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絆 ~たとえ世界が違っていても、手を伸ばせば届くことを信じているから~  作者: ひなた
病弱軍師 ~桜の花のように美しく散ることを彼が望まないのなら~
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 記憶喪失 ~一方通行の恋心~


 忘れてしまうとは、どういうわけなのでしょうか。

 妖に記憶を盗まれてしまった、封印されてしまったようなことでしょうか。

 これでも本を読んだり好きでではないにしろ体験したりしているものですから、病も災害も妖や呪詛によって引き起こされているものだとは思いません。

 けれど病によって記憶がなくなるとは思えませんし、そうなったら薬師を呼ぶのではなくてお祓いでもするべきだと思えます。


 障壁がなかった恋が、突如として失われてしまうなんて、それを呪いと呼ばずになんと言うのです。

「俺はお前を忘れてしまっても、再びお前を呼ぶ自信があるな」

「実際にそうなっていないから、そのようなことが言えるのでしょうね」

 悪意といったものは感じられませんでしたけれど、彼が私に掛けてくれた言葉に対して、女性はかなり刺のある言い方をなさいました。

「一度忘れたとしても、俺が忘れただけで噂や評判は変わらないんだろ? それだったら、最初に会ったときのようにまた誘って、採用するに決まってる。俺が俺のことまで忘れていて、自分がどんな人間だったのかわからず、さっぱり完璧な別人になってしまわない限りはな」

 愛しているから、なんて。そんな理由を期待していたわけではありませんが、私だからだと思ってときめいてしまった自分が恥ずかしくてなりませんでした。

 元より彼はこういった方だと知っているはずですのに。


 それにしても、忘れてしまうだなんて性質の悪い呪いです。

「私が忘れてしまったとしても、それは関係のないことなのでしょう? どうせ私の意志とは関係なく、私は働かされるに決まっているのですから。そして、傍でお仕えしているうちに好意を持つに決まっています。しつこい人ですから、すっかり忘れた私が何度もお断りしたところで、どうせ強制的に連れて行かれるのでしょう」

「ひどい言われようだな。そこまで強引じゃないだろ。そりゃ、忘れたといわれてじゃあ仕方ないと諦めるつもりはないが」

 この夫婦が別れなければならなかったのは、遠慮や気遣いを知っていたからなのでしょう。

 そんなものがありはしない私たちならば、かえって再び結ばれたように思われるのです。


 何度出会っても、私と彼は同じ道を辿る、そういった運命であるように思われてならないのです。

 実際にそうなっていないから言えること、そのとおりなのかもしれません。けれど、私は心よりそれは絶対的な真実であると信じているのです。

「露霜の消ゆる弥生の暖かさあきの来ずべし花の咲くべし」

 それこそ実際になっていない私には気持ちなどわかりませんし、余計なお世話だとは思いますけれど、つい思い付いたまま口から零れてしまっておりました。

 いつも私は時間がかかってしまうからそうなることがないのですが、私らしくもなくはっと思い付いてしまったものですから、心に留めておくことができなかったのです。


 彼も、女性も、暫くは何も言いませんでした。

「花はどうしてしまったのでしょうね。不思議なものですわ」

 最終的な感情の詠めない複雑な表情で女性は告げて、顔を隠してしまいました。

 やはり悪いことを言ってしまったかと謝ろうかとしていたところで、それも許さず彼女は「ありがとう」と切ない礼を述べて、立ち去ってしまうのでした。

 こんなことなのですが、おかしなことに私への拒絶であるとは感じないのでした。


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