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虹色 ~濁ってしまった色~
どうして彼は泣いたのでしょう。私はその不思議から進むことはできていませんでした。
感動した。月に切ない気持ちになった。ありえなくはないのかもしれません。
それどころか、自然な感情の流れなのかもしれませんけれど、それを彼が行うことを私は狂っているとしか思えないのです。
彼はそういう人なのです。
元より彼は狂っている人ですから、通常のことをする方が狂っているとしか思えません。
「結局、どのような涙であったのですか?」
考えることを放棄することは私の役割をなくすことでもあったのでしょうが、それでも私は彼に直接尋ねてしまっていました。
「恥ずかしいから聞くなよ。俺だってわからないんだって言っているだろ?」
彼から答えが返ってくることはありませんでしたけれど、それでも私は彼に考えさせることによって、彼自身も知らないと言っている彼の感情を読み取ろうとしているのでした。
いくらも彼を見るのですが、見たことのない瞳の色をしているのです。
「あんまり見つめてくるなよ。お前がそんなにも可愛い顔をするから、そのせいで俺は自然と涙を流してしまったのかもしれない。美しさに涙するような月ではなかっただろう? だから俺が泣くとしたら、お前が隣でそうしていてくれるのが、幸せだからだよ」
「何らしくないことを言っているのですか。月を見て泣くのもらしくないわけではありますが、幸せだなんてそんなことを言われて、私はどうしたらいいのです。……そうだ、私が死んでからのことを教えてくださいよ。私が見られなかった未来、見せてください」
「…………わかった」
私の死後すぐに彼は結婚をしたのだそうです。
しかし子を作りはするだけで妻の元へは通わず、毎晩のように男娼を呼んでいたそうです。抱いてはいないと彼は言っているので、私に気を遣ってくれていたのではないかと自惚れます。女を侍らせていると呼ばれて、私が悔しいと思っているくらいに彼もそう思ってくださっているように見えましたから。
彼が主導するようになってからの政治というのは、代表的な武士政治であるのだと言われていたようです。
欲に正直で力尽く、そんな武士らしい彼のやり方からは、離れていく人も数多くいたといいます。寛容で厳しくあれ、それは私が言ったところですが、それが正しく伝わっていたところで嬉しく思います。
彼はだれに何を強制することもなかったそうです。ただし、法の徹底だけはしてくださったようで。
年齢を重ねても彼は戦に行くようにしていたようで、五十も過ぎた冬の戦場で、彼は矢に射られてしまったのだそうです。慣れない雪により、避けられなかったのだといいます。
矢先に毒が塗ってあったとかではないそうなのですが、矢傷が原因で病となったのだそうです。
つまりは、結局彼も夢を果たせないままに死んでしまったのだとか。
より詳しく聞きたいところもありましたが、一度に話を話をとせがむのもよくないところだろうと、私は彼がくださった話だけを噛み締めました。
淡々として、どこまでも他人事で、事実だけを伝えてくださった彼からの話だけで。
「聖だに艶なる下衆をただならずならしめありく色の咎なり」
私の歌を聞いた彼は一言礼をくださいました。
そのたった一つ、たった一言のありがとうが、どれだけ嬉しいのでしょう。
「泣くなよ」
彼に言われて私は涙を流していることに気が付きました。
昨日の彼の涙の理由がわからないままなのに、私の涙の理由なんて、わからないことが増えてしまいました。




