19-1
変化 ~種はいつの間にか植えてあった~
戦争……。
彼女は病で命を奪われてしまったけれど、平和の中に生まれて平和の中で生きて平和の中で死んでいった。
思えば、それほど幸せな時代があったろうか。
今のところは平和の中をただ生きている僕は、これから何に巻き込まれることになるかわからない。
戦争だなんて遠い世界の話だと思えているのだけれど、前兆もなくやって来ることはいくらだってあるだろう。
何も僕は国の中心なんかじゃない。
大事なことなんて知らない。知らされていない。国民の一人でしかない僕は、何を知らされる立場にもない。
それこそ始まってしまうまで、むしろ始まってしまったとしても、隠せないところに来るまで知らないままで行ってしまうのだ。
触れることはないであろうものとして捉えているだけで、今だって一触即発なのかもしれない。
国際情勢だとか、そもそも国内の政治にだって、僕はあまり興味がない。
新聞やネットニュースくらいは読むにしても、詳しく調べるようなことはない。
報道もされない何かがそこに隠されていることだってあるのかもしれない。
知らないままでいられるのならばそれはないのと同じことだが、急にそうであったことが明かされてしまい、それを僕は見ることになるかもしれないのだ。
戦争は経験するものではなくて教科書で見るだけのもの。
僕も知識でしかない戦争を知ることになるのかもしれない。
女性は、ノートの束のようなものを抱えていた。
「残していく方は楽なものよね。そして、とってもずるいわ。残される方はいつも苦しくて、哀しくて、寂しくて、それでも何も共有できないの」
一人で勝手に死んでしまうのは無責任で楽なものだ、苦しみは残される側にしか残らないのだから卑怯だ。
あれだけ彼女のことを愛していた。これだけ彼女のことを愛している。それでも僕も考えたことのあることだった。
この女性もきっと去っていった彼のことを心から愛していたのだろう。
愛していないではその思考回路には辿り着かないものだって僕は思えた。




