてしまったと言ったなら、傷付くことを恐れた僕は彼女から逃げていただろうか。

 残された僅かな時間さえも、一緒にいようと思わなかったろうか。


 いかに僕が彼女の隣で彼女を支えたいと望んだところで、彼女がそう思ってくれなければストーカーとすらなんら変わらない。

 そうだ。しつこくすればストーカーだ。

 傍にいてくれと言ってくれておきながら、そんな自分を知らないものだから容赦なく僕を遠ざける。

 考えているだけでも、気分が悪くなりそうなものだった。


 同情しどこまでも憐れむような気にはならないが、余程の苦しみなのだろうと僕もまた苦しかった。

 たとえもう僕には笑顔を向けてくれないのだとしても、彼女がどこかでだれかと幸せになってくれるなら、彼女が彼女で生きていられるならそれで良い、本当に僕はそう言えるかな。

 今この場所で、それを幸せだということは簡単だ。

 それでも本当にその状況になったときに、それだけのことを堂々と言える気はしなかった。


 結局、彼女のことを想っているだとか言っていたとしても、僕はそうなのだ。彼女のためだけを想っては動けないのだ。

 もしかしたら僕が彼女のためと言い張っていることは、僕が彼女という私欲のために行っていることでしかなくて、それが偶然彼女の利とも一致していただけのことなのかもしれない。

 彼女の本心がどうであったかを聞くことなど、今となってはできはしない。

 記憶を失って、すっかり以前までの彼女がいない状態の、彼女の姿をした僕とは初対面のだれかいたとして、その本心を知ることができたのだろうか。

 僕は、僕は……。


 何よりも僕は、こうした形で彼女のことを思い出したくはない。

 僕が導き出したのはそういう形だった。



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