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矛盾 ~刹那の永遠~
今は幸せだけれど、終わりが訪れることが怖くて永遠を望んで悲しくなるなんて、そんなの意味がわからないわ。
死ぬのは怖い、それは私だってそういうもの。
だけどあたしは生きているうちに、大切な人を、何よりも大切な人を、喪ったわけでもないのに失ってしまった。
あの人はいるのにあの人はいないの。
こんなこと考えたって、私はわるい子になっていくだけなのに止められない。
友人だってお父さんだって、こんな私を見たら失望するのだろう。
「作法とかなんとか知らなくたって、踊るのは楽しい。一緒に踊ったら、何か思い出すものもあるかもしんねぇじゃん。月の光には、そういう力があんだってあたしゃ知ってるぜ」
「ええ、そうですわね。そうかもしれませんわね。でももうあの人には会えないし、会わないって決めましたから」
幸せを妬むほど零落れたくはなかったから、どうにか悪意のないようなふりをして私は返した。
いつだって私は悲しくて、ちゃんと笑えているとは思えない。
忘れられてしまって私は胸を痛めている、忘れてしまったあの人だってそうだって信じている。優しい人だから、すっかり私のことは気にも留めずにだれかと幸せになっているとは思えない。
思いたく、ない。
だけど私たちはもう会えないの。
月に照らされながら二人きりの舞踏会を開催するのは、とてもロマンティックなことでしょうねと私は夢想する。
想ったところであの人は私を思い出してはくれないし、迎えに来てもくれない。私の中であの人を超える人物が現れることもない。
暗い思想ばかりで、嫌になる。
「ずっとお人形さんとして、好きなことを黙々としているのも悪くありません。富を持って生まれ落ちた人の特権ですから、行使することに罪があるとは思わないのです。ですが、ちょっとした冒険をして、やりたいことを精一杯やってみるのも案外素敵なことですよ。一度くらいなら、いえ、二度くらいなら、好き勝手も許されるはずです」
にっこりと笑顔を向けられた。
好き勝手が許されると言われても、私自身があの人に迷惑を掛けたくないから、もうあの人には会わないことにしたのだ。
会えるのに会ってはいけないのは辛いから、もう会えないように分かれたのだ。
それなのに、私に何ができるって言うのかしら。
「踊りましょう。舞踏会の参加者は必ず運命に導かれて集まるのです。そうして正しい恋は再び月の魔法で結び合わされるのですよ。月はそれを許してくれます」
本人が幸せだから言えることだ、そう捻くれないでいられなかった。
馬鹿らしいとは思うけれど、幸い、素直な私もまだ残っていてくれたのね。
私はだれもいない草原に、独り足を運んでしまっていた。
都会の方に住んでいる私としては、夜でも外が明るいのは当たり前だし、探したところで屋外でだれもいない場所なんて見つからない。
電車に乗って、地方の村まで行くと、そこから更に歩いて辿り着いた草原だった。
到着した頃にちょうど日は沈み、大きな満月が私を照らしてくれた。
これは確かに気分が狂ってしまいそうだわ。笑えて来るものだわ。
そういえば久しぶりに電車に乗った。あの人が事故に遭ってからは、怖くて駅に近付くこともできないでいた。
何か解放されるようで、爆笑しながら私は一人でステップを踏んだ。
ダンスの経験はなかったけれど、なるほど楽しいものだった。
月の光が具現化して、徐々にあの人が私の手を取ってくれているようにも思えないでもなくなってきた。
「弥生さん」
あの人の声がする。
「春佳さん」
私もあの人の名を呼ぶの。
狂おしいくらい大きな月明かりの中で、わけもわからず私は踊った。
全て忘れてしまえるようにと、踊らされることを頑なに拒みながら、運命に身を任せて神に祈りつつ私は踊った。
春の月夜に私は踊り続けた。