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記憶喪失 ~一方通行の恋心~
悲しい苦しいと言ったって、大切であることは覚えていてもらえている。
それに他にも言い寄ってくれている人はいるんでしょ。
だったらきっと、取られるような気分になって、記憶を取り戻してくれるはずじゃないのよ。
そうならなかったらならなかったで、愛してくれるのならそっちに乗り換えちゃえばいいわ。
……なんて、そう割り切れないことは私こそわかっているはずなんだけどね。
自分も同じ境遇に近いところでも、なぜだか私の方が可哀想に思い込みたくて、他人事だからと冷酷なことを思ってしまうの。
そんな冷酷なことを言えるのなら、まずは自分でやってみろという話よね。
わざとあの人に友人として歩み寄って、嫉妬心を煽るように見せ付けてみろっていう話よね。
私にそれはできないのに、人には簡単なことのように思ってしまう。ひどいことよ。
私はあの人に私が妻であることを伝えられる。
それなのに、私とは違って美しい人だからまた惚れてもらえているとはいえ、男だから自ら伝えることもできないのだものね。
どれほど心苦しいことかしら。
「あ、あの、境遇をお聞きしました。勝手に、その、親近感のような、えっと……」
パッと見たところでは男だとはとても思わないような美女が、ときめくくらいの距離で囁いてくれた。
蠱惑的だけれど、人見知りなのは感じられる。
嫉妬深そうなのがよく伝わってくる。
美人なおねぇさんの綺麗な髪が私に掛かっているのを、呪い殺さんばかりに見ている。
「あ、もしよかったなのですけれども、これから女子会でもいかがですかしら。なんだか、お話をしとうございますわ、そうしたら気分も楽になる気がしますの」
思わず私は誘ってしまっていた。
「美人だけれど、その人は本当は男」
「存じ上げております。その上で、女子として誘っていますの。そういった女心を理解してくださいまし」
私の誘いに笑顔が広がる彼女は本当に美女そのものだった。
一緒に私も強くなれるかもしれないわね。
彼、いいえ、彼女のことを素直に応援できるようになるかもしれないわ。
愛が浅かったとは思わないけれど、あの人はもう一度私のことを愛してくれるようなことはない。
それでも他の道があるということを、私も思えるようになるかもしれない。
動物園に慣れすぎちゃっているんだわ。
檻から解き放たれたんだもの。そろそろ私も野生に帰る頃だわ。