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変化 ~種はいつの間にか植えてあった~
随分と幼かったものですから、僕には戦争の記憶がありません。妻は僕よりも年下なわけですら尚更そうでしょう。
しかし戦争により大切な人をなくした人は近くにもたくさんいます。
いえ、そういう話でしたら、僕もまたそうなのです。
僕は自分の親を知りませんから悲しむようなことにはなっておりませんけれど、僕の母は戦争により死んでしまったのだそうです。
確かな情報としては入っておりませんけれど、父親もそうなのかもしれません。戦地から帰っていないのだと聞きますから。
戦争経験者はたくさんいながら、その記憶を掘るようなことは僕にはできませんでした。
そして記憶のないままに知識を小説にしようだとは思えませんでした。
それくらいの気持ちは僕にもあったものですが、今は、戦争のことを小説に書きたいと思っているところでもありました。
戦犯の日記というのは、重ねてその悲劇の未亡人というのは、フィクションに包み込んででも遺しておかねばならないものだと思えたのです。
それが僕の役目だとまでは思っておりません。
けれどできることなら、そうしたいとは思っておりました。
このご夫婦の愛というのもまた魅力的なものだと思われます。
一組の夫婦を題材としてしか見ていないような冷たい人間にはなってしまいたくないものですが、間違えなく魅力的な姿でしたし、小説として書き留めたいと思うのでもありました。
自分の職業の罪深さを再確認はしましたが。
それにしても、万が一この僕が理系の人間であって、戦犯として裁かれるようなほどの功績を残したとして、妻に対して同じ優しさを残せるでしょうか。
僕の罪への愛は本物です。愛しています。大切に思っています。
痕跡を全て決して、妻に知られないようにそっと消えてしまうようなことは、僕に可能なことなのでしょうか。
いつだって妻に支えられてばかりで、心の病んだ僕などには、きっと……。
そう感情を取り除いて計算を行えないから、どうあっても僕は理系であれないのでしょう。どうにも手に負えないわけです。
心というのを無視できないのですから、哀しいほどに天職だというわけですか。
未来、戦争を経験することはないのだろうと僕は勝手に考えています。
もう戦争というのはなくすのだと、後悔の末に誓ったことを知っているからです。
「二百五十年前の大戦争で、どの立場にある人も、ほとんど平等に戦争の被害を受けたの。大きな損害の上に敗北ともなれば……、そう考えた各国は一切降伏を選ぼうとせず、長引くままに長引いて滅んでいったのだそう。実際見たではなくともその惨劇は情報としてあるはずなのに、新たな戦を巻き起こすなんてね」
女性は哀しく笑いました。




