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大人 ~得ることで失うもの~
馬鹿みたいな夢を見ていないで、無邪気に物事を知らずに何もかもを信じていないで、妥協点というものを知っている。効率的な生き方を知っている。
それは間違えなく大人だろう。
未だに僕はなれそうにもない、大人らしい大人というものだろう。
どれほどの成人が、そうもまで大人といった大人になれているのか、それこそ子どもな僕にはわからない。
想桜ちゃんのためって言い聞かせている時点で、僕はちゃんと親として、想桜ちゃんのために大人になることはできていないのだ。
そんな僕だから、ちゃんとした大人というものは遠いのだろう。
もし僕が大人になったなら、必要以上に傷付く心配をなくしたくて、彼女の記憶を消していくのだろうか。彼女と過ごした時間の順位を、簡単に下げてしまえるのだろうか。
今を幸せだとはっきり言い切れる、それでいて過去もまた幸せだったと言い切れる、こんな僕は大人だろうか。
考えてみると難しかった。
僕はあまりにも幼稚なのだろうけれど、年齢で考えると十分に大人だから困るのだ。
傷付くのは怖い。傷付きたくはない。それは僕だってそうだ。
そうなんだけれども、僕は彼女のことで傷付くことよりも、彼女のことが大切でなくなってしまうことの方がよっぽど怖かった。
彼女と出会って、惹かれ合って、遂には彼女の最期を看取ることになったわけで、離れ離れで過ごした時間なんてものは存在しない。
とんだわがままが通ったもので、本当にほとんどの時間を一緒にいられたのだ。
これから僕だけが生きていく。
彼女のいない世界で、僕だけが生きていく。
彼女が望んでくれたからこうして僕の傍にいてくれることになった、天使のような想桜ちゃんと天国のように幸せな時間を過ごしている。
幸せだから、このまま普通に生きていけたとしたら、僕の中を占める彼女は小さくなっていってしまうかもしれない。
だけど彼女の中の僕だけは大きいままでいるのだろう。
それもまた、彼女が望んでくれたことに思えるから、僕はいつだって想桜ちゃんに頼った。
想桜ちゃんを抱き締めた。
ずっと僕は大人にはならない。
冷酷になってしまうことが大人になるということなら、たとえ想桜ちゃんの成長を止めてしまうようなことだとしても、僕は大人になりたいとは思わなかった。
全て割り切って、人に合わせながら、大人らしく生きるのは楽なのかもしれない。
どうにも僕には向いていないようで、僕には苦しいのだけれど、一人でいることよりも楽だと言われる。
それだって、僕は想桜ちゃんには自分として、自分でやりたいことをして、自分らしくままに生きてもらいたい。
だから大人を望まない。
年齢的にもまだ子どもな想桜ちゃんの、柔らかな髪に僕は唇を落とした。




